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入れ歯1個作るとガソリン車で何km分のCO2環境負荷? – 歯科処置の環境負荷を考える

歯周病、根管治療、局部義歯作製、抜歯、アマルガム除去、修復材料など、特定の歯科処置・分野別のLCA研究を整理しました。どの領域で研究が進み、どこはまだ未確認なのかを、一般の方にもわかりやすく歯科医師が解説します。

目次

1. はじめに

歯科医療の環境負荷というと、電気や水、廃棄物の話を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし近年は、歯科医院全体だけでなく、個々の歯科処置や特定分野ごとに、どのくらいの資源を使い、どの程度の環境負荷が生じるのかを調べる研究が少しずつ増えてきました。こうした研究の中心にあるのが、LCA(ライフサイクルアセスメント)です。1,2

ただし、すべての処置で同じレベルのデータがあるわけではありません。歯周病や根管治療のように比較的具体的なLCA研究がある分野もあれば、アマルガム除去、インプラント、FMC(全部金属鋳造冠)、チタン冠のように、環境上の論点はあっても、処置そのものを定量評価したLCAがまだ十分に見当たらない分野もあります。この記事では、現時点で確認できる主要な論文をもとに、どこまでが事実として言えるのか、どこから先は未確認なのかを分けて整理します。1,3,4,5,6,7

2. LCAで歯科処置を見るとはどういうことか

LCAは、ある製品やサービスについて、原材料の調達から製造、輸送、使用、廃棄までを通して環境負荷を評価する方法です。歯科処置に当てはめると、診療中の電力や水の使用だけでなく、使い捨て器材、滅菌工程、材料の製造、ラボとの輸送、場合によっては患者さんやスタッフの移動まで含めて考えます1,2,4,5

この視点が重要なのは、歯科処置の環境負荷が「チェアサイドで見えるもの」だけでは決まらないからです。たとえば、治療回数が増えれば移動や滅菌の回数も増えますし、技工物が必要な治療では院内だけでなく技工所とのやり取りも影響します。そのため、単に材料の違いだけを見るのではなく、治療の流れ全体をみることが必要です。2,4,5

3. 歯周病のLCA研究

歯周病分野では、2026年のJournal of Dentistry論文で、歯周健康から歯周病までの各段階における環境影響が定量化されました。この研究では、家庭での予防ケアと歯科医院での治療介入の両方を含めてLCAが行われています。1

結果として、歯周病が重症化するほど、通院回数、治療介入、院内エネルギー使用が増え、環境負荷も大きくなることが示されました。平均的な患者では、院内治療による環境影響は家庭での予防ケアより約2〜4倍高く、重症の歯周病では約10倍に達すると報告されています。つまり、歯周病では「予防して悪化を防ぐこと」が、口腔の健康だけでなく環境面でも大きな意味を持つことになります。1

この研究は、特定の歯科疾患に対して、在宅ケアと院内治療を一体で評価した点が特徴です。歯周病のLCAは、単なる器材比較ではなく、病気の進行そのものが環境負荷を押し上げることを示したという意味で、現時点の歯科LCA研究の中でも非常に示唆に富んでいます。1

4. 根管治療のLCA研究

根管治療では、2020年にBMC Oral Healthに掲載されたLCA研究が代表的です。この論文では、標準的な2回法の根管治療1症例について、資源使用と環境排出が評価されました。2

その結果、1症例あたりの地球温暖化への影響は4.9 kg CO2 eq(ガソリン車でおよそ 約 20 km 走行した際の排出量)と報告されています。主な負荷源は、歯科用衣類、表面消毒用イソプロパノール、紙とプラスチックから成る単回使用ビブ、単回使用のステンレス器具、そして電力でした。さらに、患者さんの移動はこの計算に含まれていないため、実際の通院行動まで含めれば、環境負荷はさらに大きくなる可能性があります。2

根管治療のLCAから見えてくるのは、環境負荷が単に「大きな機械を使うかどうか」だけでは決まらないということです。消耗品、消毒、滅菌、単回使用器材の積み重ねが大きく、感染対策と環境配慮のバランスをどう取るかが今後の課題になります。2

5. 義歯のLCA研究

義歯分野では、2026年のBritish Dental Journal論文で、可撤性部分床義歯(RPD)作製のLCAが報告されています。この研究では、アルジネート印象を使う従来法と、口腔内スキャナーを使うデジタル法を比較し、それぞれについてローカルラボとグローバルラボの組み合わせが評価されました。3

温室効果ガス排出量は、従来法+ローカルラボで77.29 kgCO2(車で約 525 km :東京から大阪までの片道距離)従来法+グローバルラボで94.67 kgCO2(車で約612km:東京 〜 兵庫・姫路)、デジタル法+ローカルラボで65.22 kgCO2(車で薬 320〜400km :東京から名古屋までの片道距離、デジタル法+グローバルラボで78.63 kgCO2でした。デジタル法では患者さんの通院回数が減ることで移動由来の排出も減り、ローカルラボの利用でも輸送由来の負荷が下がると報告されています。3

この分野のポイントは、歯科医院内の処置だけでなく、技工、輸送、来院回数まで含めて結果が左右されることです。補綴分野では、どの材料を使うかだけでなく、「どのワークフローを選ぶか」が環境負荷に大きく影響します。3

6. 抜歯のLCA研究

抜歯については、2025年のCommunity Dentistry and Oral Epidemiology論文で、大学病院設定における標準的な抜歯1件のLCAが報告されています。この研究では、患者さんとスタッフの移動、材料、洗浄、滅菌まで含めて、抜歯プロセス全体が評価されました。4

