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財務省「医学部定員大胆削減」提言——歯科・薬学の先例が示す地域医療と日本の研究力への打撃

2026年4月、財務省は医学部の定員を「大胆に削減すべき」と提言しました。歯科・薬学部が先行体験した悪循環、当直問題、地域偏在、直美問題、そして大学病院が担う研究・教育・診療の三機能への影響まで、最新の公的データと学術資料に基づいて徹底解説します。

目次

  1. 財政審の「医学部定員削減」提言——これまでの経緯と2026年4月の提言
  2. 先行事例①:歯科医師定員削減が生んだ悪循環——「過剰」対策が「崩壊」を呼ぶ構造
  3. 先行事例②:薬学部6年制と定員抑制——研究力崩壊の実証例
  4. 勤務医の「当直」という法的抜け穴——32時間連続勤務と2024年改革の限界
  5. 地域偏在・診療科偏在——「余っている場所」と「足りない場所」の現実
  6. 医療訴訟と「直美」問題——志望科がゆがむ二つの要因
  7. 大学病院の三本柱——教育・診療・研究の機能を潰すとどうなるか
  8. 研究力低下という「静かな国力崩壊」のエビデンス
  9. 「選択と集中」政策と大学縮小の構造的矛盾
  10. 国が考えている偏在対策——その内容と限界
  11. 考察:母数を確保しなければ、抜本的解決はない

1. 財政審の「医学部・歯学部・薬学部定員削減」提言——これまでの経緯と2026年4月の提言

医学部・歯学部・薬学部の定員数の削減

2026年4月23日、財務省の諮問機関である財政制度等審議会(財政制度分科会)は、医療分野の人材供給に関する審議において「大学医学部の定員を大胆に削減すべきだ」と提言しました1

提言の根拠は、厚生労働省が2020年に行った医師需給推計で、「現行の定員を維持すると2029〜2032年に医師の需給が均衡し、その後は過剰になる」と予測していることです2

ただし、この提言に至るまでには、長年にわたる政策の積み重ねがあります。

時系列で見る「削減圧力」の経緯(抜粋)

年月出来事
1973「無医大県解消構想」閣議決定。全都道府県に医科大学設置を推進3
1982閣議決定「医師については全体として過剰を招かないように配慮」。医学部定員削減開始(約8,280人→7,625人)3
1986歯科医師需給検討委員会が「新規参入の20%削減」を提言。歯学部定員削減開始4
2004国立大学法人化。附属病院運営費交付金の大幅削減が始まる8
2004新医師臨床研修制度(マッチング制度)開始。都市部への医師集中が加速7
2008〜医師不足対策として医学部定員を増員(7,625人→9,376人へ)2
2020厚労省が医師需給推計を公表。2029年頃から「過剰」と試算2
2024「医師の働き方改革」施行。時間外労働の上限規制(年960時間)が導入2
2025「骨太の方針2025」で医学部定員の漸減方針が明記2
2025/12「医療法等の一部を改正する法律(令和7年法律第87号)」公布。医師偏在是正の総合対策が法定化2
2026/4/17厚労省・偏在対策検討会で2028年度医学部臨時定員を「削減」する方針が資料として示される2
2026/4/23財政制度分科会が「医学部定員の大胆な削減」を提言1

財政審はこの場で、歯科医師・薬剤師についても「すでに関連学部の定員が多すぎる」と指摘し、さらなる削減を求めました1。つまり、医師・歯科医師・薬剤師の三職種すべてが「定員圧縮」のターゲットになっているのです。

2. 先行事例①:歯科医師定員削減が生んだ悪循環——「過剰」対策が「崩壊」を呼ぶ構造

歯科は医科よりも先に「過剰問題」に直面し、定員削減を行ってきた分野です。その軌跡は、今後の医学部にとって非常に重要な反面教師となります。

1986年、厚生省の歯科医師需給に関する検討委員会は「新規参入を20%削減すべき」と提言しました4。これを受けて全国の歯学部定員は削減され、ピーク時(1985年度)の3,380人から、令和7年度には2,485人へと約26.5%減少しています4

