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シャウエッセン(ソーセージ)で高齢者の噛む力が改善? ―― 最新研究から学ぶ、口腔機能と健康長寿への道

はじめに

年を重ねるにつれて、歯が弱くなったり、食べものが飲み込みにくくなったりした経験はありませんか?このような口の機能の低下は、単なる加齢現象ではなく、全身の健康に大きな影響を与えます。

2025年12月、北海道大学と日本ハム株式会社は、「噛み応えのある食肉加工品(ソーセージ):シャウエッセンを3ヶ月間毎日食べることで、高齢者の口腔機能が改善する可能性がある」という研究結果を発表しました。これは、一見すると単純な食べものの効果のように思えますが、実は数十年の口腔健康研究の成果が詰まった、非常に実用的な発見なのです。

本記事では、この研究の背景にある科学的証拠、そして高齢者の健康寿命を延ばすためになぜ「噛む力」が重要なのかを、分かりやすく解説します。

1. 口腔機能低下症(オーラルフレイル)とは:加齢とともに忍び寄る危機

1-1 「口の機能」はどのように低下するのか

口腔機能低下症(オーラルフレイル)とは、加齢や疾患によって、次のような口の機能が複合的に低下する状態です:

オーラルフレイル概念図 – 参考文献1より引用
  • 咀嚼機能(かむ力):食べものを砕く力の低下
  • 嚥下機能(飲み込む力):食べものや唾液を飲み込みにくくなる
  • 唾液分泌:口の乾燥が進む
  • 舌の筋力と運動:舌がうまく動かなくなる
  • 歯や歯ぐきの状態悪化:口の中の細菌が増殖しやすくなる

これらの機能が低下するのは、単なる歯の喪失だけが原因ではありません。加齢に伴う筋肉の衰え、基礎疾患、服用している薬の副作用、栄養不足など、複数の要因が相互に影響し合っているのです。

1-2 なぜ問題なのか:栄養の悪循環

口腔機能が低下すると、最大の問題は食べられる食べものの種類と量が限定されることです。

高齢者が口の機能を失うと、どうしても以下のような「やわらかい」「飲み込みやすい」食べものを選びがちになります:

  • お粥、うどん、パンなど(炭水化物が中心)
  • 避けてしまう食べもの:肉、魚、硬い野菜(タンパク質、ビタミン、ミネラル源)

その結果、起こるのが栄養バランスの崩壊です。炭水化物ばかり多く、タンパク質やビタミンが不足する食生活が続きます。

1-3 低栄養からフレイル、介護状態へ

この栄養不足は、さらに深刻な連鎖反応を生み出します:

  1. 低栄養状態:十分なタンパク質とビタミンが摂取できない
  2. 筋肉の衰え(サルコペニア):身体全体の筋量・筋力が低下
  3. フレイル:健康と要介護の中間状態に陥る
  4. 要介護状態:寝たきりや介護が必要な状態に進行

驚くべきことに、この悪循環は「口が弱くなった」という一つの問題から始まるのです。

2. 研究で明らかになった「噛む力と栄養」の関係

では、実際に科学的な研究では、口腔機能と栄養状態にどのような関係があることが分かっているのでしょうか?

2-1 「噛む力が強い人ほど、野菜や肉をよく食べる」(SONIC研究)

日本国内で実施されている大規模な調査「SONIC研究」(Septuagenarians, Octogenarians, Nonagenarians Investigation with Centenarians)では、70歳の健康的に暮らしている高齢者約1000人の食生活と口の健康を追跡調査しています。

この研究の重要な発見の一つが、咬合力(歯を閉じる力)と食物繊維・ビタミン摂取量の関連です。

主な知見:

  • 咬合力が強い人→野菜、肉、魚など多様な食べものを食べている傾向
  • 咬合力が弱い人→やわらかい炭水化物(お粥、うどんなど)中心の食生活

つまり、「噛む力」は単なる食べる能力ではなく、栄養価の高い食べものへのアクセスそのものを左右しているのです。

2-2 「咀嚼能力が低い人は、低栄養に陥りやすい」(Motokawa研究)

さらに詳しく調べた研究では、東京都内の高齢者509名を対象に、咀嚼能力(ガムを使った客観的なテスト)と血液中の栄養指標(血清アルブミン値)の関係を調べました。

衝撃的な結果:

良好な咀嚼能力を100とした場合の、不良な咀嚼能力と良好な咀嚼能力の差

栄養素・食品咀嚼能力が低い人の摂取状況
タンパク質↓ 低下
ビタミン各種↓ 低下
ミネラル↓ 低下
食物繊維↓ 低下
肉類↓ 低下
魚類↓ 低下
野菜類↓ 低下
炭水化物のみ→ ほぼ変化なし

驚くべきことに、咀嚼能力が低い人は、炭水化物以外のすべての主要栄養素と食品群の摂取が有意に低下していたのです。

さらに重要な発見は、このような栄養摂取の悪化が、実際に血液検査に反映されていたということです。つまり、咀嚼能力が低い→栄養が悪い食生活→実際に栄養不足状態という因果関係が、実データで証明されたのです。

3. 「口の訓練」で本当に改善するのか?:運動プログラムの効果

では、一度低下した口腔機能は、訓練で改善できるのでしょうか?

