コラム|船橋の歯医者・矯正歯科|かわせみデンタルクリニック

初診のみ
WEB予約
電話予約
初診のみ
WEB予約

コラム

コラムCOLUMN

歯科検診を「国策」にしている国は? 9か国の制度から考える日本の国民皆歯科健診

最終更新日:2026/8/4

目次
  1. はじめに
  2. 「国策としての歯科検診」とは何か
  3. 日本の歯科検診にはどこに空白があるのか
  4. 韓国は一般健康診査に口腔検査を組み込む
  5. ドイツは継続受診を将来の給付に反映する
  6. フランスは若者を毎年呼び戻す
  7. 英国はリスクに応じて検診間隔を変える
  8. 北欧は子どもの歯科医療を公的に支える
  9. シンガポールは学校で検診と基本治療を行う
  10. オーストラリアは低所得世帯の子どもを重点支援する
  11. 9か国の制度を比較する
  12. 歯科検診の制度を動かす八つの部品
  13. 日本の国民皆歯科健診はどこへ向かうのか
  14. 検診を受ければ全身疾患や医療費を必ず減らせるのか
  15. 私たちの受診はどう変わるのか

 

1. はじめに

「国民皆歯科健診」と聞くと、国民全員が毎年、同じ検査を受ける制度を思い浮かべるかもしれません。しかし、海外の制度を調べると、そうした単純な仕組みはほとんど見当たりません。子どもを公的歯科診療所から呼び出す国もあれば、学校で検診から治療まで行う国、一般健康診査に口腔検査を組み込む国、定期受診を将来の治療費補助につなげる国もあります。

共通しているのは「歯科検診を受けてください」と呼びかけるだけで終わらせていないことです。誰が対象者を把握し、どこで検査し、異常が見つかった人をどう治療へつなぐのか。各国は、検診前の案内から検診後の治療までを一つの仕組みとして設計しています。

世界保健機関(WHO)によると、口腔疾患の影響を受けている人は世界で約37億人に上ります。多くは予防できる一方、歯科医療費の自己負担が受診の障壁になっているのが現状です。1 歯科検診が政策課題になるのは、痛みや歯の喪失を防ぐためだけではありません。食事、会話、就労、学習といった日常生活を守り、所得や居住地域による受診格差を小さくする役割も担います。

 

2. 「国策としての歯科検診」とは何か

最初に区別したいのは、歯科検診の「義務」と「受ける権利」です。海外で歯科検診が公的制度に組み込まれていても、全国民に受診義務を課し、未受診者に罰則を科しているとは限りません。多くの国が採用しているのは、次のいずれか、またはその組み合わせです。

制度の型仕組み主な例
国家健診統合型一般健康診査の項目に口腔検査を入れる韓国
公的保険給付型年齢ごとの検診を保険給付として保障するドイツ
個別招待型保険者が対象者に案内し、無料で受けられるようにするフランス
公的呼び出し型地域の公的歯科診療所が子どもを呼び出すノルウェー
学校完結型学校内で検診、予防処置、基本治療を行うシンガポール
リスク別管理型病気のリスクに応じて次回の間隔を変える英国
経済的誘導型継続受診を将来の給付増額につなげるドイツ
所得重点型低所得世帯など、受診障壁の大きい層へ給付を集中するオーストラリア

この違いを無視して「海外では歯科検診が義務化されている」と一括りにすれば、制度の実像を見誤ります。国策としての歯科検診とは、全員へ同じ検査を強制することではなく、受診機会を保障し、必要な人を治療へつなぐことです。

なお、日本の法律や政策文書では「歯科健診」と「歯科検診」の両方が使われ、制度ごとに正式名称も異なります。この記事では固有の制度名を除き、一般に広く使われる「歯科検診」で表記を統一します。2

 

3. 日本の歯科検診にはどこに空白があるのか

日本にも、公的な歯科健診はすでに複数あります。

  • 市町村が行う1歳6か月児、3歳児の歯科健康診査
  • 学校保健安全法に基づく学校歯科健康診断
  • 自治体が20歳、30歳、40歳、50歳、60歳、70歳を対象に行う歯周病検診
  • 妊産婦を対象とする歯科健康診査
  • 酸などを扱う一部業務の従事者に対する特殊歯科健康診断
  • 後期高齢者医療制度による歯科健康診査
  • 健康保険組合、事業者、自治体が独自に行う歯科健診

