院内の「お局問題」と歯科医院のジェンダー構造 ── 「なぜこんなに働きにくいのか」を科学的に考える
クイーンビー症候群・水平的暴力・男性院長×女性スタッフ構造。歯科医院で起きやすい人間関係の問題を、研究データをもとに整理し、院長・スタッフそれぞれができる対処法を解説します。
▶ 前編:職場の「なんとなく重い」空気の正体 ── 無礼さが医療現場のパフォーマンスと患者安全を蝕むメカニズム
目次
1. はじめに ── 「無礼さが生まれやすい構造」がある
前編では、職場の「ちょっとした無礼さ」が医療現場のパフォーマンスや患者安全にどれほど深刻な影響を与えるかをデータとともに確認しました。
今回は一歩踏み込んで、「なぜ医院という職場では無礼さが生まれやすいのか」という構造的な問いに向き合います。
職場の無礼さは、個人の性格の悪さだけで生まれるわけではありません。Andersson & Pearsonは1999年に、職場における些細な無礼な行為が「報復の応酬」を生み、エスカレートしていく「インシビリティ・スパイラル」という理論を提唱しました¹。いったん無礼の連鎖が始まると、職場全体がじわじわと悪化していくという構造です。
そして歯科医院・クリニックという職場には、このスパイラルが起きやすい「構造的な条件」が重なっています。小規模・密閉的な空間、固定されたチーム、明確な権力差、女性が大多数を占めるスタッフ構成と男性が多い院長層 ── これらが複合的に絡み合うことで、「なんとなく働きにくい」という感覚が生まれます。
本記事では、その構造を「御局問題」と「ジェンダー構造」という二つの切り口で整理し、院長・スタッフそれぞれができることを考えます。
2. 院内でよくある「御局問題」の正体
2-1. 「お局問題」とは何か
「お局(おつぼね)」とは、職場で長年働いてきたベテランスタッフが、新人や若手に対して高圧的・排他的に振る舞う現象を指す日本語の俗語表現です。「自分はこれだけ苦労してきた」という経験と、「それを当然のこととして通じさせたい」という欲求が混ざり合い、知らず知らずのうちに後輩を締め付けてしまうことがあります。
ただし重要なのは、これを「悪い人がいる問題」として片づけてしまわないことです。後述するように、「お局問題」の多くは、個人の人格の問題というよりも、職場の構造が生み出す現象です。その背景にある二つの概念を確認しましょう。
2-2. クイーンビー症候群
「クイーンビー症候群(Queen Bee Syndrome)」は1974年に命名された概念で、ある程度の立場を得た女性が、後輩の女性に対して距離をとったり、厳しく評価したりする行動パターンを指します。
看護師を対象とした質的研究(Sengul et al., 2019)では、看護師たちが「同格の女性マネージャーが複数いると競争や対立が生まれやすく、クイーンビー(女王蜂)的な行動がより顕著になる」と認識していることが示されています²。
外科系医療職でもその存在が実証されています。カナダの外科系17分野から716名の医師を対象にした研究(Munn et al., 2024)では、女性回答者は女性研修医を男性研修医よりも有意に厳しく評価することが示されました(t=2.664, p=0.008)。この差は男性回答者には見られませんでした³。
では、なぜこのようなことが起きるのでしょうか。Faniko らの研究(2017)は重要な答えを示しています⁴。管理職の立場を得た女性は、そのキャリアの過程で家族や私生活など多大な個人的犠牲を払っている場合が多く、「自分はこんなに苦労してきたのに」という感覚が後輩女性への批判的な目線につながります。「同じ苦労をしていない人に下駄を履かせるのは不公平だ」という心理が、ジュニア女性への距離化を生む ── これは悪意というよりも、過酷な組織環境がもたらす防衛的な反応です。
さらに厄介なのは、若い女性がクイーンビー行動をネガティブとして認識しにくい、という点です。Sterk ら(2018)の実験では、同じ批判的な行動であっても、女性上司からの場合は「バイアスである」と認識されにくいことが示されました⁵。しかし実際には、クイーンビー的な関わりを受けた若い女性は、怒り・悲しみ・不安を有意に感じていることが確認されています(いずれもp<0.05)。「なんとなく傷ついているが、何が問題なのかわからない」という状態が生まれやすいのです。
クイーンビー症候群のポイント
- 管理的立場の女性が後輩女性を冷遇する行動パターン
- 「多大な犠牲を払ってきた」という経験が背景にある
- 悪い人がいるのではなく、過酷な組織環境が生む
- 若い女性はダメージを受けていても「問題」として認識しにくい
2-3. 水平的暴力(ラテラルバイオレンス)
「水平的暴力(Lateral Violence / Horizontal Violence)」は、同等の立場にある同僚同士の間で起きる、目に見えにくい攻撃的な行動を指します。管理職から部下へという縦方向のハラスメントとは異なり、同僚間で起きる点が特徴です。