しかし、定員を削ったにもかかわらず、現在の歯科界は深刻な構造問題を抱えています。

  • 私立歯学部を中心に定員割れが常態化
  • 入試難易度の低下により、学生の学力分布が大きく変化
  • 国家試験合格率の低下と大学別格差の拡大
  • 若年人口減少と歯科医療需要の頭打ちにより、都市集中と地方の「無歯科医地区」増加が並行して進行

東京歯科大学の分析でも、歯科医師数の地域偏在と新規参入の制御がうまく噛み合っていない実態が示されています4
「過剰だから減らす」という単純な発想は、教育・需給・地域偏在を同時にコントロールできず、結果として「志望者減少→定員割れ→教育基盤の弱体化」という悪循環を生んでしまいました。

財政審が今回、歯科や薬学を「まだ多い」と評してさらなる削減を求めたこと1は、すでに傷んでいる教育・診療・研究基盤に追加のダメージを与える可能性があります。

3. 先行事例②:薬学部6年制と定員抑制——研究力崩壊の実証例

薬学部は、2006年の6年制移行とそれに続く定員抑制により、「研究力低下」の典型例となりました。

薬剤師の供給過剰が懸念されるなか、厚労省は「このままの定員を維持すると2045年には約10万人の薬剤師過剰になる」と試算しています2。これを受けて文部科学省は、6年制薬学部の新設・定員増を原則禁止する方針を打ち出し2、その後、複数の私大薬学部で募集停止が相次ぎました5

一方で、医学教育の質保証に関する調査研究協力者会議に提出された豊田長康教授の分析は、日本の薬学研究力が6年制導入後に大きく後退したことを示しています8。Top10%論文率でみた薬学分野の国際順位は49カ国中47位まで低下し、「開発途上国レベル」と評される状況です8

原因として、6年制の導入により研究者コースへの進学が減少し、大学院生・博士課程進学者が減り、FTE(フルタイム換算)研究従事者数が減少したことが挙げられています8

薬学部で実際に起きたことは、定員削減・新設抑制が「研究者の母数」を削り、その結果として研究力が崩壊しうることを実証しています。この構図は医学部にもそのまま当てはまり得ます。

4. 勤務医の「当直」という法的抜け穴——32時間連続勤務と2024年改革の限界

日本の病院医療は、勤務医の長時間労働に依存して成立してきました。その象徴が「当直(宿日直)」です。

病院は24時間体制で医師を配置する義務があり、医療法第16条と医師法に基づいて当直体制を維持してきました3。一方、労働基準法第41条第3号は「監視または断続的労働に従事する者で、行政官庁の許可を受けたもの」は労働時間規制の適用外としています3

この仕組みを用いた「宿日直許可」により、本来なら通常勤務レベルで働いている当直医が、「原則としてほとんど労働のない待機」とみなされ、労働時間や残業規制の対象外として扱われてきました。

現場では、

  • 朝から日勤(8〜17時)
  • そのまま病棟や救急で当直(17〜翌朝8時)
  • 明け方に終業せず、そのまま翌日も日勤

といった32時間以上連続勤務が、決して例外ではなく「普通の勤務形態」となってきました2

2024年4月に始まった「医師の働き方改革」では、時間外・休日労働の上限が年960時間(A水準)などと定められましたが2、宿日直許可がある当直分は依然として労働時間から外れうる枠組みが残っています。厚労省の検討会でも、宿日直の適正運用と実態との乖離が課題であると繰り返し指摘されています2

「医師の健康と患者安全を守る」という観点からは、「当直をなくし、すべてを夜勤として扱う」こと、つまり夜間労働も通常の労働時間としてカウントし、その分シフトを分けて人員を増やす方向性が必要です。しかし、それには現状よりも多くの医師数が必須であり、定員削減はこの目標と真逆の方向に働きます。