その結果、総環境負荷は13.8 kg CO2 eqで、ガソリン車で約56.3 km走行する(およそ1時間30分〜2時間弱のドライブで行ける距離で、東京~神奈川県平塚市辺りまで)のに相当するとされています。大きな寄与因子は移動、蒸気の生成、電力、石けん、廃棄物でした。また、説明や同意取得を対面からオンライン化するシミュレーションでは、温室効果ガス排出量が36.1%減少して8.8 kg CO2 eqになる可能性が示されました。4

抜歯の研究から見えてくるのは、処置そのもの以上に、通院や病院運営の仕組みが大きく影響することです。これは、環境負荷を減らすためには治療技術だけでなく、診療フローそのものを見直す必要があることを示しています。4

7. アマルガム除去と修復材料の環境影響

アマルガム除去については、水銀の環境影響という重要な論点があります。WHOは、アマルガム充填の設置や除去の場面で、歯科医療従事者や患者さんが水銀に曝露する可能性があり、適切な管理が重要だとしています。5

一方で、「アマルガム除去という1処置そのもの」を対象にした厳密なLCA論文は、現時点では歯周病や根管治療ほど明確には確認できません。アマルガムの環境影響については、2001年のレビューで、水銀が人と環境に与える影響がすでに大きな論点として扱われていましたが、これは処置単位のLCAというより、材料・廃棄・排出の問題を論じたものです。6

修復材料に話を広げると、2018年のレビューでは、これまでアマルガムの水銀汚染が主に注目されてきた一方で、レジン系コンポジットなど代替材料の環境影響も十分に検討されるべきだと指摘されています。さらに2026年のシステマティックレビューでは、アマルガムと代替修復材料はいずれも環境影響を持つものの、研究の異質性が大きく、どの材料が一貫して最も環境負荷が低いとまでは言えないとされています。7,8

つまり、現時点で言えるのは「アマルガムだけが環境上の問題を持つわけではなく、代替材料にも別の環境論点がある」ということです。ただし、材料間の優劣を単純化して断定するだけのエビデンスはまだ十分ではありません。ここは今後の研究が必要な領域です。5,7,8

8. インプラント・う蝕処置・FMC・チタン冠はどうか

インプラント治療、う蝕処置そのもの、FMC(全部金属鋳造冠)、チタン冠(ミリング)については、臨床研究や材料学的研究、制度面の資料は多く存在します。しかし、これらの処置そのものを対象に、治療フロー全体の環境負荷を定量化した代表的なLCA論文は、現時点では十分に確認できていません5,7

たとえばFMCとチタン冠では、鋳造とミリングで金属の歩留まりや加工エネルギーに差がある可能性は考えられます。しかし、少なくとも現時点では「どちらがライフサイクル全体で環境負荷が低いか」を定量的に比較した主要論文は見当たりません。同じように、う蝕処置についても、修復材料の比較研究はある一方で、1歯のう蝕治療プロセス全体を対象にした代表的LCAは乏しいのが現状です。未確認部分として扱うのが適切です。7,8

9. 現時点でわかっていること

現時点の文献を整理すると、特定の歯科処置・分野別のLCA研究として比較的エビデンスがそろっているのは、歯周病、根管治療、義歯作製、抜歯です。これらの研究では共通して、診療そのものだけでなく、通院、使い捨て器材、滅菌、輸送、技工など、治療の周辺にある工程が大きな影響を持つことが示されています。1,2,3,4

一方で、アマルガム除去、インプラント、FMC、チタン冠、う蝕処置単体については、環境上の論点はあっても、LCA研究としてはまだ不足しています。そのため、今の段階では「重要なテーマだが、十分な定量データはまだ限られる」と整理するのが正確です。今後は、日常診療で頻度の高い修復処置や補綴処置について、より細かいLCAが蓄積されることが期待されます。5,6,7,8

将来の大きな治療をできるだけ減らすためには、まず現在のお口の状態を知り、早めに対策を始めることが大切です。船橋のかわせみデンタルクリニックでは、むし歯や歯周病の治療だけでなく、予防やメインテナンスのご相談も行っています。

参考文献

  1. Quantifying the environmental impact potential from periodontal health to disease: Findings from a life cycle assessment study(2026)
    歯周健康から歯周病に至るまでの潜在的な環境影響の定量化―ライフサイクルアセスメント研究の知見
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42086141/
  2. Environmental sustainability in endodontics. A life cycle assessment (LCA) of a root canal treatment procedure(2020)
    根管治療手技の環境持続可能性:ライフサイクルアセスメント
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33261595/
  3. Life cycle assessment of the complete denture fabrication process using traditional impressions versus intra-oral scanning(2026)
    従来印象法と口腔内スキャンを用いた可撤性部分床義歯作製工程のライフサイクルアセスメント
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41688706/
  4. Environmental Impact of a Tooth Extraction: Life Cycle Analysis in a University Hospital Setting(2025)
    大学病院における抜歯の環境影響:ライフサイクル分析
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40579390/
  5. Oral health care and the environment(2026)
    口腔保健医療と環境
    https://www.who.int/initiatives/oral-health-care-and-the-environment
  6. The environmental effects of dental amalgam(2001)
    歯科用アマルガムの環境影響
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11225525/
  7. The environmental impact of dental amalgam and resin-based composite materials(2018)
    歯科用アマルガムとレジン系コンポジット材料の環境影響
    https://eprints.whiterose.ac.uk/id/eprint/130183/
  8. Environmental impact of dental amalgam and alternative restorative materials: a systematic review(2026)
    歯科用アマルガムと代替修復材料の環境影響:システマティックレビュー
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41565631/

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