コラム|船橋の歯医者・矯正歯科|かわせみデンタルクリニック

初診のみ
WEB予約
電話予約
初診のみ
WEB予約

コラム

コラムCOLUMN

歯科医院倒産が過去最多でも「歯科医院はコンビニより多い」論に意味はない。 —— 数字の裏に隠れた日本の歯科医療の実像と未来

目次

  1. 「コンビニより多い」という比較はナンセンスな理由
  2. 歯科医院が多い構造的な理由
  3. 歯科医師国家試験の「合格者数絞り込み」問題
  4. そもそも歯科医師は本当に多いのか?
  5. 「担い手」が消えていく構造
  6. 今後どうなっていくのか
  7. まとめ
  8. 参考文献

1. 「コンビニより多い」という比較はナンセンスな理由

「歯医者はコンビニより多い」という言葉は、もはや一種の定番フレーズとして広まっています。厚生労働省の医療施設(動態)調査によれば、令和6年(2024年)末時点の歯科診療所数は 66,378軒 で、大手コンビニチェーンの総店舗数(約5〜6万店舗)をたしかに上回ります [1]

しかし、この比較には根本的な問題があります。

業種・業態がまったく異なるものを件数だけで並べることに意味はほとんどありません。コンビニは小売業であり、24時間いつでも誰でも立ち寄れる施設です。一方、歯科医院は基本的にすべて予約制であり、好きなタイミングで行って即座に診てもらえるわけではありません。来院できる枠は予約によって管理されており、1施設が1日に対応できる患者数は限られています。

さらに、サービス提供の構造もまったく異なります。コンビニのレジ前に10人並んでいても、複数のレジや1人のスタッフがある程度さばくことができます。しかし歯科治療は1人の患者に歯科医師が専属でつく必要があり、1人の歯科医師が複数の患者を同時に診ることは不可能です。施設数の単純比較は、こうした業種・業態の根本的な違いを無視しています。

他の業種と比べても同様です。厚生労働省の衛生行政報告例によれば、美容所の数は令和4年度時点で 約26万9,889軒 [2]、整骨院(柔道整復の施術所)は令和6年時点で 50,924軒 [3] にのぼります。美容院は歯科医院の約4倍、整骨院も歯科医院に迫る施設数ですが、これらが「多すぎる」として社会問題視されることはほとんどありません。

なぜ歯科医院だけが問題視されるのか。 それは「数が多い」という表面的な話よりも、歯科医療の構造的な問題——保険点数の低さ、収益の厳しさ、歯科医師の働き口の偏り——が背景にあるからです。以下でその実態を整理します。

2. 歯科医院が多い構造的な理由

2-1. 保険点数が低く、大病院では歯科が成立しにくい

日本の歯科医療は、収益構造の面で根本的な課題を抱えています。

東京財団政策研究所の浦沢聡士氏による分析では、日本の歯科保険診療における患者1人当たりの平均単価(窓口負担+診療報酬合計)は 約8,000円 です。これに対して、スウェーデンは1時間あたり約24,000円、米国では1時間あたり約50,000円相当の水準で設定されており、日本の診療単価はスウェーデンの約3分の1、米国の約6分の1にとどまります [4]

この低い診療報酬は、大病院での一般歯科設置を非採算的にします。令和6年医療施設(動態)調査によれば、全国の病院8,060施設のうち、歯科系の診療科(歯科・歯科口腔外科・小児歯科・矯正歯科のいずれか)を標榜する病院は 約1,815施設(病院全体の約22%) に過ぎません [5]。さらに、そのうち「歯科口腔外科」を標榜する一般病院は 1,034施設(一般病院の約14.8%) であり、一般的な虫歯治療を行う「歯科」の標榜は 1,071施設(一般病院の約15.3%) にとどまります [1]

つまり、病院の約8割には歯科そのものが存在しないのが実態です。

病院で歯科を運営しても採算がとれないため、大病院は口腔外科以外の一般歯科をほとんど持たない構造になっています。患者は結果的に地域の歯科診療所に行くほかなく、それが診療所の開設数を押し上げる一因になっています。