5. 地域偏在・診療科偏在——「余っている場所」と「足りない場所」の現実

財政審は「医師が余る」という前提に立っていますが、現場で起きているのは「地域によっては余り、別の地域では足りない」という偏在の問題です。

5-1. 都道府県レベルの地域偏在

厚労省が公表している最新の医師偏在指標(令和8年4月時点)によると、都道府県別の偏在は以下のようになっています2

  • 全国平均:266.8
  • 最高:東京都 358.6
  • 最低:青森県 194.4

単純に比較しても、東京都と青森県では指標が約1.8倍、医療資源の密度に大きな差があることがわかります2。二次医療圏単位で見ると格差はさらに拡大し、東京の中心部と過疎地域では、医師数や医療アクセスが数倍以上異なるケースもあります2

国は、医師偏在指標を用いて「医師多数県」「医師少数県」を分類し、臨時定員の配分や地域枠の設計に反映させていますが2、指標そのものが「相対値」であるため、「指標が改善したから足りている」とは限らないことが、厚労省自身の資料でも注意書きされています2

さらに、偏在は単に医師数だけでなく、75歳以上医師の比率や若手医師比率とも絡んでおり、地方では高齢医師に依存したギリギリの体制になっている地域も少なくありません2

5-2. 診療科偏在——絶対数が足りない科がある

「医師数全体」は増えていても、診療科別にみると絶対数が減っている領域があります。

厚労省の「医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、総医師数は2000年の約25.6万人から2022年の約34.3万人へと大幅に増加している一方で6、外科医師数は同期間に減少しています6。HOKUTOの分析では、2012〜2022年の10年間で美容外科の医師数が約2.8倍に増える一方、一般外科の医師は約2割減少したとされています6

また、産婦人科・小児科など、訴訟リスクが高く過酷な診療科では、若手医師の志望が減少傾向にあることが、複数の統計や学会データで指摘されています6
つまり、「医師の総数が多いか少ないか」ではなく、「どの地域の、どの診療科に、どれだけの医師が配置されているか」という分布こそが問題の核心です。

定員を削減しても、東京や人気診療科への集中が是正されない限り、地方や特定診療科の不足はむしろ深刻化する可能性があります。

6. 医療訴訟と「直美」問題——志望科がゆがむ二つの要因

医師がどの診療科を選ぶかは、単なる「好み」ではなく、訴訟リスクや働き方、収入などの要因に強く影響されています。その中でも近年注目されているのが、医療訴訟と「直美」問題です。

6-1. 医療訴訟と訴訟リスクの高い診療科

医事関係訴訟の年間新受件数は2000年代前半にピークを迎え、その後やや減少したものの、依然として年間700〜800件前後の水準で推移しています6。診療科別にみると件数そのものは内科が多いですが、医師1,000人あたりの訴訟件数でみると、外科・産婦人科・整形外科などが高リスク群に位置づけられます6

象徴的な事件として、2004年に起きた福島県立大野病院事件があります。帝王切開手術中に癒着胎盤で患者が死亡し、執刀医が業務上過失致死容疑で逮捕・起訴(後に無罪)されたこの事件は、産科医の間に「逮捕されるかもしれない」という深刻な萎縮をもたらしました5。事件後、産婦人科の閉鎖や分娩取り扱い中止が全国で相次ぎ、「お産難民」が社会問題化したことは記憶に新しいところです5

産科医療補償制度の導入により、訴訟件数そのものは一定程度落ち着いたものの、リスクの高さと負担の重さから、産婦人科や外科を敬遠する若手は依然として少なくありません6。こうした訴訟リスクは、診療科偏在の重要な背景要因になっています。

6-2. 「直美(ちょくび)」問題——公費で育てた医師が保険診療から離れる

「直美(ちょくび)」とは、「初期臨床研修を終えた直後に、内科や外科などの一般保険診療科を経ず、いきなり美容医療に進む医師」を指す俗称です。2025年には国会でもこの問題が取り上げられ、若手医師が美容医療へ直接進むことの是非が議論されました6