看護師を対象とした系統的レビューとメタ分析(Zhang et al., 2022)では、14の研究・約6,000人を分析した結果、看護師における水平的暴力の有病率は平均33%(95%CI: 23.4–42.8%)であることが示されました⁶。つまり3人に1人が職場で水平的暴力を経験しているという計算です。
具体的な行動例としては以下のようなものが挙げられます:
- 陰口・悪口
- 無視・孤立化
- 仕事に必要な情報を教えない
- 特定の人に仕事を押しつける
- 表立っては何も言わないが態度で示す
これらは「気のせい」「普通のこと」として見過ごされやすいですが、被害を受けた人の燃え尽き症候群・離職意向・患者安全への影響が報告されています。
水平的暴力を理解するうえで参考になるのが、「被抑圧集団理論(Oppressed Group Behavior Theory)」という考え方です。権力を持たない集団が、上の権力に対して攻撃を向けられない状況に置かれたとき、フラストレーションが集団内部に向かい、横同士での攻撃性が高まるというものです。権力差がある職場でスタッフが「上」に物が言えない状況に追い込まれると、エネルギーが「横」に向かいやすくなる ── これが水平的暴力の背景にあります。
2-4. 「お局問題」への向き合い方
お局問題は「困った人を排除すれば解決する」問題ではありません。構造への働きかけが鍵です。
| 視点 | 具体的なアプローチ |
|---|---|
| 個人への攻撃を避ける | 問題行動を「悪い人の行為」としてラベルせず、「その行動が職場に何をもたらすか」を問う |
| 被害者を孤立させない | ターゲットになっているスタッフが孤立しないよう、声をかけ続ける同僚・管理者の存在が重要 |
| ベテランの経験を活かす | 豊富な経験をポジティブな形で発揮できる役割(後輩指導・プロセス改善など)を意識的につくる |
| 組織として対処する | 個人間の問題として放置せず、チームのルールや対話の場を設ける。院長・管理職が「沈黙しない」姿勢を示す |
3. 歯科医院に特有のジェンダー構造とコミュニケーション問題
3-1. 「男性院長・女性スタッフ」は統計的な現実
歯科医院という職場の人間関係を語るうえで、どうしても無視できないのがジェンダー構造です。
カナダの大規模人口調査(Gupta & Miah, 2024)では、歯科衛生士・歯科助手の97%が女性である一方、男性歯科医師は女性歯科医師に比べて平均21%多い収入を得ており、地域中核施設での配置も男性が多いことが示されました⁷。
世界規模のレビュー(Tiwari et al., 2019)では、歯科学校卒業生では女性の割合が増加しているにもかかわらず、学術・管理職の高位ポストでは世界的に男性優位が続いていることが報告されています⁸。日本でも大学(29校)の管理職・上位教員ポストでは男性集中が顕著であることが示されています。
日本のデータに目を向けると、Miura ら(2021)による国内歯科医師2,664名の10年間コホート研究では、女性歯科医師はキャリア初期において院長職よりも雇用歯科医師(OR=3.10)やパートタイム勤務(OR=2.07)を選択する割合が男性より有意に高いことが示されています⁹。育児・家庭責任との両立が主な背景として示唆されており、これが「院長は男性」という構造を再生産し続けるひとつの要因です。
つまり「男性院長×女性スタッフ」という構図は、統計的には日本の歯科業界の現実を反映したものです。これを「良い・悪い」と評価することが目的ではなく、この構造がコミュニケーションにどう影響するかを知ることが重要です。
3-2. 権力差がある職場でコミュニケーションに何が起きるか
権力差のある職場では、コミュニケーションの流れに歪みが生じやすいことが実験的に示されています。
Pattni ら(2017)のシミュレーション研究では、生命にかかわる緊急状況において、呼吸療法士が男性上級医師に対して異議申し立て(チャレンジング)を行う回数は、女性上級医師に対する場合よりも有意に少なく(p=0.017)、断定性・有効性も低いことが示されました¹⁰。つまり「上司が男性か女性か」というだけで、部下が意見を言えるかどうかが変わってしまうのです。
Etherington & Boet(2018)は手術室チームの研究から、チームの過半数が男性の場合にチームとしての協力行動や情報共有が低下し、その効果は外科医も男性の場合に最も強く現れることを報告しています¹¹。女性スタッフが多数を占める職場でも、意思決定者が男性であるという事実だけで、チームの情報共有の質が変わりうるのです。
3-3. 小規模診療所ならではの難しさ
Berthelsen ら(2017)は、スウェーデンの公的歯科診療所68ユニット・900名のスタッフを対象とした多レベル研究で、職場における組織的公正感(organizational justice)のレベルが、スタッフの職場コミットメントの変動をすべて説明し、ケアの質への評価の差の多くを説明することを示しました¹²。「公平に扱われている」と感じられる職場かどうかが、スタッフのエンゲージメントと診療の質に直結するのです。
歯科医院という小規模診療所には、この公正感が損なわれやすい独特の構造があります。
