歯がなくなると、なぜ寿命が縮むのか? —— 転倒・骨折・認知症・死亡率上昇の連鎖を防ぐために
目次
- はじめに:歯を失うと死亡リスクが上がるという「大前提」
- 歯が少ないと転倒しやすくなる
- 歯の本数と大腿骨頸部骨折リスク(OHSAKAスタディ)
- 転倒が大腿骨頸部骨折を引き起こす
- 骨折手術後のせん妄・認知症進行と寝たきり
- 認知症・せん妄を合併した骨折と死亡率
- まとめ:歯を守ることは骨折と認知症から身を守ること
1. はじめに:歯を失うと死亡リスクが上がるという「大前提」
近年のコホート研究や総説では、歯が少ない高齢者ほど死亡リスクが高いことが、繰り返し報告されています¹²。これは単に「見た目」や「食べにくさ」の問題ではなく、生存率そのものが変わるという重い事実です。
日本の地域在住高齢者を対象にした研究では、「現在歯数(自分の歯の本数)」だけでなく、「機能歯数(自分の歯+補綴歯)」も数えたうえで、どちらが死亡リスクをよく予測するかが検討されました²。その結果、機能歯数が少ないほど全因死亡リスクが高く、現在歯数よりも機能歯数のほうが死亡の予測力が強いことが示されています²。つまり、「何本残っているか」以上に、「どれだけきちんと咬めているか」が重要だと言えます²。
さらに、口腔フレイル(咀嚼力低下、口腔乾燥、嚥下機能低下など)と全身のフレイルや死亡との関連をまとめたレビューでは、歯の喪失や咀嚼機能の低下がフレイルと死亡のリスクを押し上げることが報告されています¹。歯を失うことは、栄養状態の悪化や筋力低下を通じて、全身機能の低下と寿命短縮につながるのです¹²。
このように「歯を失うと死亡リスクが上がる」という大前提が、すでに多くの研究から支持されています。そのうえで、この記事では全身疾患とは別のルートとして、「転倒・骨折・認知症」を介した死亡リスクの高まりに注目します。
2. 歯が少ないと転倒しやすくなる
高齢者の転倒は、骨折や寝たきり、さらには死亡にもつながる重大なイベントです。その転倒リスクと「歯の状態」が密接に関係していることが、日本の前向きコホート研究から明らかになっています³。
日本の前向きコホート研究:歯が少ない+義歯なしで転倒リスク2.5倍
愛知県内の65歳以上の地域在住高齢者1,763人を対象に、約3年間の追跡を行ったコホート研究では、歯の状態と転倒の関係が検証されました³。参加者は以下の3群に分けられています³。
- 20本以上の自然歯がある群
- 19本以下だが義歯を使用している群
- 19本以下で義歯も使用していない群
追跡調査時に「過去1年間で2回以上転倒したか」を尋ねたところ、「19本以下+義歯なし」の群は、「20本以上」の群に比べて転倒リスクが約2.5倍(オッズ比2.50、95%信頼区間1.21–5.17)と報告されました³。一方で、「19本以下でも義歯あり」の群では、転倒リスクの有意な上昇は認められませんでした³。
この結果は、歯の喪失そのものより、「失った歯を放置して咬めない状態にしていること」が転倒リスクを大きく押し上げることを示唆しています³。
口腔フレイルとフレイル・転倒リスク
口腔フレイル(残存歯数の減少、咀嚼力低下など)は、身体的フレイルと密接に関連していることが、メタアナリシスで示されています¹。機能歯数が20本未満の高齢者は、そうでない人に比べてフレイル発症リスクが有意に高く、結果として転倒しやすい身体状態になっていると考えられます¹²³。
3. 歯の本数と大腿骨頸部骨折リスク(OHSAKAスタディ)
「歯が少ないと転倒しやすい」というだけでなく、歯の本数そのものが大腿骨頸部骨折の発症リスクと結びつくことを示したのが、2025年に報告された「OHSAKAスタディ」です⁴⁵。
75歳以上・約19万人を対象にした世界最大級の解析
OHSAKAスタディは、大阪府の後期高齢者歯科健康診査と、医療・介護レセプトデータを連結して解析した大規模研究です⁴⁵。
- 対象:75歳以上で歯科健診を受診した約25.6万人のうち、条件を満たす190,998人
- 追跡:健診時点の歯数と、その後に発生した大腿骨頸部骨折(手術を要した症例)を数年間追跡
- 解析:年齢や既往歴などの交絡因子を調整したうえで、歯数別に骨折発症リスクを比較⁴
その結果、特に女性において、以下のような重要な傾向が認められました⁴⁵。
- 女性では、歯の本数が20本以下の群は、21本以上の群に比べて大腿骨頸部骨折発症リスクが約1.2倍に上昇
- 男性では、有意な関連は認められなかった
さらに、単に「歯の本数」を数えるだけでなく、健全歯と処置歯を合わせた「咬める歯(sound+filled teeth)」で数えた方が、骨折リスクの予測力が高かったと報告されています⁴。
大阪公立大学の解説では、「歯の数が20本以下の高齢女性では大腿骨頸部骨折リスクが約1.2倍に上昇することが明らかになった。歯科健診により骨折ハイリスク者を早期に見つけ、転倒予防や骨粗鬆症対策につなげることが期待される」とまとめられています⁵。
「歯→骨折」への直接リンクが見えた意義
これまで、歯と骨折の関係は主に「歯の喪失 → フレイル → 転倒 → 骨折」という間接的な説明でした。OHSAKAスタディは、「歯の本数(特に咬める歯の数)」と「大腿骨頸部骨折発症」が、同じ高齢者集団のなかで直接結びつくことを示した点に大きな意義があります⁴⁵。
4. 転倒が大腿骨頸部骨折を引き起こす
では、「歯が少ない → 転倒しやすい/骨折リスクが高い」として、その先に何が起こるのでしょうか。
高齢者の大腿骨頸部骨折の多くは、立位からの軽微な転倒によって起きます。長期療養施設内の転倒をビデオで詳細に解析した研究では、観察された大腿骨近位部骨折のほとんどが「立った状態からの側方転倒」によるものでした⁶。特に側方に倒れて股関節外側を強く打った場合に骨折リスクが高く、他方向の転倒と比べて数倍のリスクになることが示されています⁶。
他の疫学研究でも、大腿骨頸部骨折の約8〜9割が立位レベルからの転倒に起因すると報告されており、転倒が骨折の主要な「入り口」であることは確立した知見と言えます⁷。
