歯科医院の環境負荷はどこで増える?歯科医療全体・歯科医院レベルのLCAを解説
歯科医院の環境負荷は、電気や水だけでなく、患者さんやスタッフの移動、調達、廃棄物まで含めて考える必要があります。歯科医療全体・歯科医院レベルのLCA研究をもとに、何が大きな負荷源なのか、なぜ予防や通院設計が重要なのかをわかりやすく解説します。
目次
- 1. はじめに
- 2. LCAとは何か
- 3. 歯科医院レベルのLCA研究でわかってきたこと
- 4. 歯科医療全体では何が大きな負荷源なのか
- 5. 歯科診療1回ごとのLCAでは何が見えるのか
- 6. 歯科医院で考えられている対策
- 7. 患者さんにとっての意味
1. はじめに
歯科医療というと、まず思い浮かぶのは「歯を治す」「痛みを取る」「歯を守る」といった役割かもしれません。しかし近年は、医療の質だけでなく、その医療がどのくらいの資源やエネルギーを使い、どのような環境負荷を生んでいるかにも関心が集まっています。歯科医院も例外ではなく、診療室で使う機器や材料だけでなく、患者さんやスタッフの移動、電気や水の使用、廃棄物の処理、さらに材料の調達まで含めて評価する研究が進んできました。1
こうした評価に使われる代表的な手法が、LCA(ライフサイクルアセスメント)です。歯科分野ではまだ新しいテーマですが、すでに歯科医院全体の環境フットプリントや、歯科診査1回あたりの負荷、調達・水・廃棄物の影響などを定量化した論文が報告されています。2,3,4
2. LCAとは何か
LCAは、Life Cycle Assessmentの略で、日本語では一般に「ライフサイクルアセスメント」と呼ばれます。これは、ある製品やサービスについて、原材料の調達、製造、輸送、使用、廃棄といった一連の流れ全体を通して、どれだけ環境負荷が生じるかを評価する方法です。歯科医療に当てはめると、診療行為そのものだけでなく、使用する材料、電力やガス、水、滅菌、廃棄物処理、患者さんやスタッフの移動まで含めて考える必要があります。1,5
この考え方が重要なのは、見た目には小さな行為でも、回数が多かったり、周辺に多くの資源消費が伴ったりすると、全体として大きな影響になることがあるからです。たとえば歯科診査1回そのものの負荷は比較的低くても、年間の実施回数が非常に多ければ、歯科医療全体の中では大きな割合を占めることがあります。3,5
3. 歯科医院レベルのLCA研究でわかってきたこと
2024年のBritish Dental Journal論文「What is the environmental footprint of a dental practice?」では、年間220日稼働するフルタイムの歯科医院を想定し、歯科医院全体の環境フットプリントが分析されました。この研究では、EcoinventデータベースとOpenLCAが用いられ、診療所の運営に関わる多様な要素が評価対象とされています。3
この論文で重要なのは、歯科医院の環境負荷が、診療室の中だけで完結していないことを示した点です。患者さんの通院、スタッフの通勤、診療材料や備品の調達、エネルギー使用、廃棄物処理、水使用などが積み重なって、歯科医院全体の環境負荷が形成されます。つまり、歯科医院の環境負荷を減らすには、「省エネ機器を入れる」だけでは足りず、通院設計や調達のあり方まで含めた視点が必要です。3,4,5
さらに2024年の別のBritish Dental Journal論文では、歯科医院における調達、廃棄物、水使用に着目したLCAが行われています。この研究では、診療所内で実行可能な複数の対策が比較され、上水ではなく雨水タンクを使うことにより、患者1人あたり約30 g CO2eq、約90%の削減が可能と報告されました。こうした結果は、環境配慮が理念にとどまらず、具体的な設備や運営改善として検討できる段階に入っていることを示しています。4
ただし、各歯科医院に上水ではなく雨水タンクを使った場合のその雨水タンクの製造・搬送・設置コスト、ポンプを稼働させるためのエネルギーを考えた場合にどの程度エコであるかは考慮する必要があります。この点については福井工業大学教授で日本雨水資源化システム学会の理事をされている笠井先生が出演された「エコは本当に素晴らしいのか? – YouTube」7の解説が分かりやすいです。
4. 歯科医療全体では何が大きな負荷源なのか
歯科医院1件ではなく、歯科医療全体を俯瞰したデータでも、同じような傾向がみられます。2023年のアイルランド・英国系ガイドラインでは、イングランドの歯科サービスにおける炭素排出の内訳として、スタッフの通勤・業務移動が33.4%、患者移動が31.1%、調達が19.0%、電気・ガスが15.3%、亜酸化窒素(笑気)が0.9%、廃棄物が0.2%、水が0.1%と整理されています。移動関連だけで全体の64.5%を占める点は、非常に大きな特徴です。6
同ガイドラインでは、歯科診査が歯科サービス全体の炭素排出で27.1%を占め、次いでスケーリングや研磨が13.4%、アマルガム充填とコンポジット充填がそれぞれ9.7%とされています。ただし、これは「1回あたりの処置が最も重い」という意味ではなく、診査の件数が非常に多いため、総量として大きな割合になるという解釈が必要です。6
2021年のスコーピングレビューでも、持続可能な歯科医療の実装を妨げる主な要因として、患者・スタッフ移動による炭素排出、使い捨てプラスチックを含む医療廃棄物、調達のあり方、教育不足などが挙げられています。つまり、歯科医療の環境負荷は「診療器具の選択」だけでなく、医療システム全体の設計に関わる問題です。1
5. 歯科診療1回ごとのLCAでは何が見えるのか
歯科診療全体の話だけではなく、1回の歯科診査を対象にしたLCA研究もあります。2021年の「The life cycle analysis of a dental examination」では、仮想的な歯科医院における診査1回の環境負荷が分析されました。この研究は、歯科診査単独では相対的に低い負荷であっても、年間に繰り返される回数を考えると、無視できない影響になることを示しています。5