厚生労働省も、根拠となる法律によって対象者と検査内容が異なると説明しています。2 子どもの時期は乳幼児健診と学校健診で比較的広くカバーされるものの、学校を卒業すると状況が変わります。

職場の定期健康診断には、一般に歯科検診が標準項目として含まれていません。自治体の歯周病検診も、対象年齢、費用、実施方法は地域ごとにさまざまです。日本の問題は制度がないことではなく、年齢や所属先ごとに分断され、学校卒業後の受診機会が途切れやすい点にあります。

さらに、検診を受けても「要受診」という通知だけで終わり、実際の予約や治療につながらないことがあります。検査の回数を増やすだけでは、この途切れは埋まりません。

 

4. 韓国は一般健康診査に口腔検査を組み込む

成人を含む全国的な仕組みとして、日本の議論に最も近い比較対象の一つが韓国です。韓国の国民健康保険公団は、職域加入者、自営業者世帯、20歳以上の被扶養者などを対象に一般健康診査を実施しています。原則として2年に1回で、非事務職の職域加入者は毎年の健康診査対象です。

一般健康診査には口腔検査も組み込まれています。3 歯科医師による口腔内診査の対象は、むし歯、修復歯、歯肉、歯石の状態などです。歯みがきや喫煙といった生活習慣も問診で把握し、口腔内の所見と合わせて本人へ結果を通知します。成人とは別に、乳幼児にも成長段階に応じた口腔検診があります。

韓国型の強みは、国民健康保険がすでに持つ対象者管理、受診案内、指定健診機関、結果通知の仕組みを歯科にも使えることです。 歯科だけの名簿や案内制度を一から作る必要がありません。ただし、検査を受けることと、必要な治療を終えることは別です。

一般健康診査の中に口腔検査を置いても、その後に歯科医院を予約しなければ治療は始まりません。韓国の制度は「広く見つける仕組み」の参考になりますが、治療への移行率まで評価する必要があります。

 

5. ドイツは継続受診を将来の給付に反映する

ドイツの法定医療保険では、乳幼児から成人まで歯科予防検診が給付されています。4 乳幼児は生後6か月頃から6歳までに計6回、6歳から17歳までは半年ごとに、口腔診査、むし歯リスクの評価、口腔衛生指導、フッ化物応用などを受けられます。成人も半年ごとの歯科予防検診が給付対象です。

ただし、将来の補綴治療に関係するボーナスの記録は、成人では年1回の受診が基準です。ドイツで目を引くのが「ボーナス手帳」です。定期受診を5年間続けると、クラウン、ブリッジ、義歯などの標準的な補綴治療に対する定額補助が基本の60%から70%へ、10年間続けると75%へ上がります。5

これは「治療費が20%、30%安くなる」という単純な割引ではありません。標準治療に対する定額補助率が上がるため、実際の自己負担は選ぶ治療と歯科医院の費用によって変わります。未受診に罰金を科すのではなく、継続受診に対する補助を上乗せする。これがドイツ型の特徴です。

 

6. フランスは若者を毎年呼び戻す

フランスの「M’T dents」は、制度改正の前後を分けて理解する必要があります。以前は3歳、6歳、9歳などの節目年齢を中心とする仕組みでしたが、2025年4月からは3歳から24歳まで、毎年1回の歯科予防検診を受けられる制度へ拡充されました。6 対象者には、年齢に応じて郵送や電子メールなどで案内します。

案内をなくした場合でも、健康保険証を提示して利用できます。検診と対象となる関連治療は原則100%給付され、窓口での立替払いもありません。公的医療保険が60%、補完保険が40%を負担し、補完保険に加入していない場合の扱いも用意されています。