2-2. 大病院での勤務先が少なく、開業が唯一の選択肢になりやすい

厚生労働省の令和4年(2022年)医師・歯科医師・薬剤師統計によれば、全国の歯科医師 105,267人 のうち、医療施設に従事する 101,919人(96.8%) の内訳は以下の通りです [6]

就業場所人数割合(医療施設従事者に対する)
歯科診療所約90,257人約88.6%
医育機関附属病院(歯学部等)約8,406人約8.2%
一般病院約3,256人約3.2%

歯科医師の 約9割が診療所で働いており、大病院の一般病院勤務はわずか3%強です。医育機関(大学病院)を含めても、病院勤務は全体の約11%にすぎません。

さらに病院歯科の内実を見ると、令和4年のアンケート調査(全国病院歯科医協会・日本口腔外科学会)では、歯科系診療科を標榜する1,815病院のうち、医育機関を除いた1病院当たりの常勤歯科医師数は平均わずか1.8人 です [5]。常勤歯科医師が1人(いわゆる「1人院長」)の施設が約30%を占めており、病院歯科自体の求人規模がきわめて小さいことがわかります。

大病院で働く枠が構造的に少ないため、卒業後のキャリアの選択肢が「開業医」か「他の歯科診療所への勤務」にほぼ絞られることが、歯科診療所数の多さの根本的な理由の一つです。

2-3. 医師と比べて臨床以外の働き口が極めて少ない

医師(医科)の場合、臨床以外にも多彩なキャリアパスが存在します。製薬企業のメディカルアフェアーズ(数千人規模で採用)、CROや医療機器メーカーの臨床開発、厚生労働省・医薬品医療機器総合機構(PMDA)などの行政機関、産業医(全国50人以上の事業所に選任義務)、保険者(健保組合)専属医師、スポーツ医学、メディアや教育分野など、臨床以外の就業先が広く開かれています。

一方、歯科医師の場合、こうした非臨床キャリアの選択肢は医師に比べて著しく限られます。

就業先医師(医科)歯科医師
製薬企業・医療機器メーカー多数(数千人規模)少数(歯科関連メーカーのみ)
産業医・産業歯科医全国義務(50人以上事業所)任意・少数
行政・厚労省技官医系技官として多数採用歯科系技官として少数採用
研究機関・大学多数歯学部のある大学に限定
保険・ITなど異業種徐々に増加非常に少ない
学校医・保健所多数学校歯科医・保健所歯科医として少数

厚生労働省の令和4年統計では、医療施設以外で働く歯科医師(行政機関・産業・その他)はわずか 1,562人(全歯科医師の約1.5%) です [6]。医師と比べて圧倒的に非臨床の場が少なく、歯科医師のほぼ全員が何らかの形で臨床現場に向かわざるを得ない構造になっています。

2-4. 勤務医として働ける場所も限られている

では、診療所勤務の中で「勤務医」として雇われて働く選択肢はどうでしょうか。

令和4年の調査では、診療所で働く歯科医師約90,257人のうち、約54%が開設者(いわゆる開業医)、約32%が勤務医 です [6]。表面上は「勤務医を選べる」ように見えますが、実態は厳しいものがあります。

歯科診療所の 73.3%は「個人」経営 であり(令和6年医療施設動態調査)[1]、1院に歯科医師が1〜2人しかいない小規模診療所がほとんどです。勤務歯科医師を雇用しているのは医療法人や比較的規模の大きい診療所に限られ、勤務先として安定した規模の組織(キャリアとして長期的に雇用が継続される職場)はきわめて少ないのが現状です。さらに東京財団政策研究所の分析によれば、個人勤務医の平均年収は 約550万円(医療法人勤務で約670万円) と、米国の勤務歯科医師(約2,160万円)の4分の1以下という水準です [4]

こうした低い処遇と不安定な雇用環境から、「いずれ開業するしかない」という意識が歯科医師の間で醸成されやすく、それが歯科診療所数を押し上げ続ける構造的な背景となっています。