この視点は、予防歯科や定期管理をどう考えるかにも関わります。単純に「受診回数を減らせばよい」ということではなく、必要な予防や早期介入によって大きな治療を防げれば、長い目でみて資源消費や負荷を抑えられる可能性があります。現時点では処置別の厳密な比較データがまだ十分とはいえない部分もあり、この点は今後の研究課題です。未確認の部分が残ることは明記しておく必要があります。1,4,5
6. 歯科医院で考えられている対策
現在の文献やガイドラインでは、歯科医院での対策は大きく7つの領域に整理されています。具体的には、移動、調達、廃棄物管理、エネルギー効率、教育、生物多様性、そして予防中心の診療です。これらは単独ではなく、互いに関連しながら歯科医院全体の環境負荷に影響します。1,5
たとえば移動対策としては、複数の処置を1回の受診でまとめる、必要に応じて遠隔対応を活用する、地域の歯科医療連携を改善するなどが提案されています。調達では、在庫管理を見直して期限切れ廃棄を減らすこと、持続可能性に関する方針を持つ供給業者を選ぶこと、デジタル化によって薬液や紙の使用を減らすことなどが挙げられます。廃棄物では、適切な分別、リサイクル、単回使用プラスチックの削減、水では漏水防止や節水設備の導入などが推奨されています。4,5
特に注目されているのが「予防」です。2023年のガイドラインでは、地域のフッ化物応用や患者ごとの予防ケアを充実させることが、結果として処置量を減らし、環境面でも有利に働く可能性があると位置づけられています。予防は患者さんの口腔の健康を守るだけでなく、将来的な医療資源の使用を減らすという意味でも重要です。6
7. 患者さんにとっての意味
歯科医院のLCAというと、患者さんには少し遠い話に感じられるかもしれません。しかし実際には、必要なときに適切に受診し、重症化を防ぎ、無駄な再治療を減らすことは、患者さん自身の利益と環境面の両方につながる可能性があります。とくに移動の影響が大きいことを考えると、予約の取り方、通院回数、地域で完結できる治療体制などは、患者さんにとっても身近な問題です。3,5
また、予防とメインテナンスを継続することは「大きな治療が必要になる前に食い止める」考え方です。歯科医療の環境負荷を考えるときも、結局は日々のセルフケアと定期的な受診が土台になります。今後は、日本の診療体制や地域特性に合わせたLCA研究も必要ですが、現時点でも歯科医院の環境負荷を考える視点として、移動、調達、エネルギー、廃棄物、そして予防が重要であることはかなり明確になっています。1,3,4,5
歯科医院への通院頻度や治療の繰り返しが気になる方は、まずは現在のお口の状態を把握し、予防中心の管理につなげることが大切です。かわせみデンタルクリニックでは、むし歯や歯周病の治療だけでなく、定期的なメインテナンスや予防のご相談も行っています。
参考文献
- Awareness and Barriers to Sustainable Dental Practice – A Scoping Literature Review(2021)
持続可能な歯科診療に対する認識と障壁:スコーピングレビュー
https://www.fdiworlddental.org/sites/default/files/2021-08/1-s2.0-S0300571221001561-main.pdf - Clinical guidelines for environmental sustainability in dentistry(2023)
歯科における環境持続可能性のための臨床ガイドライン
https://www.rcseng.ac.uk/-/media/fds/clinical-guidelines-for-environmental-sustainability-in-dentistry-version-110.pdf - What is the environmental footprint of a dental practice? A life cycle analysis (Part 1)(2024)
歯科医院の環境フットプリントとは何か?ライフサイクル分析(第1部)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38212528/ - A life cycle analysis of the environmental impact of procurement, waste and water in the dental practice(2024)
歯科医院における調達・廃棄物・水使用の環境影響に関するライフサイクル分析
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38609622/ - The life cycle analysis of a dental examination(2021)
歯科診査のライフサイクル分析
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33686705/ - What is the environmental footprint of a dental practice? A life cycle analysis (Part 1)(2024)
歯科医院の環境フットプリントとは何か?ライフサイクル分析(第1部)
https://www.nature.com/articles/s41415-023-6710-z - エコは本当に素晴らしいのか? – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=qNCPxPkBH9I
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執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中・TV取材多数
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当院は、初診時にしっかりと検査を行い、歯周病・虫歯・根管治療から矯正歯科・小児矯正まで、丁寧にご説明のうえで治療を進めています。
治療後も再発予防に努め、安心して通える歯科医院をめざしています。