フランスでは、無料検診、必要な保存治療、翌年の再検診が一つの流れになっています。 むし歯を見つけた後の治療費を家庭へ任せる制度ではありません。それでも、制度を用意するだけで全員が受診するわけではないようです。

フランス健康保険は、2024年に歯科を受診した3歳児が36%だったとして、制度拡充と広報を進めています。7 無料化は大きな条件ですが、予約の手間、保護者の理解、地域の供給体制も受診率を左右します。

 

7. 英国はリスクに応じて検診間隔を変える

英国では、地域によってNHS歯科の給付や料金制度が異なります。イングランドの特徴は「全国民が半年に1回」という一律の間隔を採用していないことです。口腔状態に応じて、成人は3か月から24か月、18歳未満は3か月から12か月の範囲で次回の時期を決めます。

口腔状態が良好な成人なら2年、子どもなら1年まで間隔を延ばせるという考え方です。NICEの診療指針は、病気の活動性や将来のリスク、これまでの治療経過などを歯科医療者が評価し、本人と相談して次回時期を決めるよう求めています。8 英国型が重視するのは検診回数の多さではなく、必要性に応じた診療資源の配分です。

スコットランドでは、これに学校と地域を使った「Childsmile」が加わります。保育施設や学校での監督下歯みがき、対象児へのフッ化物バーニッシュ、歯科診療所への登録支援などを組み合わせたプログラムです。9 2024年には、小学1年相当の子どもの73.2%に明らかなむし歯経験が認められませんでした。

2003年の45%から改善していますが、最も恵まれた地域と最も困窮した地域の差は23.5ポイント残っています。10 改善という成果と、格差が残るという課題を同じ指標で追っている点も参考になります。

 

8. 北欧は子どもの歯科医療を公的に支える

スウェーデン

スウェーデンでは、19歳になる年の12月31日まで、ほぼすべての歯科診査と治療が無料です。20歳になる年から成人の費用負担へ移ります。11 成人には一般歯科医療手当があり、20歳から23歳までは年600スウェーデンクローナ、24歳から64歳までは年300クローナ、65歳以上は年600クローナが付与されます。

手当は診査や予防処置にも使用できます。12か月の基準費用が3,000クローナを超えると超過分の50%、15,000クローナを超える部分は85%が補償されます。ただし、歯科医院は自由に価格を設定でき、国の参考価格を超える部分は高額費用保護の対象になりません。

「スウェーデンでは23歳まで無料」という説明も見かけますが、これは2024年までの制度情報です。現行制度では、19歳になる年の年末で子どもの無償給付が終わり、翌年から成人向けの手当へ移ります。

ノルウェー

ノルウェーでは、0歳から18歳まで、公的歯科診療所の診査と治療が矯正を除いて無料です。地域の公的歯科診療所が子どもを定期的に呼び出し、通常は3歳頃に最初の案内が届きます。12 19歳から28歳までの若年成人は、公的歯科サービスを利用すると、公定料金の25%を本人が、75%を公費が負担します。

ただし、若年成人は子どものように必ず呼び出されるとは限らず、自分から公的診療所へ連絡する必要があります。年齢が一つ上がるだけで、給付率だけでなく、行政からの働きかけ方も変わります。北欧型の本体は無料化だけではありません。

北欧型を支えているのは、子どもの居住情報と公的歯科診療所を結びつけ、受診を家庭任せにしない仕組みです。

 

9. シンガポールは学校で検診と基本治療を行う

シンガポールのYouth Preventive Dental Serviceは、学校歯科診療所と移動歯科診療所を使って児童・生徒へ歯科医療を届ける制度です。登録した小学1、3、4、6年相当、中学1、3年相当の児童・生徒を年1回スクリーニングし、臨床上必要なら学校内で基本治療まで行います。13 対象となるサービスは次の通りです。

  • 歯科診査と口腔保健教育
  • 歯石が多い場合のスケーリング
  • 充填
  • 抜歯
  • シーラントなどの予防処置

中心的な担い手はデンタルセラピストです。X線、義歯、根管治療、専門治療などが必要な場合は、学生歯科センターや高次医療機関へ紹介します。学校内の基本サービスは無料ですが、紹介先では居住資格や治療内容によって費用がかかる場合があります。