2-5. それでも年収は良い方では?と思われるかも知れませんが……

それでも一般職より年収が高いと思われるかも知れません。四年制大学よりも高い学費を払って歯科医師となり、働き始めは大学6年間終えて研修医を1年間終えてからが本番です。大学での研修医の給与は20万円を切るところがほとんどで、研修が終わるまでは歯科医師としてのバイトもできません。研修医上がりでは実質的にほとんど何もできない状態でスタートすることになります。つまりは四年生大学卒より3年遅く働きはじめ、オンラインセミナーで1回1-2万円、1回何十万円とするような実習付きのものや年間コースで150万円程するような講習会費や学会費、1冊1万円以上するのが当たり前の医学書籍購入費を自己投資としてコンスタントに使いつつ、診療時間以外も仕事のために注ぎ込んで、その上で生活費は別に退職金はないため老後資金も貯めていかなくてはいけません。開業する場合には開業資金も必要です。

つまり、自己投資、老後資産は歯科医師として生きていくうえで必須であり、場合により(と言っても多くの場合)開業資金、そして車や家のローンがここに加わります。結婚して子どもができたら教育にもお金がかかりますね。もし、自分の子供を歯科医師にしたいと思ったらいくらかかるでしょうか?その話は後の項目でまとめます。

3. 歯科医師国家試験の「合格者数絞り込み」問題

近年の歯科医師国家試験の合格率は 60%前後 で推移しており、医師国家試験(約91〜92%)と比べて著しく低い水準にあります。令和8年(2026年)3月実施の第119回試験では合格率が 61.9% と過去ワースト2位の水準に落ち込みました [7]

これは、歯科医師を志した6年間の勉強の末に 10人中約4人が不合格 になることを意味します。

3-1. なぜこうした政策がとられるようになったのか

この問題を理解するには、戦後からの歯科医師数の変遷を知る必要があります。

■ 「歯科医師不足」から「過剰」へ——歴史的経緯

昭和40年代(1960〜70年代)、高度成長期の食生活変化により虫歯(う蝕)が多発し、「歯科医師不足」が深刻な社会問題となりました。当時の人口10万人当たり歯科医師数はわずか 30人台 でした。

これを受けて昭和44年(1969年)、田中内閣の「1県1医大構想」とも相まって、人口10万人当たり50人を目標とする閣議決定がなされ、全国で歯学部・歯科大学の新設が相次ぎました。昭和40年代の7校体制が昭和53年(1978年)には 29校体制 に急拡大したのです [8]

目標の10万人当たり50人は昭和59年(1984年)に達成されましたが、歯学部はその後も増え続け、今日では人口10万人当たり 84.2人(令和4年末時点)に達しています [6]

■ 「入口」対策の限界と「出口」での絞り込み

過剰を認識した政府は昭和57年(1982年)に「過剰を招かないようにする」旨の閣議決定を行い、昭和62年(1987年)に入学定員の20%削減目標を示しました。平成18年(2006年)には文部科学大臣と厚生労働大臣が「歯科医師養成数の削減等に関する確認書」を取り交わし、定員削減と国家試験合格基準の引き上げを正式に合意しました [8]

しかし私立大学(歯科大学・歯学部の過半数を占める)は経営上の理由から求められた水準の定員削減を十分に実施しませんでした。

こうした「入口(入学定員)」対策の機能不全を受け、厚生労働省は 「出口(国家試験)」での合格者数の絞り込みという実質的な措置に踏み切りました。日本歯科医師会は平成26年(2014年)の見解で「年間新規参入歯科医師数は1,500名を上限とする」という方針を示しており [8]、これを踏まえて第107回(平成26年)試験から合格者数が急減し、以降は 年間約2,000人前後 で推移しています。

時代合格率合格者数(概数)
1989年(昭和64年)頃約92.9%約3,576人
2003年(平成15年)頃約91.4%約3,000人超
2014年(平成26年)以降60〜70%前後約2,000人前後
2026年(第119回)61.9%約1,757人

この絞り込み政策は、国家試験を「資格試験」から「合格者数をコントロールする選抜試験」へと事実上転換させるものであり、6年間の学業を修了した歯学部卒業生の相当数が毎年歯科医師になれないという深刻な問題を生んでいます。

4. そもそも歯科医師は本当に多いのか?

