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歯を失うとなぜ骨折につながるのか? —— エチレン製人工股関節とホルムズ海峡封鎖から考える死亡リスク

歯がなくなると、なぜ寿命が縮むのか? —— 転倒・骨折・認知症・死亡率上昇の連鎖を防ぐために」こちらの記事を書いたのですが、調べていたら人工股関節にエチレンが使われていることが分かったため、社会情勢に合わせて新たに記事を書きました。

目次

  1. 歯がなくなると寿命が縮むって本当?
  2. 歯の喪失から始まる「負のスパイラル」
  3. 骨折と人工関節——いまや「最終手段」ではない時代
  4. 人工関節を支える「架橋ポリエチレン」とは?
  5. ホルムズ海峡封鎖とエチレン減産が医療に与える影響
  6. 私たちが今できること——口と骨を守る生活習慣

1. 歯がなくなると寿命が縮むって本当?

近年の疫学研究では、高齢者で歯を多く失っている人ほど死亡リスクが高いという結果が繰り返し報告されています。
特に、入れ歯などの補綴物を使わずに噛めない状態を放置していると、栄養状態の悪化や活動量低下を通じて全身の機能が落ち、寿命にも影響すると考えられています。

歯が残っている人、歯を失っても入れ歯で「噛む機能」を補っている人では、要介護・認知症・死亡のリスクが低いというデータも示されています。
つまり「歯がなくなる=寿命が縮む」というより、「噛めない状態を放置すること」が寿命を縮める一因になっている、というイメージです。

2. 歯の喪失から始まる「負のスパイラル」

歯を失って噛めなくなると、次のような負の連鎖が起こりやすくなります。

  • 柔らかいもの中心の食生活になり、タンパク質・食物繊維・ビタミンなどが不足しやすい
  • 噛む刺激が減ることで、脳の活性低下や認知機能低下のリスクが高まる可能性
  • 会話がしにくくなり、人付き合いが減り、フレイルやうつに近づきやすい

長期の追跡研究では、歯数が少ない人ほど要介護、認知症のリスクが高くなることが報告されています。
また、噛めないことで筋力低下やバランス能力低下が進み、転倒・骨折が起こりやすくなると指摘されています。

転倒・骨折、とくに大腿骨近位部骨折は、その後の寝たきりや死亡率の増加につながることが知られており、「歯の喪失 → 噛めない → 栄養・筋力・認知低下 → 転倒・骨折 → 要介護・死亡」という一連の流れが問題視されています。

3. 骨折と人工関節——いまや「最終手段」ではない時代

高齢者が転倒して大腿骨頚部骨折などを起こすと、人工股関節置換術(THA)や人工膝関節置換術(TKA)が必要になることがあります。
以前は「人工関節=最後の手段」「長持ちしないから、できるだけ先延ばし」と考えられがちでしたが、これはすでに古い常識になりつつあります。

2000年代以降、人工股関節の材料と設計が進歩し、20年の耐用率が90%以上と報告されるなど、長期成績が飛躍的に向上しています。
最近の解析では、高度架橋ポリエチレン(HXLPE)やセラミックを用いた人工股関節の30年生存率が90%超に達するとの報告もあり、「一生もの」に近づいていると評価されています。

その結果、術後の生活制限は少なく、スポーツに参加する人も増え、「痛くて動けない期間を長く我慢するより、早めに手術して活動性を取り戻す」ことが推奨されるケースも増えてきました。
日本整形外科学会も、「人工関節=最終手段」というイメージを改め、「骨と関節の新常識」として積極的な情報発信を行っています。

4. 人工関節を支える「架橋ポリエチレン」とは?

人工股関節では、大腿骨側の金属やセラミックのボールと、骨盤側のカップ(ライナー)がこすれ合いながら動きます。

このカップ部分に使われる素材の1つが「架橋ポリエチレン(クロスリンクポリエチレン)」で、従来のポリエチレンに比べて摩耗が極めて少ないのが特徴です。

長年の課題だったのは、ポリエチレンの摩耗粉が骨に炎症を起こし、人工関節のゆるみや再手術につながることでした。
高度に架橋されたポリエチレンでは、摩耗率が年間0.004mm程度と非常に低く抑えられた長期成績が報告されており、この「摩耗の少なさ」が20〜30年レベルの耐用性向上に大きく貢献しています。

ポリエチレン自体は、エチレンという基礎化学品から作られる合成樹脂で、医療用の人工関節だけでなく、食品包装、日用品、自動車部材などさまざまな分野で使われています。
つまり、エチレン供給は、医療を含めた現代社会全体の「素材の基盤」を支えていると言えます。

5. ホルムズ海峡封鎖とエチレン減産が医療に与える影響

2026年、ホルムズ海峡が事実上封鎖され、中東からの原油・ナフサ供給が大きく制限されたことで、日本を含む各国の石油化学産業はエチレンなど基礎化学品の減産を余儀なくされています。
日本は原油の約9割以上を中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通過しているため、この地域の混乱はエネルギーだけでなく化学原料の供給にも直結します。