医学部の教育には、国公立大学であれば1人あたり約1億円規模の公的資金が投じられているとされ3、その医師が保険診療に従事せず、美容医療のみを行う場合、「社会的投資が回収されないのではないか」という懸念が示されています3

直美が増える背景には、次のような構造があります。

  • 保険診療科よりも高収入が期待できる(美容外科の高額年俸求人など)6
  • 夜間・休日の救急対応や当直が少なく、ライフワークバランスが取りやすい
  • 医師免許さえあれば、美容外科・美容皮膚科を標榜すること自体に法的な専門資格要件がない

定員を削減して医師の絶対数を減らしても、一定数の若手が直美として美容医療に流れ続けるなら、地方の内科・外科・救急・産科・小児科の不足はむしろ悪化します。「直美をどう評価するか」は価値判断の問題ですが、「直美が一定比率で存在する」という前提を置けば、定員削減は残りの保険診療の担い手をさらに減らす効果を持ちます。

7. 大学病院の三本柱——教育・診療・研究の機能を潰すとどうなるか

医療系大学と大学病院は、教育機関・診療機関・研究機関という三本柱を同時に担っています。文部科学省の資料によると、特定機能病院の約9割が大学病院であり、高度急性期医療・がん医療・臓器移植・高度救命救急などの中核的役割を果たしています8

大学病院の主な機能は次の3つです。

  1. 教育:医師・歯科医師・薬剤師・看護職などの基礎・臨床教育
  2. 診療:高度急性期医療・高度先進医療・地域中核病院としての一般診療
  3. 研究:基礎医学・臨床医学・トランスレーショナルリサーチ・治験など

国立大学病院42病院だけで、常勤医師約4万3千人を全国の医療機関に派遣しているとされ8、地方の中小病院や診療所の医師確保は大学医局に強く依存しています。大学が統廃合・廃校となれば、その地域への医師供給パイプが断たれ、地域医療は一気に崩れます。

また、研究面では、大学病院が医学研究の中心であり、基礎から臨床への橋渡し(トランスレーショナルリサーチ)や新薬・新技術開発の起点となっています8。大学の縮小は単に学生数の減少にとどまらず、「後継の研究者が育たない」「臨床研究が行えない」という形で、長期的な国力低下を招きます。

8. 研究力低下という「静かな国力崩壊」のエビデンス

8-1. 日本の医学研究力の現状:既に危機的水準

文部科学省が公表した資料と、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の「科学技術指標2023」によると、日本の医学・生命科学研究力の国際順位はこの20年で大きく低下しています89

豊田長康教授の分析では、Top10%論文数や論文被引用数を指標とした場合、以下のような状況が示されています8

  • 基礎生命科学(全分野):1999〜2001年は4位 → 最新では13位
  • 臨床医学(人口当たりTop10%論文数):先進国の中で最低水準
  • 基礎医学(Top10%論文率):47カ国中40位
  • 薬学(Top10%論文率):49カ国中47位

NISTEPの科学技術指標でも、Top10%補正論文数の国別順位で日本は13位と過去最低を記録しており、人口当たりのTop10%論文数では開発途上国と同水準とされています9

8-2. 診療負担が研究力を削る——大学病院の実態

文科省のヒアリング調査によると、大学病院に所属する若手教員(助教クラス)の業務時間の内訳は、診療約70%、研究約20%、教育約10%とされており、他分野の大学教員と比べて研究時間が極端に少ないことが指摘されています8

さらに、

  • 助教の約15%は「研究時間ゼロ」
  • 助教の約半数は「週5時間以下の研究時間」
  • 大学教員全体の研究時間は2002年の47%から2018年には33%へ低下