「歯科医師が多すぎる」という議論は、国際比較の視点から再検討する必要があります。

東京財団政策研究所の記事でも引用されているOECDデータによれば、2022〜2023年時点の人口1,000人当たり歯科医師数は以下の通りです [4]

人口当たり歯科医師数(2022年 Health care resources, OECD) [4]

順位国名人/千人順位国名人/千人
1コロンビア1.6521デンマーク0.72
2キプロス1.2022ラトビア0.71
3ブルガリア1.1523フランス0.68
4ルーマニア1.1524オーストラリア0.65
5リトアニア1.1024カナダ0.65
6エストニア1.1026オーストリア0.61
7クロアチア0.9626スペイン0.61
8ポーランド0.9226米国0.61
9イタリア0.8929オランダ0.57
10ノルウェー0.8830スロバキア0.55
11ドイツ0.8531韓国0.54
12イスラエル0.8432ニュージーランド0.51
13日本0.8233トルコ0.50
14アイスランド0.7934イギリス0.49
15スウェーデン0.7735アイルランド0.46
16ベルギー0.7636スイス0.41
17ハンガリー0.7537メキシコ0.12
18フィンランド0.74ルクセンブルクデータ無し
18スロベニア0.74
20チェコ0.73

日本はOECD加盟国38か国中 13位(人口1,000人当たり0.82人) に位置します。上位12か国はすべて欧州・中南米の国々で、日本より歯科医師の多い国々の多くは歯科医師を高収入・人気職種として維持している国々です [4]

同様に、日本歯科大学協会の資料では、人口10万人当たり歯科医師数85.2人はOECD加盟38国中19位(中間より少し上)であり、「歯科医師が過剰だとはいえない」という見方もあります [9]

問題の本質は「数の多さ」ではなく「地域偏在」と「保険制度」にある

厚生労働省の令和8年2月27日公表の資料によれば、外来歯科医師偏在指標の都道府県最大値(東京都)と最小値(島根県)の比は 約2.2倍 に達し、二次医療圏レベルでは最大値(東京都区中央部)と最小値(青森県下北地域)の比が 約9.5倍 に開いています [10]。全国には歯科医療機関へのアクセスが困難な地区(「歯科医療過疎地区」)が 1,200以上 存在します [9]

つまり、東京などの都市部には歯科医院が密集して競争が激しい一方、地方・農村部では歯科医療へのアクセスが困難な地域が多数存在するという二極化が起きているのです。「歯科医師が多すぎる」のではなく、「いる場所が偏っている」という表現がより正確です。

5. 「担い手」が消えていく構造

歯科医師数の減少は、国家試験の絞り込みという「人為的な制限」だけで起きているわけではありません。バブル崩壊後の収益構造の悪化が積み重なり、歯科医師という職業を選ぶ人そのものが減り始めるという、より根深い変化が進んでいます。

5-1. 私立歯学部6年間学費の現実

日本の歯学部定員の約7割を占めるのは私立大学・私立歯科大学です。その6年間の学費と、2026年3月実施の第119回歯科医師国家試験における合格率(全体)を併記します(学費は各大学公式ホームページより集計、合格率は厚生労働省発表資料より)[7]

大学名6年間学費第119回合格率(全体)
明海大学約1,793万円68.3%
朝日大学約1,793万円48.7%
松本歯科大学約2,008万円67.9%
日本歯科大学(新潟)約2,100万円78.6%
奥羽大学約2,150万円36.6%
鶴見大学約2,625万円47.1%
福岡歯科大学約2,630万円40.8%
北海道医療大学約2,700万円75.0%
神奈川歯科大学約2,700万円74.4%
岩手医科大学約2,760万円45.5%
日本大学(松戸歯)約2,940万円36.1%
愛知学院大学約3,060万円63.7%
日本歯科大学(東京)約3,138万円62.7%
大阪歯科大学約3,150万円58.3%
日本大学(歯)約3,160万円46.4%
東京歯科大学約3,190万円94.0%

参考として、国公立大学の私立と同回の合格率は国立計73.9%・公立(九州歯科大学)63.6%、私立計58.7%でした [7]