| 特性 | 問題として現れやすいこと |
|---|---|
| 逃げ場がない | 職場が小さく、問題が起きてもメンバーが変わらない。転職しか選択肢がなくなりやすい |
| 院長が絶対的権力者 | 雇用・評価・シフトのすべてを院長が握る。意見を言うことが「リスク」になる |
| 役割が固定されやすい | 長年の慣習でスタッフの役割や序列が固定化し、変化への抵抗が強くなる |
| アウトサイダー不在 | 外部の目が入らず、問題が内部で完結(あるいは放置)されやすい |
3-4. 「言いにくさ」はミスにつながる
「どうせ言っても変わらない」「言ったら関係が悪くなる」という感覚は、単なる職場の居心地の問題にとどまりません。
Lewis(2023)による系統的レビューでは、医療従事者の破壊的行動(disruptive behaviour)が医療ミスと関連するケースが70%に上ることが報告されています¹³。また患者安全が損なわれたと認識されたケースは53%、ヒヤリハット・有害事象との関連は67%に上ります。「言いにくい雰囲気」が実際の診療上のミスを増やす ── これは歯科医院においても無縁ではない問題です。
情報共有が滞り、スタッフが「言えない」環境では、器具の確認漏れ・患者情報の伝え忘れ・処置手順のずれといったリスクが積み重なります。人間関係の問題は「仕事に関係ない私的な悩み」ではなく、医療安全に直結する職場課題です。
3-5. できることは何か
ジェンダー構造や権力差は、一朝一夕に変えられるものではありません。しかし意識的な取り組みによって、「言いやすい職場」に近づけることはできます。
院長・管理者側ができること
- スタッフが意見を言ったとき、まず「聞く」姿勢を示す(否定・遮断しない)
- 「言ってくれてありがとう」という反応を積み重ねる
- 1対1の面談機会を定期的に設ける
- チームでのブリーフィング・デブリーフィングを習慣化する
- 「院長が話す場」ではなく「みんなが話す場」をつくる
- 公正な評価・情報共有のルールを透明にする
スタッフ側ができること
- 「おかしい」と感じたことをメモする習慣をつくる(問題の可視化)
- 信頼できる同僚に話す(孤立しない)
- 「ルール」として話す(「私が嫌だ」ではなく「このプロセスはどうしたらいいですか」)
- 問題がある場合、外部相談窓口(労働基準監督署・産業カウンセラー・都道府県の歯科医師会相談窓口など)を活用することも選択肢に
4. まとめ
「お局問題」の本質は、個人の性格の悪さではなく、職場の構造が生み出す現象です。クイーンビー症候群は過酷なキャリア経験の防衛反応として理解でき、水平的暴力は権力差のある職場における被抑圧集団の反応として説明できます。
歯科医院特有の「男性院長×女性スタッフ」というジェンダー構造と権力差は、「意見が言いにくい空気」を構造的に生みやすく、その「言いにくさ」は職場の居心地の問題を超えて、患者安全にも影響します。
だからこそ、院長・スタッフの両者が「これは構造の問題だ」という認識を持ち、意識的に対処することが重要です。「誰かが悪い」という視点ではなく、「この職場をどうすれば話しやすくできるか」という問いが、より良い職場環境への第一歩となります。
▶ 前編もぜひあわせてお読みください:職場の「なんとなく重い」空気の正体 ── 無礼さが医療現場のパフォーマンスと患者安全を蝕むメカニズム
5. 参考文献
- Tit for Tat? The Spiraling Effect of Incivility in the Workplace (1999)
職場における無礼さのスパイラル効果
https://journals.aom.org/doi/10.5465/amr.1999.2202131 - The perception of queen bee phenomenon in nurses; qualitative study in health sector (2019)
看護師におけるクイーンビー現象の認識:医療分野での質的研究
https://journals.lww.com/10.4103/njcp.njcp_308_18 - The queen bee phenomenon in Canadian surgical subspecialties: An evaluation of gender biases in the resident training environment (2024)
カナダの外科系サブスペシャリティにおけるクイーンビー現象:研修環境でのジェンダーバイアスの評価
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10917252/ - Nothing Changes, Really: Why Women Who Break Through the Glass Ceiling End Up Reinforcing It (2017)
何も変わらない:ガラスの天井を突き破った女性がなぜそれを強化してしまうのか
