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舌の痛み・治らない口内炎は要注意 —— 京都地裁令和2年判決と1000万ドル超の海外訴訟から考える舌がん早期発見ポイント

目次

  1. はじめに:舌の痛みと「見逃される舌がん」
  2. なぜ舌がんは見逃されやすいのか
  3. 京都地裁令和2年6月24日判決から学ぶこと
  4. アメリカの舌がん訴訟:約1,150万ドル賠償の事例
  5. 患者さんが知っておきたい「見逃さないサイン」
  6. 「安全な歯科治療」とは何か
  7. 恐れすぎずに「一緒に見逃しを防ぐ」ために

1. なぜ舌がんは「見逃されやすい」のか?

舌がんは、口腔がんの中で最も多いがんで、特に舌の側縁(横のふち)にできることが多いとされています。​
初期の舌がんは「しつこい口内炎」「治らない白い・赤い斑点」のように見えることが多く、見た目だけではすぐにがんと判断しづらい場合もあります。​​

しかし、「治りにくさ」「経過」「硬さ」などを総合して、歯科医は「ただの口内炎か、それともがんの可能性があるか」を慎重に見極める必要があります。

日本で舌がんの報道がされ、記憶に新しいのは甘利大臣と堀ちえみさんです。

1013年、甘利経済再生担当大臣が舌がんの手術を行い報道されました。最初に気づいたのは「就寝前に舌に感じたピリッとした痛みだった。」とされています。

2019年にはタレントの堀ちえみさんが舌がん公表されています。最初に見つけたのは「舌の裏側に小さな白い点」、1ヶ月後に「舌のしびれ」です。

そんな舌がんで起きた訴訟問題、国内と国外の判例から何に注意したら良いのかを検証していきます。

2. 京都地裁令和2年6月24日判決:舌がん見逃しと「転送義務」

どんな症例だったか(概要)

京都地裁令和2年6月24日判決で問題になったのは、「舌の異常を訴えた患者さんを、歯科医院が長く“口内炎”として経過観察し続け、早期に専門病院へ紹介しなかった」という事案です。​

  • 60代の患者さんが、舌の白い変色と痛みで歯科医院を受診
  • 歯科医院では「口内炎」と診断し、軟膏などで治療を継続
  • しかし数週間〜数か月経っても改善せず
  • その後、別の医療機関で「舌がん(低分化型扁平上皮がん)」と診断
  • 手術を受けるも、肺転移などで死亡に至る
  • 遺族が「早く専門医に紹介していれば助かったはず」として損害賠償を請求

この事件は京都新聞で報じられた他、歯科口腔外科の裁判例を解説した総説論文でも「裁判例Ⅰ」として詳しく紹介されています。​(どちらも参考文献参照)

裁判所が問題視したポイント

裁判所は、次の点を重視しました。​​

  • 再発性のアフタ性口内炎などは通常「10日以内」に自然に消え、傷跡も残さないこと
  • 口腔粘膜のターンオーバーは約2週間と短く、2〜3週間たっても治癒傾向がない場合は、腫瘍性病変(がんなど)を疑うべきこと
  • 患者さんは同じ部位の症状で何度も通院しており、「長期に治らない舌の病変」だったこと

そのうえで、裁判所はこう判断しました。​

  • 初診時(受診初回):
    → その時点で「がんを疑わなかったこと」自体は過失とは言えない
  • しかし、数週間経っても良くならないのに、
    → 生検(組織検査)を行ったり、
    → 口腔外科など高度医療機関に紹介しなかった
    ことについては、少なくとも2月下旬の時点で「転送すべき義務(転送義務)違反」があった

つまり、「最初からすぐがんを疑うべきだった」というよりも、「治らない期間が長くなってきた時点で、診断を見直し、専門医へつなぐべきだった」という点が問題にされたのです。​

死亡との因果関係と賠償額

一方で、裁判所は次のようにも判断しました。​

  • 舌がんのタイプ(低分化型扁平上皮がん)は転移しやすく、
  • 2月下旬の時点で転送しても、12月の時点で死亡を完全に防げたとまでは言えない

そのため、「転送義務違反と『死亡そのもの』との因果関係」は否定しましたが、「もっと早く見つかっていれば、まだ生存していた“相当程度の可能性”があった」として、その可能性が奪われた点について慰謝料300万円を認めました。​

これは、「結果(死亡)そのもの」とまでは言えなくても、「助かる・長く生きられる可能性」が失われた場合にも損害賠償が認められる、という日本の最高裁判例の流れに沿った考え方です。​

3. 海外の舌がん訴訟:約1,150万ドル(約十数億円)の賠償命令

ペンシルベニア州の舌がん訴訟

2024年、米国ペンシルベニア州では、舌の痛みを訴えた患者さんに対する対応が原因で、歯科医に約1,150万ドル(約十数億円)の賠償を命じる評決が上級審でも維持された事例が報じられています。

この症例では、

  • 患者さんは7か月間に8回、同じ歯科医を受診し、「舌の痛い病変」について相談
  • しかし、歯科医は生検(組織検査)や専門医への紹介を行わなかった
  • 病変は進行し、最終的にステージIVの扁平上皮がんとなり、舌の一部切除や化学療法が必要になった
  • 患者さんは「診断・紹介の遅れ」が原因だとして訴訟を提起
  • 陪審は歯科医側の過失を認め、約1,150万ドルの賠償評決
  • 歯科医は控訴したが、高裁が評決維持(控訴棄却)

といった経過が報じられています。

記録管理と説明の問題

この事案では、単に「紹介が遅れた」ことだけでなく、カルテ管理や対応の仕方も問題視されています。

  • 患者さんが記録の開示を求めた際に、歯科医が免責同意書への署名と引き換えに記録を出そうとしたと主張されたこと
  • 記録が見つからない/破棄された疑いがあるとして、陪審が不利な心証を持った可能性