といったデータも示されました8。これは、診療需要が増え続ける中で、大学病院の医師が臨床と教育に追われ、研究に割く時間を失っていることを意味します。

2024年からの医師の働き方改革により、時間外労働の上限が設けられたことで、同じ人数で診療と教育を維持しようとすると、真っ先に削られやすいのが「研究時間」です2

8-3. 台湾の「大学縮小政策」という反面教師とFTE研究者の重要性

豊田教授の分析は、台湾で2013年以降に実施された大学縮小政策を「差の差分法(DiD)」で検証しています8。学生数・院生数の減少を受けて政府が大学削減に踏み切ったところ、FTE研究従事者数が減少し、それにほぼ同期してTop10%論文数が減少したことが示されました8。後に研究費を増額し、FTE研究従事者数が回復すると、研究指標も一定程度回復したと報告されています8

豊田教授は、人口当たりFTE研究従事者数とTop10%論文数の関係を分析し、相関係数が非常に高い(決定係数R²が0.75以上)ことを示しています8。さらに、FTE研究従事者数が研究成果(質×量)を「1.7〜2乗で増幅する乗数効果」を持つことも報告しています8

つまり、研究者数を一定割合減らすと、研究力はそれ以上の割合で指数関数的に低下します。医学部定員削減は、長期的には医学研究者の母数(博士課程進学者・ポストドクター・臨床研究医)を減らすことにつながり、10〜20年後の研究力低下をほぼ確実に招く政策です。

9. 「選択と集中」政策と大学縮小の構造的矛盾

9-1. 地方の中小規模大学が持つ独自の研究価値

文部科学省の「大学病院を取り巻く現状と課題」は、科研費の採択状況などを用いて、地方の中小規模大学の研究力を定量的に示しています8

具体例として、

  • 血液・腫瘍内科:熊本大学が全国1位(科研費採択件数)
  • 感染症内科:長崎大学が全国2位
  • 麻酔科学:群馬大学が全国1位、札幌医科大学が4位

など、決して「規模の大きな旧帝大」だけが研究を牽引しているわけではないことが分かります8

財政効率だけを重視して「定員が少ない地方大学だから統廃合する」といった政策を進めると、このようなニッチ領域の研究拠点が失われ、日本全体の研究多様性とレジリエンスが低下します。

9-2. 国立大学法人化以降の「基盤的研究費削減」との連続性

2004年の国立大学法人化以降、運営費交付金の削減と附属病院運営費交付金の廃止により、大学・大学病院は診療収入に依存せざるを得ない構造になりました8。その結果、診療偏重・研究時間の削減が加速し、先ほどみたような研究力低下につながっています。

今回の定員削減論は、この流れの延長線上にあります。「大学をスリム化して効率化する」という名目で、基盤的研究費と研究者数(FTE)をさらに削ると、研究力低下が確実に進行します。カナダやスペインなど他国の事例でも、大学研究費の削減→FTE研究者数減少→国際的研究順位の低下というパターンが確認されており8、日本も同じ轍を踏むリスクがあります。

10. 国が考えている偏在対策——その内容と限界

国は、「医師偏在を是正しつつ、医学部定員を適正化する」という方針を掲げています。主な対策は以下の通りです278

現在の主な偏在対策

  • 医師偏在指標に基づく「医師多数県」「医師少数県」の区分と、臨時定員の配分調整
  • 地域枠・地元枠の拡充(令和7年度には医学部定員の約19.9%が地域枠等)2
  • 臨床研修医の募集定員の地域別上限(シーリング)7
  • 専攻医(専門研修医)の診療科別・地域別上限設定7
  • 医師少数区域での勤務経験を求める管理者要件の拡大2
  • 重点医師偏在対策支援区域の設定と、診療所承継・開業支援、代替医師確保支援などの財政支援2
  • 大学病院機能強化推進事業・恒久定員内地域枠促進事業など、大学と都道府県の連携強化策8

これらは「偏在対策」として一定の意味はありますが、限界も明らかです。

限界のポイント

  • 地域枠を設けても、義務年限終了後に都市部へ転出する医師は少なくない
  • シーリングは「募集枠の誘導」にすぎず、個々の医師の自由選択を根本的に制限するものではない
  • 直美のように、美容医療・自由診療へ流れる医師に対する歯止めがない
  • 外科・産科・小児科など、訴訟リスクと負担が高い診療科への直接的なインセンティブ(診療報酬の抜本的見直し等)は不十分
  • 医師の働き方改革による時間外労働の上限と、医師数の増加がセットになっていないため、「人を増やさず、残業だけ減らす」構図になりやすい