ここまでを整理すると、
- 歯が少なく、咬合が不十分な高齢者は転倒リスクが高い³
- 高齢者の大腿骨頸部骨折の多くは、立位からの転倒で起こる⁶⁷
- さらに、歯の本数そのもの(特に女性で20本以下)が、大腿骨頸部骨折リスクと直接結びついている⁴⁵
という「歯→転倒→骨折」の流れが、疫学データから裏付けられています。
5. 骨折手術後のせん妄・認知症進行と寝たきり
大腿骨頸部骨折は、ほとんどの場合手術が必要です。しかし、この手術と術後の入院生活が、新たなリスクを生みます。それが術後せん妄(postoperative delirium)と、その後の認知機能低下・認知症進行です。
高齢股関節骨折患者の術後せん妄の発生率は、報告にもよりますがおおむね10〜50%程度とされています⁸⁹。台湾のコホート研究では、高齢の大腿骨骨折手術患者において、既存の認知症がある人は、そうでない人に比べて術後せん妄の発生リスクが約2.6倍に増加し、せん妄を起こした患者では30日・90日・1年死亡率がいずれも有意に高いことが示されました⁸。
最近の前向き研究では、股関節骨折手術患者を1年間追跡し、術後せん妄の有無で認知機能の変化を比較したところ、せん妄を経験した群では、経験しなかった群に比べて認知機能スコアの低下が明らかに大きいことが報告されています¹⁰。これにより、術後せん妄が新たな認知症の発症や、既存認知症の悪化の「引き金」になり得ることが示唆されています¹⁰。
フィンランドのコホート研究でも、股関節骨折後2年以内に新たな認知障害(認知症)が診断されるケースが相当数存在し、その重要な予測因子のひとつが「入院中のせん妄」であったと報告されています¹¹。
こうして、
骨折 → 手術・入院 → 術後せん妄 → 認知機能低下・認知症進行
という経路が、徐々に明らかになってきています⁸⁻¹¹。

6. 認知症・せん妄を合併した骨折と死亡率
術後せん妄や認知症の進行は、日常生活動作(ADL)や生活の場にも直結します。
フランスの前向き研究では、高齢の股関節骨折患者63名を術後3か月まで追跡し、施設入所や機能低下との関連を検討しました¹²。その結果、術後せん妄を起こした患者は、起こさなかった患者に比べ、3か月時点で施設入所となっている割合が約5倍(オッズ比5.23)と報告されています¹²。
オランダのコホート研究では、術後せん妄を起こした高齢股関節骨折患者は、
- 6か月死亡率:30.1%(非せん妄群は11.4%)
- 退院後に何らかの施設・リハ病棟に入所:91.8%(非せん妄群は77.3%)
と、死亡率も施設依存も大きく悪化していました¹³。
また、骨折前には自立して生活していた高齢者を追跡した研究では、術後3〜6か月で約半数が新たなADL障害や移動障害を抱えるようになり、その主要な予測因子が既存の認知症と入院中のせん妄であったと報告されています¹⁴。
さらに、スウェーデンのレジストリ研究では、認知症を合併した股関節骨折患者の1年死亡率は39%、非認知症患者では20%と、約2倍の差が示されています¹⁵。韓国の大規模コホートでも、認知症合併股関節骨折患者の1年全因死亡リスクが有意に高いことが報告されています¹⁶。
すなわち、
- 歯が少ない・咬めない → 転倒・大腿骨頸部骨折リスクが上昇³⁴⁵
- 骨折 → 手術・入院 → 術後せん妄・認知症進行⁸⁻¹¹
- せん妄・認知症 → ADL低下・施設入所・寝たきり → 死亡率上昇¹²⁻¹⁶
という「負の連鎖」が、一人の高齢者のなかで進行していく可能性があります。
7. まとめ:歯を守ることは骨折と認知症から身を守ること
ここまでの流れを整理すると、次のようになります。
- 歯を失い、咬める歯が少なくなると、口腔フレイルやフレイルが進み、転倒しやすくなります¹³。
- 日本のコホートでは、「19本以下+義歯なし」で転倒リスクが2.5倍になることが示されています³。
- OHSAKAスタディでは、高齢女性で歯が20本以下だと、大腿骨頸部骨折リスクが約1.2倍に上昇することが明らかになりました⁴⁵。
- 一度転倒して骨折すると、手術・入院をきっかけに術後せん妄が起こりやすく、長期的な認知機能低下や認知症進行のリスクが高まります⁸⁻¹¹。
- 認知症やせん妄を合併した股関節骨折患者は、ADL低下・施設入所・寝たきり状態になりやすく、死亡率も2倍前後に上昇します¹²⁻¹⁶。
- 一方で、機能歯数を保ち、補綴で咬合をきちんと回復しておくことで、フレイルや転倒・骨折・死亡のリスクを下げられる可能性が示されています¹²。
つまり、「歯を守る」「失った歯を補う」ことは、単に食べるためだけではなく、転倒・骨折・認知症・寝たきり・死亡といった重いアウトカムを遠ざけるための、極めて重要な一次予防なのです。
定期的な歯科健診で、自分の機能歯数や咬合状態を把握し、必要な治療・補綴を早めに受けることは、将来の骨折リスクや認知症リスクを減らすうえでも大きな意味を持ちます。
「何本残っているか」だけでなく、「きちんと咬めているか」を、この機会にぜひ見直してみてください。
参考文献
- Oral frailty and its determinants in older age: a systematic review and meta-analysis (2025)
高齢者における口腔フレイルとその決定要因:システマティックレビューとメタアナリシス
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpubh.2025.1514623/full - Number of functional teeth more strongly predicts all-cause mortality than number of present teeth in Japanese older adults (2020)
高齢日本人において機能歯数は現在歯数よりも全因死亡率をより強く予測する