3-1 包括的プログラムの効果:「食感のある昼食会」

京都大学の研究グループは、地域に暮らす高齢者86名を二つのグループに分けて、12週間の実験を行いました。

グループ分け:

  • 介入群(43名):口腔運動+身体運動+食感のある食べものを使った昼食会
  • 対照群(43名):身体運動のみ

ここで注目すべきは、「食感のある昼食会」という介入方法です。これは単なる口腔体操ではなく、実際に咀嚼を要する食べものを食べながら、自然と口の機能を訓練するというアプローチです。

3-2 12週間後の変化

結果は明確でした:

対象介入前介入後改善度
介入群(プログラム参加)56%が口腔機能低下症26%に減少53%の改善 ✓
対照群(運動のみ)67%が口腔機能低下症61%に減少ほぼ改善なし

介入群では、口腔機能低下症に該当する人が56%から26%へと、半減以下に改善しました。一方、身体運動だけでは有意な改善が見られませんでした。

3-3 この研究からの教訓

この研究の最大の示唆は、「実際の食事場面での咀嚼訓練が重要」ということです。机上の口腔体操よりも、実際に「噛む必要がある食べもの」を食べることが、口の機能回復につながるのです。

4. 北海道大学の新しい試み:「市販ソーセージで口腔機能が改善?」

ここまでの研究から分かったことは:

  1. 口腔機能の低下は栄養不足につながり、やがて介護が必要な状態に至る
  2. 口腔機能は実際に訓練で改善する可能性がある
  3. 実際の食事場面での咀嚼訓練が効果的である

しかし、一つの問題が残ります:先ほどの京都大学の研究では、「包括的プログラム」が必要でした。つまり:

  • 専門家による口腔運動の指導
  • 身体運動プログラムの実施
  • 組織化された「昼食会」への参加

これらはすべて、高齢者が日常生活で簡単に継続できるものではありません

4-1 「簡便で継続可能な食品」を探す

そこで北海道大学と日本ハムが取り組んだのが、この課題への解答です。彼らが考えたのは:

「日常的に購入・調理できるような市販食品で、適度な咀嚼が必要で、栄養価も高いもの」

その候補に選ばれたのが、日本ハム製の「シャウエッセン」というソーセージです。

なぜソーセージか?その理由は:

  1. 適度な食感:咀嚼をしっかり要する硬さ
  2. 良質なタンパク質源:栄養バランスの改善に貢献
  3. 入手の容易さ:スーパーで普通に売られている
  4. 継続の容易さ:調理が簡単(温めるだけ)
  5. コスト:特別に高価ではない

4-2 研究の設計と結果

北海道大学の研究グループは、口腔機能が低下している35名の高齢者(地域在住高齢者および北海道大学病院の歯科外来患者)を対象に、以下の研究を実施しました:

方法:

  • 期間:3ヶ月
  • 摂取量:1日1~2本のソーセージ
  • 評価項目:口腔機能精密検査の7項目

口腔機能精密検査の7項目:

  1. 口腔内の衛生状態
  2. 口腔乾燥の程度
  3. 咬む力(咬合力)
  4. 舌や唇の動く力
  5. 舌の筋力
  6. 咀嚼能力
  7. 飲み込む力(嚥下機能)

結果:

介入を完了した31名において、以下の項目で有意な改善が認められました:

  • ✓ 口腔衛生状態:改善
  • ✓ 舌・口唇の運動機能:改善
  • ✓ 咀嚼能力:改善
  • ✓ 全体的な機能低下該当数:減少

つまり、毎日のソーセージ摂取を通じて、複数の口腔機能が改善されたのです。

ちなみに、「シャウエッセン」という商品名はドイツ語の単語からの造語で、観ること・観劇を意味する「シャウ」(Schau、英語のshowに相当する)と、食卓や食べ物を意味する「エッセン」(Essen)を合わせ「楽しい意味を込めてネーミング」された、とのこと。

楽しく食事をして口腔機能が改善するなら言う事ありません。

5. 研究の限界と今後の課題

ただし、ここで重要な注意が必要です。北海道大学の研究チームは、この研究の限界を明確に指摘しています。

5-1 パイロット研究の限界

今回の研究は「パイロット研究」です。つまり:

  • 対照群がない「ソーセージを食べない人」のグループと比較していない
  • 単群試験:改善が見られたが、それが本当にソーセージによるものなのか、時間経過による自然な改善なのか、プラセボ効果なのかは、厳密には判別できない

5-2 次のステップ

研究チームは既に方針を明らかにしています:

「今後は対照群を設定したランダム化比較試験を実施し、より信頼性の高い結果を得たいと考えています。」

つまり、この発見は非常に有望ですが、まだ「可能性が示唆された」段階であり、科学的証拠としての確実性はこれからの研究で確認される必要があります。

6. 実生活への応用:高齢者と家族が今できること

それでは、ここまでの研究から、高齢者の健康寿命を延ばすために、実際には何ができるのでしょうか?