■ 学費と合格率——「高い授業料」は合格を保証しない

この表を見て気づくのは、学費の高さと合格率がほぼ比例していないという事実です。最も高額な約3,190万円の東京歯科大学は合格率94.0%と突出していますが、それ以外では学費と合格率の相関は薄く、むしろ学費が安い大学でも合格率が相対的に高い大学が存在します(日本歯科大学新潟:78.6%、北海道医療大学:75.0%など)。

逆に、約2,940万円〜3,160万円台の大学群(日本大学松戸歯・日本大学歯・大阪歯科大学)の合格率は36〜58%台にとどまっており、約3,000万円超を投じても 10人中4〜6人が国家試験に合格できない という現実があります。

合格率の低い大学では「全体」と「新卒」で大きな乖離が生じています。受験を繰り返す既卒者の存在が全体合格率を下げる構造になっているためです。留年・卒業延期も含めると、入学から国家試験合格まで6年を超えるケースも珍しくなく、実質的なコストはさらに膨らむ可能性があります。

実際、留年なく6年間ストレートで卒業できる人は1学年で半分程度だったりしますし、私立大学では国家試験合格率がそのまま希望受験者数と直結するため、国家試験に受からなそうな学生は卒業させて貰えず、結果的に国家試験を受験することができません。

私立の場合、最も安い大学でも約1,800万円、最も高い大学では約3,200万円に達し、国公立大学の約350万円と比べて5〜9倍の開きがあります。生活費や受験費用を含めれば、私立歯学部卒業までに総額3,000万円超を要する家庭も特に珍しくありません。

バブル期の「歯科医師になれば高収入」という時代であれば、この投資は合理的な選択でした。しかし現在、歯科診療所勤務医の平均年収は約550〜670万円程度(前出の東京財団政策研究所の試算)にとどまります [4]。単純計算で、卒業後に奨学金なしで私立の学費を回収しようとすれば、30〜50年かかることもあります。学費に見合う収益が見込めない中で合格率まで低ければ、「子どもを歯科医師にしたくても、その学費を出せる家庭が減っている」という現実はますます加速します。

5-2. 歯科医師の婚姻率低下と「子の歯学部進学」の減少

■ 歯科医師の結婚・未婚の現状

歯科医師の未婚率について、公的な一次資料による業種別の詳細な統計は公表されていません。ただし、歯科医師が置かれた職場環境を踏まえると、未婚率が高い傾向にある背景は構造的に理解できます。

その一因として見落とされがちなのが、歯科医師という仕事が「育児との両立」を構造的に困難にしているという問題です。これは女性歯科医師に限らず、男性歯科医師においても同様です。

歯科治療は予約制で進められ、1人の患者の治療が数十分から1時間以上にわたる場合もあります。その最中に「子どもが体調不良で保育園・幼稚園に迎えに来てほしい」という連絡が来たとき、歯科医師には治療を途中で切り上げることがほぼできません。仮に対応できたとしても、担当していた患者をすべてキャンセルし、再予約(リスケジューリング)し直す必要が生じます。事務職のように「今日の仕事を明日に持ち越す」「在宅で夜に片づける」という選択肢が存在しない仕事であるため、子育て中の急な対応が診療全体に直接的なダメージを与えます。

このような構造的な困難から、歯科医院は小規模の職場が多く院内での出会いの機会が限られること、そもそも日本全体の晩婚化・未婚化とあわせて、歯科医師の晩婚化・未婚化も進んでいるとみられます。歯科医院は特に男性歯科医師は歯科衛生士・歯科助手と院内で出会うケースが多い一方、女性歯科医師は職場内の異性が「年の離れた既婚の院長のみ」というケースも多く、出会いの機会そのものが構造的に少ない環境にあることも要因として挙げられるかもしれません。女性歯科医師が数字上それなりに稼げてしまっていると、自分以下の年収の男性と結婚することは心理的に難しいということも考えられます。

■ 「子どもを歯学部に」という親の減少

歯科医師を目指した動機として「親族に医師・歯科医師がいたから」という回答が多数を占めるとされており、歯学部は特に「歯科医師の子ども・孫が多い」という実態が長年続いてきました。

