歯が抜けると、脳まで萎縮して認知症になる?日本の研究が示した”噛めない老後”リスク
歯が減ると脳が縮む? 日本人高齢者のMRI研究が示した”歯・食事・脳”の連鎖を、歯科医がわかりやすく解説。入れ歯・インプラントの効果、オーラルフレイルの早期サインと今日から始められる認知症予防も紹介。
はじめに
「歯は健康のバロメーター」とよく言われますが、近年の研究は、歯の喪失が口の中だけの問題ではないことを明確に示し始めています。歯が減ると、食べられるものが変わり、食事の質が落ち、そして脳にまで変化が起きる——。2024年に日本国内のコホートデータをもとにした研究でこのことが報告され、国内外の医療関係者のあいだで注目を集めました。
「認知症なんて、まだ先の話」と思っている方にこそ読んでほしい内容です。なぜなら、脳の変化は「認知症と診断される何年も前」から静かに始まっているからです。
目次
- 歯が「10本未満」になると脳に何が起きる? 日本人高齢者のMRI研究
- なぜ歯を失うと食生活が変わるのか?
- 「かめない食事」が引き起こす栄養の偏り
- 噛む→脳が動く:咀嚼と認知機能の深いつながり
- 数字で見る「歯と認知症リスク」の関係
- 「オーラルフレイル」とは? 歯の喪失より前に始まる警戒サイン
- 歯を失った後でも間に合う? 入れ歯・インプラントと認知機能
- 今日からできること:認知症予防としての口腔ケア
- まとめ
1. 歯が「10本未満」になると脳に何が起きる? 日本人高齢者のMRI研究
2024年、npj Aging(Nature系列誌)に日本の研究チームが発表した注目の論文があります。石川県七尾市の中島地区に住む60歳以上の住民2,454人(地域の92.9%をカバー)を対象に、歯の検査・食事調査・MRI(脳のスキャン)・認知機能テストを組み合わせて分析したコホート研究です<sup>1</sup>。
その結果、認知機能が正常な人でも、自分の歯が10本未満の場合、24本以上ある人と比べて、「海馬傍回(かいばぼうかい)」という脳の部位の体積が有意に小さく、白質病変(WMH)も多かったことが明らかになりました<sup>1</sup>。
海馬傍回と白質病変(WMH)は、どちらも認知症が進んだ人に典型的に見られる脳の変化です。つまり、認知機能はまだ正常なのに、脳の構造はすでに「認知症の入り口」に近い状態になっていたわけです<sup>1</sup>。
注目すべきポイントは2つあります。
- 歯が10〜23本のグループ(平均17.9本)には、有意な脳萎縮は見られなかった
- 歯が10本未満のグループの大部分は、すでに入れ歯を使用していたが、入れ歯を使っていても脳容積の差は変わらなかった
「歯が10本を下回ったとき」が脳への影響の分岐点になる可能性を、この研究は示しています。
2. なぜ歯を失うと食生活が変わるのか?
歯が減ると、まず「噛む力」が落ちます。硬い食べ物が食べにくくなり、口に入れやすい食品を選ぶようになります。これは意識的な選択というより、体が自然に「噛めるもの」だけを選ぶように変化していくプロセスです。
七尾市の研究では、歯が10本未満の人の食品パターンを詳細に分析しています<sup>1</sup>。その結果、歯が少ない人では食べる量が減った食品として、次のようなものが挙げられました。
- 野菜(β-カロテンを多く含むものも、そうでないものも)
- 果物
- 豆腐・納豆などの大豆食品
- きのこ類
- 海藻
- 緑茶
- いも類
これらはすべて、「ある程度の咀嚼力が必要な食品」という共通点があります。野菜を噛み切る、果物をしっかり食べる、豆腐を口の中でつぶす——どれも、歯が十分にないと難しくなります。
3. 「かめない食事」が引き起こす栄養の偏り
食べる食品が変わると、体に入る栄養素も変わります。
同研究で、歯が10本未満の人は24本以上の人と比べて、以下の栄養素の摂取量が統計的に有意に少なかったことが示されています<sup>1</sup>。
- 食物繊維(腸内環境・心血管リスクに関わる)
- 鉄・銅・マンガン(神経系・認知機能に関わるミネラル)
- ビタミンK・ビタミンC(抗酸化・神経保護に関わるビタミン)
一方、歯が少ない人は植物性食品が少なく、加工食品・脂質の多い食品の割合が増え、全体のエネルギーは変わらないか、むしろ増えていることも分かりました<sup>1</sup>。「噛まなくても食べられる=柔らかい高カロリー食」が中心になるのです。
この食事パターンの変化が、炎症や酸化ストレスを介して脳に悪影響を与える——それが研究チームの提唱する「歯の喪失→食事の変化→脳の変化」という連鎖の仮説です。
4. 噛む→脳が動く:咀嚼と認知機能の深いつながり
食事の変化だけが問題ではありません。「噛む」という行為そのものが、脳を活性化する重要な刺激だと考えられています。
歯根を支える「歯根膜(しこんまく)」は、噛むたびに三叉神経(さんさしんけい)を通じて脳に信号を送っています<sup>1</sup>。この「咀嚼→脳へのセンサー刺激」は、歯が健在なときにのみ生じる刺激です。入れ歯やインプラントには歯根膜がないため、たとえ噛めるようになっても、天然歯と同じ神経刺激は得られにくいとされています<sup>1</sup>。
動物実験では、奥歯を失ったマウスで海馬の神経栄養因子(BDNF)が低下し、空間記憶も悪化することが示されています<sup>1</sup>。人間においても、2025年の系統的レビューで「咀嚼機能と認知機能には双方向の関係がある」ことが整理されており、よく噛むことが脳の血流や酸素供給を高めることも複数の研究が示しています<sup>2</sup>。
5. 数字で見る「歯と認知症リスク」の関係
個別の研究だけでなく、複数の論文をまとめたメタアナリシスでも、歯の喪失と認知症・認知機能低下の関係は繰り返し示されています。
東北大学×JAGES(2024年)の大規模研究