6-1 口腔機能低下症のサイン

まず、自分や家族に以下のような症状がないか確認してください:

危険信号:

  • 食べるのに時間がかかるようになった
  • 硬い食べものが避けるようになった
  • 「む込むのが難しい」と言っている
  • 口が乾きやすい
  • 発音が不鮮明になった
  • 唾液が少なくなった

これらの症状が複数ある場合、歯科医院で「口腔機能精密検査」を受けることをお勧めします。診断された場合、医学的に証拠のある管理計画が立てられます。

6-2 「噛む」を意識した食生活

研究結果から分かったことは、「意識的に咀嚼を要する食べものを食べることが、口と全身の健康につながる」ということです。

実践的なアドバイス:

  1. 毎日「噛む必要がある食べもの」を意識的に摂取
    例:きのこ、野菜、肉、魚など
  2. 栄養バランス重視
    単なる「噛む訓練」ではなく、栄養価の高い食べものを選ぶ
    タンパク質、ビタミン、ミネラル、食物繊維を意識的に摂取
  3. 社会的な食事の場の活用
    一人での食事より、家族や友人との食事会がお勧め
    社会的交流と咀嚼訓練が同時に得られる
  4. 市販食品の活用
    ソーセージのように、容易に入手でき、調理が簡単で、栄養価の高い加工食品も選択肢になりえる

6-3 医学的管理の重要性

ただし、すべての高齢者に同じアプローチが有効なわけではありません。以下の理由から、医学的管理が重要です:

  • 個々の全身状態(基礎疾患、服用薬剤、栄養状態)を把握した上での管理計画が必要
  • 嚥下障害がある場合は、誤嚥(食べものが気管に入ること)のリスク管理が必須
  • 多職種(歯科医師、医師、栄養士、理学療法士など)との連携が効果的

結論:口の健康は、全身の健康の入口

本記事で紹介した研究を通じて明らかになったことは:

  1. 加齢に伴う口腔機能の低下は避けられない現象ですが、適切な対応で改善の可能性がある
  2. 「噛む力」が衰えると、必然的に栄養摂取が悪化し、やがて介護が必要な状態に至る悪循環が生じる
  3. 実際の食事場面での「咀嚼訓練」が、口と全身の機能改善に有効である
  4. 簡便で日常的に継続できる介入(市販食品の活用など)が、大規模な社会的健康効果をもたらす可能性がある

何より重要なメッセージは、「口の健康は、医学的管理と日常生活での工夫の両者によって初めて守ることができる」ということです。

高齢化社会を生きる私たちすべてにとって、「毎日ちゃんと噛む」という些細に見える習慣が、実は健康寿命を大きく左右する、極めて重要な健康行動なのです。

参考文献

  1. オーラルフレイルに関する 3 学会合同ステートメント:
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsg/38/supplement/38_86/_pdf/-char/ja
  2. Matsuo K, et al. Improvement of oral hypofunction by a comprehensive oral and physical exercise programme including textured lunch gatherings. J Oral Rehabil. 2021;48:411–421.
    「食感のある昼食会を含む包括的口腔・身体運動プログラムによる口腔機能低下症の改善」
    https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/joor.13122
  3. 北海道大学 大学院歯学研究院・日本ハム株式会社. 噛み応えのある食肉加工品摂取が高齢期の口腔機能改善に有効である可能性が明らかに. 2025年12月24日.
    “Chewing-Intensive Processed Meat Product Intake May Improve Oral Function in Older Age”
    「噛み応えのある食肉加工品摂取が高齢期の口腔機能改善に有効である可能性が明らかに」
    https://www.nipponham.co.jp/news/2025/20251224/
  4. 北海道大学 大学院歯学研究院・北海道大学病院・日本ハム株式会社. プレスリリース. 2025年12月24日
    「プレスリリース:高齢期における食感のある食品摂取による口腔機能の改善」
    https://www.huhp.hokudai.ac.jp/wp-content/uploads/2025/12/20251224press.pdf
  5. 日本歯科医学会編. 口腔機能低下症に関する基本的な考え方. 令和6年3月版.
    “Basic Concepts Regarding Oral Function Decline Syndrome”
    「口腔機能低下症に関する基本的な考え方」
    https://www.jads.jp/assets/pdf/basic/r06/document-240329.pdf
  6. Motokawa K, et al. Relationship between Chewing Ability and Nutritional Status in Japanese Older Adults: A Cross-Sectional Study. Int J Environ Res Public Health. 2021;18(3):1216.
    「日本人高齢者における咀嚼能力と栄養状態の関係:横断研究」
    https://www.mdpi.com/1660-4601/18/3/1216
  7. Inomata C, et al. Significance of occlusal force for dietary fibre and vitamin intakes in independently living 70-year-old Japanese: from SONIC Study. J Dent. 2014;42(5):556-64.
    「独立して生活する70歳日本人における食物繊維とビタミン摂取における咬合力の意義:SONIC研究」
    https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0300571214000657

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