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7317780/ - Dental status and incident falls among older Japanese: a prospective cohort study (2012)
日本人高齢者における歯の状態と転倒発生の関連:前向きコホート研究
https://bmjopen.bmj.com/content/2/4/e001262 - Number of Teeth and Incidence of Hip Fracture in Older Adults Aged ≥75 Years: The OHSAKA Study (2025)
75歳以上高齢者における歯数と大腿骨頸部骨折発症率の関連:OHSAKAスタディ
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jea/35/7/35_JE20240165/_article/-char/en - 高齢者の歯の数と大腿骨頸部骨折発症の関連を分析(大阪公立大学プレスリリース)
https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-15989.html - The Effect of Fall Biomechanics on Risk for Hip Fracture in Older Adults: A Video-Based Analysis (2020)
高齢者における転倒生体力学が大腿骨骨折リスクに与える影響:ビデオ解析研究
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7689902/ - Causes and course of falls resulting in hip fracture in elderly patients (2020)
高齢患者における大腿骨骨折を招く転倒の原因と経過
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32112361/ - Incidence and risk factors of postoperative delirium in elderly patients undergoing hip fracture surgery (2021)
高齢者大腿骨骨折手術患者における術後せん妄の発生率とリスク因子
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34627252/ - Review of postoperative delirium in geriatric patients (2016)
高齢者患者における術後せん妄のレビュー
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27225305/ - Cognitive outcomes after hip fracture surgery (2025)
大腿骨骨折手術後の認知機能転帰
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41203484/ - In-hospital delirium as a prognostic factor for new cognitive disorders in elderly patients with hip fracture (2022)
大腿骨骨折を有する高齢患者における新規認知障害の予後因子としての入院中せん妄
https://www.utupub.fi/bitstream/handle/10024/175572/Annales%20D%201730%20Jaatinen%20DISS.pdf - Postoperative delirium is a risk factor of institutionalization and functional decline in elderly patients after hip fracture (2023)
術後せん妄は大腿骨骨折後高齢者における施設入所と機能低下のリスク因子である
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmed.2023.1165734/full - Dementia and delirium, the outcomes in elderly hip fracture patients (2017)
認知症とせん妄-高齢大腿骨骨折患者の転帰
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5354532/ - Functional outcomes after hip fracture in independent older adults (2019)
自立した高齢者における大腿骨骨折後の機能転帰
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6941577/ - Mortality following hip fracture surgery in patients with dementia (2025)
認知症患者における大腿骨骨折手術後の死亡率
https://www.nature.com/articles/s41598-025-24357-1 - Effect of dementia on all-cause mortality in hip fracture patients (2023)
認知症が大腿骨骨折患者の全因死亡率に与える影響
https://bmjopen.bmj.com/content/13/5/e069579
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