65歳以上の高齢者 約37,556人を9年間追跡したこの研究では、口腔状態と認知機能が相互に影響し合う部分を厳密に除外したうえで分析した結果、以下の結果が出ています<sup>3</sup>。
- 歯が19本以下の人:認知症のリスクが 1.12倍
- 歯が0本の人:認知症のリスクが 1.20倍
- 咀嚼困難のある人:認知症のリスクが 1.11倍
- 口腔乾燥のある人:認知症のリスクが 1.10倍
21研究・34,074人のメタアナリシス(2023年)
歯が少ない人は、そうでない人に比べて、認知機能低下のリスクが 1.20倍、認知症のリスクが 1.15倍 高いことが示されました<sup>4</sup>。さらに、歯が1本失われるごとに認知機能障害のリスクが1.4%、認知症のリスクが1.1%ずつ上がる傾向も確認されています。
2026年のメタアナリシス(35,744,989人・縦断研究21件)
これまでで最も大規模なこのメタアナリシスでは、歯の喪失が認知症のリスクを 1.26倍(95%CI: 1.07–1.49)、軽度認知障害(MCI)のリスクを 1.40倍(95%CI: 1.14–1.71)高めることが示されました<sup>5</sup>。
6. 「オーラルフレイル」とは? 歯の喪失より前に始まる警戒サイン
「フレイル」とは高齢者の身体的な虚弱を指す言葉ですが、それに口腔機能の低下を加えた概念が「オーラルフレイル」です。日本老年医学会・日本老年歯科医学会・日本サルコペニア・フレイル学会が2024年に共同でコンセンサスステートメントを発表しています<sup>6</sup>。
オーラルフレイルの定義(以下の5項目のうち2つ以上に当てはまると「オーラルフレイル」)
- 歯が少ない
- 噛みにくい
- 飲み込みにくい
- 口が乾く
- 滑舌が低下している
地域在住の高齢者の約40%がオーラルフレイルに該当するとされています<sup>6</sup>。
2026年に発表された日本(柏市)での12年間の追跡研究では、オーラルフレイルが認知機能低下のリスクを高めることが示されており、特にベースライン(開始時点)でのオーラルフレイルが、その後の軽度認知障害(MCI)の発症と有意に関連していました<sup>7</sup>。
「まだ歯を失っていないから大丈夫」ではなく、「噛みにくい・飲み込みにくい・口が乾く」といった段階から対策が必要だ、というのが最新医学の考え方です。
7. 歯を失った後でも間に合う? 入れ歯・インプラントと認知機能
「もう歯を失ってしまった。もう手遅れなのか?」と心配された方も多いかもしれません。ここには、少し希望の持てる研究結果があります。
入れ歯(義歯)の効果
2025年に Journal of Prosthodontic Research で発表された24,252人を対象としたメタアナリシスでは、歯を失っても入れ歯を使っている人は、入れ歯を使っていない人と比べて認知機能障害のリスクが大幅に低いことが示されました<sup>8</sup>。
- 歯を失い、入れ歯を使っていない人:認知機能障害のリスクが 1.27倍
- 歯を失い、入れ歯を使っている人:認知機能障害のリスクは 1.01倍(有意差なし)
入れ歯を使うことで、リスクの上昇がほぼゼロに抑えられたのです。さらに、歯が1本失われるごとの認知機能障害リスク上昇も、入れ歯ありの人では入れ歯なしの人の約3分の1に抑えられていました<sup>8</sup>。
入れ歯は、咀嚼機能を回復させることで栄養摂取が改善したり、「食べる楽しみ」や社会参加が維持されたりすることが、認知機能保護につながると考えられています<sup>9</sup>。
ただし、七尾市研究では入れ歯の使用は脳容積の差を補えていなかったことも忘れないでください<sup>1</sup>。これは「入れ歯があれば安心」ではなく、**「入れ歯はあったほうがよいが、そもそも歯をできるだけ残すことが最善」**というメッセージです。
インプラントの可能性
インプラントは天然歯に近い咀嚼感と刺激を歯根膜なしに再現できる技術です。限られた小規模研究では、インプラント過義歯が3年間の認知機能維持に寄与する可能性が示されています<sup>10</sup>。ただしインプラントと認知機能に関する大規模エビデンスはまだ蓄積途上であり、今後の研究に期待されます。
8. 今日からできること:認知症予防としての口腔ケア
「歯の健康を守ることが、脳の健康を守ること」と言っても、難しいことをする必要はありません。今日から実践できる具体的な行動を挙げます。
セルフケアの基本
- 毎食後の歯磨き(特に就寝前は必須)
- デンタルフロス・歯間ブラシを習慣にする(歯と歯の間は歯ブラシだけでは磨けない)
- 喫煙は歯周病・歯の喪失の最大リスク要因のひとつ——禁煙を
食事から始める脳と歯の健康
- 野菜・果物・豆類・海藻など、「少し噛み応えのある食品」を意識して摂る
- 加工食品・柔らかいスナック菓子だけに偏らない
- 水をこまめに飲む(口腔乾燥対策)
歯科受診の習慣化
- 痛くなくても半年〜1年に1回は歯科健診を受ける
- 「噛みにくいな」と感じたら、オーラルフレイルの始まりかもしれない——歯科医に相談
- 歯を失ったら、放置せず補綴治療(入れ歯・インプラントなど)を早期に受ける
咀嚼を「脳トレ」と捉える
ガムを噛む・よく噛んで食べる・話す・笑う——これらはすべて口まわりの筋肉と神経を動かし、脳への刺激になります。「ながら食べ」をやめ、食事をゆっくりよく噛んで楽しむことも、認知症予防の一歩です。
9. まとめ
歯と脳の関係は、「歯を失うと噛めなくなる」という直接の影響にとどまらず、食事内容の変化、栄養素の偏り、脳への感覚刺激の低下という複合的なメカニズムを通じて、認知症リスクの上昇につながることが示されています。
日本人高齢者の大規模コホート研究は、自分の歯が10本を下回ると、認知機能が正常であっても脳に変化が起き始める可能性があるという衝撃的な事実を明らかにしました。