などが報じられており、「きちんと記録を残し、正面から説明すること」がいかに重要かを示しています。

4. 患者さんが知っておきたい「見逃さないサイン」

舌がんなど口腔がんを「見逃さない」ために、患者さん側が知っておくと役立つポイントを整理します。​​

2週間以上続く「口内炎」は要注意

  • ふつうのアフタ性口内炎は、10日前後で自然に消え、跡が残らないことが多い
  • 2週間たっても同じ場所の痛みや白斑・赤斑が消えないときは、自己判断せず受診を

特に、

  • 舌の側縁にある
  • 表面がざらついている、硬い
  • 触るとしこりのような厚みがある

といった場合は、早めに歯科口腔外科などでの精査が望まれます。​

次のような症状は早めに相談を

  • 舌や頬の粘膜の痛みが、数週間続いている
  • 入れ歯や歯が当たる場所に「治らない傷」「白い・赤い斑点」がある
  • 舌の動かしにくさ、しゃべりにくさ、飲み込みづらさが続く
  • あごの下や首のリンパ節の腫れが続く

これらは必ずしもがんとは限りませんが、「重大な病気のサイン」である可能性もあるため、放置せず相談することが大切です。

通院しているのに治らないときに言ってよいこと

歯科医院に通っていても改善しないとき、患者さん側からも、次のような質問や希望を伝えてよいでしょう。

  • 「2週間以上治らないのですが、がんの可能性はありませんか?」
  • 「口腔外科や大きな病院で一度診てもらった方がいいでしょうか?」
  • 「生検(細胞や組織をとって調べる検査)は必要ありませんか?」

これは歯科医を疑うためではなく、「いっしょに見落としを防ぐ」ための、ごく自然なコミュニケーションです。

​​

5. 「安全な歯科治療」のために大切なこと

歯科医に求められる基本姿勢(日本の裁判例から)

日本の裁判例や総説では、医療訴訟の基本的な考え方として、次のような点が示されています。​

  • 医師・歯科医師は「当時の医療水準に基づいた注意義務」を負う
  • 適切なタイミングで、より高度な医療機関に転送(紹介)する義務(転送義務)がある
  • 生命そのものだけでなく、「適切な医療を受けていれば助かった・後遺症が残らなかった相当程度の可能性」も法的に保護される利益とされる
  • 患者さんへの説明義務(病名・治療内容・リスク・代替治療など)も重要な義務として認められている

これらは、患者さんにとって「何が安全な歯科治療なのか」を考えるうえでのベースとなる考え方です。​

海外訴訟に共通するポイント

海外の歯科医療訴訟の分析では、次のような点がしばしば問題になります。

  • 疾患の見逃し・診断の遅れ(特にがんや感染症など重い病気)
  • 説明不足・インフォームドコンセントの不備
  • 記録(カルテ)の不十分さ、改ざん・破棄の疑い
  • 高度な治療や自由診療を行う際の説明不足

舌がん事例のように、「長期にわたるフォロー中にも関わらず、適切なタイミングで生検・紹介をしなかった」ことが重大視されるのは、各国で共通する傾向といえます。

患者さんができる「安全対策」

怖がりすぎる必要はありませんが、次のことを心がけると安心です。

  • かかりつけ歯科医を持ち、症状の経過を継続的に伝える
  • 「治らない」「いつもと違う」と感じたら、遠慮せずにもう一度相談する
  • 不安が強い場合は、紹介状を書いてもらい、口腔外科など専門医を受診する
  • 説明が分かりにくいときは、「もう一度ゆっくり説明してほしい」と伝える

歯科医側も、患者さんからの質問をきっかけに「見逃し」を防げる場合が少なくありません。

​​

6. まとめ:恐れすぎず「一緒に気をつける」

舌がんを含む口腔がんは、早期に見つかれば比較的治療成績が良い一方、「治らない口内炎」と誤解されて発見が遅れると、治療が大きくなり、命に関わることもあります。​
京都地裁判決や海外の高額賠償事案は、「治りにくい舌の病変を長期間そのままにしない」「専門医への紹介や検査のタイミングを逃さない」ことの重要性を、医療者だけでなく患者さんにも教えてくれます。​​

「2週間以上治らない舌の痛み・白い/赤い斑点」は、必ず相談してよいサインです。
恐怖心だけを煽るのではなく、「いつ、どのように受診・相談すれば安心か」を知っておくことが、「安全な歯科治療」への第一歩だと言えるでしょう。

参考文献

  1. 医療訴訟の概要 日本口腔外科学会雑誌 総説 (2024)
    京都地裁令和2年6月24日判決,舌がんの事案で歯科医院の転医義務についての症例紹介
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjoms/70/9/70_356/_article/-char/ja
  2. 京都地裁令和2年6月24日判決 舌がん・歯科医院の転医義務(報道紹介)(2020)
    法律事務所による京都新聞の報道紹介
    https://medicallaw.exblog.jp/30123611/
  3. Appeals court rules dentist must pay $11M malpractice verdict (2024)
    控訴裁判所,舌の病変評価遅延で歯科医に約1,150万ドル賠償を維持
    https://www.drbicuspid.com/dental-practice/legal-issues/article/15752313/appeals-court-rules-dentist-must-pay-11m-malpractice-verdict
  4. Superior Court upholds $11.5M verdict against Drums dentist
    上級裁判所はドラムスの歯科医に対する1150万ドルの判決を支持
    https://www.citizensvoice.com/2025/07/27/superior-court-upholds-11-5m-verdict-against-drums-dentist/

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