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5414903/ - Perpetuating Inequality: Junior Women Do Not See Queen Bee Behavior as Negative but Are Nonetheless Negatively Affected by It (2018)
不平等の持続:若い女性はクイーンビー行動をネガティブと見なさないが、それでも否定的な影響を受けている
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6159757/ - Prevalence of lateral violence in nurse workplace: a systematic review and meta-analysis (2022)
看護師の職場における水平的暴力の有病率:系統的レビューとメタ分析
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8966576/ - Imbalances in the oral health workforce: a Canadian population-based study (2024)
口腔保健従事者の不均衡:カナダの人口ベース研究
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11457345/ - Gender Inequalities in the Dental Workforce: Global Perspectives (2019)
歯科医療従事者におけるジェンダー不平等:グローバルな視点
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6960321/ - Gender Differences in Work Status during Early Career of Dentists: An Analysis of National Survey Cohort Data of 10 Years in Japan (2021)
歯科医師のキャリア初期における就業状況のジェンダー差:日本の10年間国民調査コホートデータの分析
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7967721/ - Gender, power and leadership: the effect of a superior’s gender on respiratory therapists’ ability to challenge leadership during a life-threatening emergency (2017)
ジェンダー・権力・リーダーシップ:生命を脅かす緊急事態における呼吸療法士のリーダーシップへの挑戦能力に対する上司の性別の影響
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29121299/ - Why gender matters in the operating room: recommendations for a research agenda (2018)
手術室でジェンダーが重要な理由:研究アジェンダへの提言
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9520754/ - Is organizational justice climate at the workplace associated with individual-level quality of care and organizational affective commitment? A multi-level, cross-sectional study on dentistry in Sweden (2017)
職場の組織的公正感は個人レベルのケアの質と組織への感情的コミットメントと関連するか?スウェーデンの歯科医療における多レベル横断研究
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0265539X2017034003025 - The impact of interprofessional incivility on medical performance, service and patient care: a systematic review (2023)
専門職間の無礼さが医療パフォーマンス・サービス・患者ケアに与える影響:系統的レビュー
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10538688/
執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中・TV取材多数
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