しかし、この関係は一方通行ではありません。入れ歯などの補綴治療によって認知症リスクが大幅に抑えられることも示されています。つまり、「もう遅い」ということはなく、むしろ**「今からでも十分に意味がある」**のです。
歯科健診は、「歯を守るための受診」であると同時に、「脳を守るための予防投資」でもあります。あなたの口腔ケアを、今日から見直してみませんか。
船橋市で歯周病や歯が抜けて噛みにくいなどでお困りでしたらぜひ一度、かわせみデンタルクリニックまでご相談ください。
参考文献
- Brain atrophy in normal older adult links tooth loss and diet changes to future cognitive decline (2024)
歯の喪失と食事変化が将来の認知機能低下と関連した脳萎縮を引き起こす:認知機能が正常な高齢者での検討
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10960014/ - The relationships between mastication and cognitive function (2023)
咀嚼と認知機能の関係
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10630119/ - 歯の喪失・咀嚼困難・口腔乾燥があると認知症のリスクが10〜20%高くなる(2024)
https://www.jages.net/library/pressrelease/?action=cabinet_action_main_download&block_id=5028&room_id=549&cabinet_id=304&file_id=7003&upload_id=9523 - Tooth loss and the risk of cognitive decline and dementia: A meta-analysis of cohort studies (2023)
歯の喪失と認知機能低下・認知症リスクのメタアナリシス
https://www.frontiersin.org/journals/neurology/articles/10.3389/fneur.2023.1103052/full - Dentition-Cognition Relationship in Aging Populations: A Meta-Analysis of Longitudinal Data (2026)
高齢者における歯列と認知の関係:縦断データのメタアナリシス
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/joor.70149 - Consensus statement on “Oral frailty” from the Japan Geriatrics Society, the Japanese Society of Gerodontology, and the Japanese Association on Sarcopenia and Frailty (2024)
日本老年医学会・日本老年歯科医学会・日本サルコペニア・フレイル学会によるオーラルフレイルのコンセンサスステートメント
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11843523/ - Oral frailty and the trajectories of psychological well-being and cognitive function: findings from the 12-year community-based Kashiwa study (2026)
オーラルフレイルと精神的健康・認知機能の軌跡:柏スタディ12年間の知見
https://academic.oup.com/biomedgerontology/advance-article/doi/10.1093/gerona/glag006/8425598 - Association between denture restoration for tooth loss and cognitive impairment: A systematic review and meta-analysis (2025)
歯の喪失に対する義歯補綴と認知機能障害の関連:系統的レビューとメタアナリシス
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpr/69/3/69_JPR_D_24_00060/_article/-char/ja/ - New Research Finds That Dentures May Protect Cognitive Health (2025)
義歯が認知機能の健康を守る可能性:新研究の概要
https://decisionsindentistry.com/2025/01/new-research-finds-that-dentures-may-protect-cognitive-health/ - Short-term data suggests cognitive benefits in the elderly with single-implant overdentures (2024)
1本インプラント支持過義歯を装着した高齢者の認知機能の向上を示す短期データ
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11213698/
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