しかし、歯科医師自身が未婚・晩婚化し、また結婚しても子どもの人数が少ない時代には、後継候補となる「歯科医師の子ども」の数自体が少なくなるという構造的な問題が生じます。さらに、前述の通り私立歯学部の学費が年収と見合わなくなっている現在、「自分の子どもをあえて歯学部に進学させる」という選択が難しくなりつつあります。これは統計的な確認が困難ですが、現場の歯科医師の間で広く共有されている実感であり、今後データとして可視化される可能性が高い問題です。

5-3. 後継者不在と広がるM&A

帝国データバンクの2024年調査によれば、医療業(病院・診療所・クリニックなど)の後継者不在率は61.8% と高水準にあります [12]。小規模で院長1人が経営を担う無床診療所・歯科診療所では、経営者の高齢化が進む一方で事業継続の見通しが立っていないケースが多く、「引退したくても引き継いでくれる人がいない」という状況が広がっています。

また2024年には 医療機関の倒産件数が過去最多の64件 を記録し、うち歯科医院が27件を占めました。さらに廃業・解散を含む「市場から消えた医療機関」は同年 過去最多の786件 に達しました [13]

こうした後継者問題を背景に、歯科業界ではM&A(第三者への事業承継)が急速に増加しています。特に「黒字なのに後継者がいないため廃業を検討」というケースでM&Aが選ばれるようになっており [12]、歯科医院経営者の間でM&Aへの認知と活用は年々広がっています。しかし、M&Aで診療所を受け継ぐ側の歯科医師の数も、国家試験合格者の絞り込みにより今後は減少が予想されます。M&Aが「出口の選択肢」として成り立つには、引き受け手となる若手歯科医師が十分に存在することが前提です。この前提自体が揺らぎ始めています。

5-4. 女性合格者の増加と活躍の構造的な壁

近年の歯科医師国家試験では、女性の合格率が一貫して男性を約10ポイント上回っています。2026年実施の第119回試験でも、男性合格率57.6%に対し女性は68.0%と高い水準でした [7]。合格者に占める女性の割合は年々上昇しており、同試験での女性合格者は805人(45.8%)と、ほぼ男女同数に近づいています [7]

歯学部在学中の男女比もほぼ半々という状況であり、学生の場では男女同数なのに、臨床現場に出ると男性が圧倒的に多いという乖離が生じています。厚生労働省の令和4年統計では、29歳以下の就業歯科医師に占める女性の割合は約48.7%にのぼる一方、全年代を通じると女性歯科医師の割合は約30%台にとどまります [6]

この背景にあるのが、出産・育児による離職問題です。日本歯科医師会女性歯科医師の活躍検討ワーキンググループが平成28年(2016年)に実施した調査によれば、子どもがいない女性歯科医師の歯科医業離職経験率は6.9%に対し、子どものいる女性歯科医師の62.6%が一度離職を経験していました [14]。離職の最多年齢は30代で、ちょうど臨床経験が充実し始める時期と出産・育児期が重なるためです。

前節で述べた通り、育児中の急な呼び出しが当日担当患者のキャンセル・リスケジュールにつながる構造は、女性歯科医師にとってとりわけ深刻です。復職を望んでも、小規模な診療所では時短勤務や突発的な欠勤に対応できる体制がなく、「フルタイムで働けないなら来なくていい」という現実に直面するケースも少なくありません。

もっとも、離職の多くは「永続的な廃業」ではなく一時的なものであり、子育てが落ち着いた後に復職するケースも多く存在します。実際、離職期間の平均は30代で約1.61年と比較的短く、歯科医師という職業は夜間の当直がないなど子育てとの両立がしやすい側面もあります [14]

それでも、離職と復職のサイクルの中で技術更新や経験の断絶が生じるリスクは否定できません。合格者のほぼ半数が女性であるにもかかわらず、その働き方を支える制度や職場環境が十分に整っていないことは、実質的な歯科医療の担い手不足を加速させる構造的な問題です。