偏在対策パッケージや法改正は「方向性」としては正しい部分もありますが、「母数が足りない状態での配分調整」にとどまっているため、抜本的解決には力不足です。

11. 考察:母数を確保しなければ、抜本的解決はない

ここまで見てきたように、

  • 歯科は定員削減で「過剰」を解消しようとして、志望者減少・定員割れ・教育基盤の弱体化という悪循環に陥った4
  • 薬学は6年制と定員抑制により、研究者の母数(FTE)を減らし、国際的研究力の大幅な低下を招いた8
  • 医学は、偏在・訴訟リスク・直美問題・長時間労働という複雑な要因が絡み合い、「足りないところには今も足りていない」状態にある2,6

という現実があります。

財政審の「医学部定員削減」提言は、医師需給のマクロな数字だけに着目し、地域偏在・診療科偏在・働き方・研究力といった複雑な要素を十分に織り込んでいません1

本来目指すべき方向

  • 医師の「総数」を維持・適度に増やしつつ、
  • 訴訟リスクの高い診療科(外科・産科・小児科など)への診療報酬・勤務環境・法的保護の強化
  • 直美については、一定年数の保険診療経験や専門医資格を要件とするなど、入口規制と教育体制の整備
  • 地方勤務医への生活支援(住宅・教育・キャリア形成支援)
  • 大学病院の研究時間を確保するための基盤的研究費の回復と診療報酬の適正化

といった「環境整備」によって、偏在と志望科のゆがみを正面から是正していく必要があります。

医学・歯学・薬学の人材は、単なる「医療費の支出要因」ではなく、新薬・新規医療技術・イノベーション・産業創出の源泉であり、また傷病者を減らすことは労働人口の増加に繋がるため、長期的には国力そのものです8,9。短期的な財政均衡のために定員を削ることは、将来の研究力・産業競争力・国民の健康を同時に削る行為になりかねません。

「ホワイトな医療」「安全な医療」「持続可能な医療」を実現するためには、むしろ医師・歯科医師・薬剤師の母数を確保しつつ、偏在と働き方の歪みを正面から是正することが求められているのではないでしょうか。

参考文献

  1. 財政制度等審議会 財政制度分科会 資料「令和8年4月23日 財政制度分科会 審議資料(医療・介護・社会保障等)」(2026)
    https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/20260423zaiseia.html
  2. 厚生労働省「医師の確保・偏在対策における医学部臨時定員の方針について(第14回 医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会 資料1)」(2026)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001692148.pdf
  3. 厚生労働省「我が国の保健医療をめぐるこれまでの軌跡」厚生労働白書 (2007)
    https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/07/dl/0101.pdf
  4. 東京歯科大学紀要「わが国の歯科医師供給政策と歯科医師の地理的分布」(2011)
    https://ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/2651/1/111_549.pdf
  5. 福島県立大野病院事件 – Wikipedia (2007)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/福島県立大野病院事件
  6. 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」(最新版:令和6年)
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/24/dl/R06_1gaikyo.pdf
  7. 日本医師会総合政策研究機構「医師養成数増加後の医師数の変化について(JMARI レポート)」(2022)
    https://www.jmari.med.or.jp/wp-content/uploads/2022/05/RR126.pdf
  8. 文部科学省「医学教育の質保証に関する調査研究協力者会議 中間取りまとめ(豊田長康資料を含む)」(2024)
    https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/120/toushin/1421944_00006.htm
  9. NISTEP(科学技術・学術政策研究所)「科学技術指標2023」(2023)
    https://www.nistep.go.jp/archives/55108
  10. 文部科学省「大学病院を取り巻く現状と課題」(2023)
    https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/120/toushin/1421944_00003.htm

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