実際、日本国内のエチレン生産拠点のうち、複数のプラントが稼働率を引き下げ、長期化すれば停止もあり得ると発表されています。
エチレンはポリエチレンやポリプロピレンなど、医療機器、包装材、自動車部品、洗剤など、多くの製品の原料であるため、減産が長期化すれば次のような影響が懸念されます。

  • 人工関節に用いる架橋ポリエチレンの材料コスト上昇や供給の不安定化
  • 輸液バッグ、チューブ、ディスポーザブル医療器具に使われる樹脂材料のコスト増・供給逼迫
  • 全身麻酔薬・局所麻酔薬・内服薬など、ありとあらゆる医薬品製造のコスト増・供給制限
  • 医療以外でも、食品包装、衛生用品などの価格高騰や供給調整

現時点では、医療用途は優先的に確保される可能性が高いものの、原料価格の高騰や供給制約は、最終的に医療費や患者負担、医療機関の経営に影響し得ます。
特に超高齢社会の日本では、骨折・変形性関節症に対する人工関節置換術の需要が増え続けており、その「長寿命化」を支える架橋ポリエチレンの安定供給は、健康寿命と生活の質を守るうえで重要な社会的インフラと位置づけてよいでしょう。

6. 私たちが今できること——口と骨を守る生活習慣

ホルムズ海峡やエチレン供給の問題は、個人ではコントロールしにくい「マクロなリスク」です。
一方で、歯を守り、転倒や骨折を防ぐことは、私たち一人ひとりが今日から取り組める「ミクロな対策」であり、結果として人工関節など高度な医療への依存度を下げることにもつながります。

具体的には、次のようなポイントが重要です。

  • 定期的な歯科受診と、虫歯・歯周病の早期治療で歯の喪失を防ぐ
  • 歯を失っても、入れ歯やインプラントなどで噛める状態を保つ
  • 十分なタンパク質とカルシウム、ビタミンD・Kなどを含むバランスの良い食事を心がける
  • ウォーキングや筋トレなどで筋力・バランス能力を維持し、転倒リスクを減らす
  • 関節の痛みで動けない期間を長引かせず、必要に応じて整形外科で早めに相談する

「歯を守る」「骨を守る」「関節を守る」ことは、ただ自分の身体を守るだけでなく、人工関節や医療素材への需要を適正なレベルに抑え、社会全体の医療資源を持続可能にすることにもつながります。
エネルギー・化学原料のリスクが高まる時代だからこそ、個々人が自分の健康資本を大切にすることの意味は、今まで以上に大きくなっていると言えるでしょう。

参考文献

  1. 三井化学、エチレン減産 ホルムズ海峡封鎖で(2026年3月9日)
    https://www.nippon.com/ja/news/kd1404002697307062773/
  2. 三井化学、エチレン減産 ホルムズ海峡封鎖で(2026年3月10日)
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/473972
  3. ホルムズ海峡封鎖の原油・ガス市場への影響(2026年3月10日)
    https://www.marubeni.com/jp/research/report/data/20260310_ise.pdf
  4. 日本のインフレ加速の恐れ、原油急騰-ホルムズ海峡が事実上封鎖(2026年3月1日)
    https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/aef01ba8a0d94901b1f269ee6d23c354e090d6d9
  5. ホルムズ海峡封鎖: 世界一中東に石油を依存する日本の今後は(2026年3月16日)
    https://www.alterna.co.jp/169225/
  6. ホルムズ封鎖でエチレン減産 長期化なら医療や自動車・洗剤に影響(2026年3月16日)
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC162QV0W6A310C2000000/
  7. 食料品や日用品など幅広い品目の値上げ懸念強まる「できることを」(2026年3月17日)
    https://www.yomiuri.co.jp/economy/20260317-GYT1T00001/
  8. 日韓石油化学業界、イラン戦争で生産減速(2026年3月17日)
    イラン情勢を背景とした日韓石油化学業界の生産減速と、基礎化学品供給への影響を扱った記事
    https://www.arabnews.jp/article/business/article_171892/
  9. Pentland V, et al. Survivorship of modern total hip replacement to 30 years: systematic review, meta-analysis, and extrapolation of global joint registry data. Lancet. 2026;394:855-866.(2026)
    現代人工股関節の30年生存率を推定したシステマティックレビュー・メタ解析
    https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(25)02305-0/abstract
  10. 「令和6年歯科疾患実態調査」の結果(概要)を公表します(2025)
    日本人の現在歯数や8020達成率など、歯科疾患と口腔の現状に関する厚生労働省の調査結果
    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59190.html
  11. 8020現在歯数と健康寿命(2018)
    現在歯数・8020と健康寿命・要介護リスクの関係についてまとめた日本歯科医師会の解説
    https://www.jda.or.jp/park/relation/teethlife.html
  12. 人工関節は「最終手段」ではない 日整会が「骨と関節の新常識」を社会に発信(2026)
    https://www.yomiuri.co.jp/yomidr/article/20260309-GYTET00017/
  13. The worldwide survival rate of total hip arthroplasties is improving. EFORT Open Rev. 2024(2024)
    世界各国の人工股関節生存率の推移を示したレビュー
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11370712/

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執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中・TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づいた正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けしています。


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