6. 今後どうなっていくのか

厚生労働省のワーキンググループ(令和8年2月)の最新推計が重要な転換点を示しています。

■ 歯科医師数は減少に転じる

令和4年末時点で歯科医師は105,267人でしたが、同年比で既に2,176人の減少が確認されています [^6]。推計では令和8年(2026年)以降、歯科医師の総数は 緩やかな減少傾向 に転じ、令和22年(2040年)には稼働換算で 約99,000人 になると見込まれます [10]

その背景は 高齢化です。現在の歯科医師の年齢分布を見ると、60歳代が約23,566人(最多)、50歳代が約22,398人 と、50歳以上が全体の半数超を占めます [6]。過去に大量に輩出された「歯学部拡張世代」が今後10〜20年でリタイアしていく見込みです。

■ 需要は2040年頃まで増加する可能性

一方、需要推計では現状の受療行動が継続した場合、2040年の歯科医師需要は 約104,000人 と供給を上回る可能性が示されています [10]。高齢化による85歳以上人口の増加が、訪問歯科診療や口腔機能管理の需要を押し上げるためです。

業務効率化(デジタル化・適切な業務分担など)のシナリオ別では、2040年の需要は 86,000〜98,000人 の幅となり、シナリオによっては供給が需要をやや上回る可能性もあります [10]

シナリオ2040年需要推計供給推計との関係
効率化なし(現状維持)約104,000人需要>供給
業務効率化7%約98,000人ほぼ均衡
業務効率化10%約95,000人供給がやや上回る
業務効率化15%約90,000人供給が上回る
業務効率化20%約86,000人供給が上回る

■ 地域によっては「歯科医師不足」が先行して起こりうる

日本歯科大学協会は2025年前後から就業歯科医師数が減少に転じる可能性を指摘しており [^9]、特に現在すでに歯科医師が少ない地方・農村部では、団塊世代の歯科医師のリタイアと新規参入の絞り込みが重なり、地域によっては歯科医療へのアクセスが崩壊するリスクが現実のものになりつつあります。2026年3月の第119回国家試験では合格者数が 1,757人 と過去ワースト2位の水準に落ち込んでおり、この懸念はより切迫した問題となっています [7]

■ 歯科診療所数は既に減少トレンドへ、倒産は20年で最多

歯科診療所数は2015〜2016年頃の約68,900軒をピークに減少に転じており、令和6年(2024年)末には 66,378軒 まで減少しています [1]

倒産件数も急増しています。東京商工リサーチの調査(2026年4月公表)によれば、2025年度に倒産した歯科医院は 31件(前年度比1.5倍増) で、過去20年間で最多を更新しました。医療機関全体(病院・クリニック・歯科医院の合計)の倒産71件のうち歯科医院が占める割合は約44%にのぼります。倒産原因の最多は「販売不振」(患者数の減少)と「既往のシワ寄せ」(累積した経営悪化)で、この2要因だけで全体の約89%を占めます。光熱費・人件費・備品代の上昇が診療報酬の低い歯科医院の採算をさらに圧迫しており、倒産の97%超が再建の難しい「破産」での処理となっています[11]

7. まとめ

「歯科医院はコンビニより多い」という比較は、異なる業態を単純に件数で並べる意味のないものです。歯科医院が多く見える構造的な理由は、低い保険点数により大病院での一般歯科経営が成立しにくいこと、病院勤務の枠が極めて少ないこと、臨床以外の就業先も医師に比べて乏しいことが積み重なり、開業以外の選択肢が構造的に閉ざされてきた結果です。

国家試験の合格者数絞り込みは、歯学部拡張時代に生まれた過剰問題に対する「出口での対症療法」であり、入学定員の「入口」対策が不十分なまま行われてきたという経緯があります。

さらに視野を広げると、歯科医師という職業を「選ぶ人自体」が減り始める構造的な変化も見えてきます。バブル期以降の低収益構造の中で私立歯学部の高額な学費回収が困難になり、育児中の急な対応が担当患者のキャンセル・リスケにつながるという職業構造上の制約が男女を問わず歯科医師の婚姻・子育てを難しくしています。歯科医師自身の未婚化や子どもの減少が重なり、後継者不在が急速に進んでいます。また、学生時代はほぼ半数が女性であるにもかかわらず、出産・育児期における職場環境整備の遅れが、女性歯科医師の離職を構造的に増やしています。

重要なのは、「歯科医師の数が多い・少ない」という単純な議論ではなく、保険制度の適正評価・地域偏在の是正・歯科医師の多様なキャリアパスの整備・性別を問わず育児期も働き続けられる柔軟な職場環境の整備といった複合的な改革が必要だということです。今後は高齢化による歯科需要の増大と歯科医師数の減少が同時進行し、地方を中心に「歯科医療へのアクセス不足」が深刻化する可能性があります。数の過剰を心配するよりも、どこで、どのように、質の高い歯科医療を届けるかという問いに、社会全体で向き合う時期に来ています。

皆さんが明日からできるひとつの心構えがあります。ここでひとつ、患者の立場になって考えてみましょう。

「担当医が子どもの病気で急遽診療できなくなったため、予約を取り直させてください。ただ、来週はもう既に予約が一杯のため、平日なら再来週以降でお願いします。土曜日ですと混み合っているため、3週間後以降になっていまいます——」

これを社会全体として一人ひとりが当たり前のことと受け入れていかないことには現状を変えることができません。

歯医者は痛くなってから行くをなくし、予防中心の受診に変えていくこと。これができれば、この変更にも余裕を持って対応しやすくなるのではないでしょうか。私たちの意識と行動が、社会を変えていくことに繋がっていくのです。

参考文献

  1. 令和6(2024)年 医療施設(動態)調査・病院報告の概況(厚生労働省、2025年)
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/24/dl/11gaikyou06.pdf
  2. 令和4年度 衛生行政報告例の概況(厚生労働省、2023年)
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/22/dl/gaikyo.pdf
  3. 令和6年 衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況(厚生労働省、2025年)
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/24/index.html
  4. 歯科医療再生に向けて〜自由診療による責任のある予防中心の歯科医療へ〜 浦沢聡士(東京財団政策研究所、2024年)
    https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4580
  5. 病院歯科の全体像(厚生労働省、2025年)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001580073.pdf
  6. 令和4(2022)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況(厚生労働省、2024年)
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/22/index.html
  7. 第119回歯科医師国家試験の合格発表について(厚生労働省、2026年)
    https://www.mhlw.go.jp/general/sikaku/successlist/2026/siken02/about.html
  8. 歯科医師需給問題の経緯と今後への見解(公益社団法人 日本歯科医師会、2014年)
    https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000071236.pdf
  9. 「歯科医師」の現状(公益社団法人 日本歯科大学協会)
    https://www.shikadaikyo.or.jp/wp-content/uploads/presseminer_14_03.pdf
  10. 歯科医療提供体制・歯科医師の現状について(厚生労働省、令和8年2月27日)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001663231.pdf
  11. 2025年度の「医療機関」倒産 20年で最多の71件 クリニック・歯科医院の淘汰が加速(東京商工リサーチ、2026年4月18日)
    https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202743_1527.html
  12. 全国「後継者不在率」動向調査(2024年)(帝国データバンク、2024年11月)
    https://www.tdb.co.jp/report/economic/succession2024/
  13. 医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)(帝国データバンク、2025年1月)
    https://www.tdb.co.jp/report/industry/20250122-iryoukikan/
  14. 女性歯科医師の活躍のための環境整備等に関する調査報告(公益社団法人 日本歯科医師会 女性歯科医師の活躍検討ワーキンググループ、平成28年2月)
    https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000112987.pdf

関連記事|船橋の歯医者・矯正歯科|かわせみデンタルクリニック

歯科診療報酬


かわせみデンタルクリニック

所在地:〒273-0005 千葉県船橋市本町6丁目3−20 ベルヴィル船橋本町 1階B号室
電話番号:047-409-2988
JR・東武鉄道「船橋」駅 徒歩4分
平日 9:00 ~ 13:00 14:30 ~ 18:00
土曜 9:00 ~ 13:00 14:00 ~ 17:00
(休診:日曜・月曜・祝日)

当院は、初診時にしっかりと検査を行い、虫歯根管治療から矯正歯科・小児矯正まで、丁寧にご説明のうえで治療を進めています。
治療後も再発予防に努め、安心して通える歯科医院をめざしています。