日本の学校歯科健診は、異常を見つけて家庭へ通知する役割が中心です。対してシンガポールでは、検診と基本治療を学校内で完結させ、複雑な治療だけを紹介先へつなぎます。「要受診」の通知を渡すだけで終わらない学校歯科制度です。

 

10. オーストラリアは低所得世帯の子どもを重点支援する

オーストラリアのChild Dental Benefits Scheduleは、全国民へ一律に無料検診を提供する制度ではありません。Medicareに加入する0歳から17歳のうち、本人、保護者などが対象となる政府給付を受けている子どもに、2暦年間の上限つきで基本歯科サービスを給付します。14 対象には、診査、X線、清掃、シーラント、充填、根管治療、抜歯などが含まれます。

矯正、審美治療、病院での歯科サービスは対象外です。対象者は行政情報から毎年判定され、郵送またはmyGovで通知されます。公的診療所だけでなく、制度に参加する民間歯科診療所でも使えます。

オーストラリアは、口腔疾患が多くなりやすい低所得世帯へ財源を集中する格差対策型です。 「全員へ同じ給付」と「必要性の高い層へ厚い給付」のどちらを選ぶかは、国民皆歯科健診を考えるうえで避けられない論点になります。

 

11. 9か国の制度を比較する

各国の制度は、対象年齢だけでなく、対象者への働きかけ方に違いがあります。

国・地域主な対象頻度・時期費用負担受診を促す仕組み検診後の対応
日本乳幼児、児童・生徒、節目年齢の成人など制度ごとに異なる自治体や制度により異なる学校、自治体、保険者などが個別に案内要受診通知後は本人・家庭の予約が中心
韓国健康保険の成人、職域加入者、乳幼児成人は原則2年ごと。非事務職の健康診査は毎年国家健康診査として実施一般健康診査と同じ対象者管理結果通知後に歯科受診を勧奨
ドイツ乳幼児から成人小児・成人とも定期的。給付上は成人も半年ごと法定医療保険ボーナス手帳と将来の補綴給付必要に応じて保険診療へ
フランス3歳から24歳、妊婦若者は毎年検診と対象治療を原則100%給付保険者から郵送・電子案内6か月以内の対象治療も給付
英国・イングランドNHS歯科患者成人3~24か月、18歳未満3~12か月成人は原則患者負担。免除対象あり歯科医師がリスク別に再診時期を指定NHS歯科で必要な治療
英国・スコットランド乳幼児、児童を重点学校活動と歯科受診を組み合わせるChildsmileは公費保育施設・学校で実施フッ化物応用、登録支援
スウェーデン19歳になる年までの子ども、成人小児は歯科診療所で継続管理小児無料。成人は手当と高額費用保護登録歯科診療所、費用助成同じ診療所で予防と治療
ノルウェー0~18歳、19~28歳子どもを定期的に呼び出す0~18歳無料。19~28歳は原則25%負担公的歯科診療所から呼び出し公的診療所で治療
シンガポール就学前児、児童・生徒指定学年に年1回学校内の基本サービスは無料学校歯科診療所、移動診療所学校内で基本治療、複雑な治療は紹介
オーストラリア資力要件を満たす0~17歳給付上限内で必要な診療2年間の上限つき給付行政情報による自動判定と通知公的・参加民間診療所で治療

「無料なら受診する」「年1回なら予防になる」というほど、制度は単純ではありません。費用、予約、実施場所、呼び出し、検査後の治療がつながって初めて、歯科検診は国策として機能します。

 

12. 歯科検診の制度を動かす八つの部品

各国の違いは大きく見えますが、制度を構成する部品は共通しています。

設計項目決める内容海外から得られる示唆
対象者の把握誰の名簿を使うか韓国は保険、フランスは保険者、北欧は地域、シンガポールは学校を使う
受診間隔一律か、リスク別か英国は低リスク者の間隔を延ばし、高リスク者へ資源を振り向ける
検査と判定何を調べ、どの基準で要受診とするか簡易検査と歯科医師による口腔診査は、見つけられる病気も精度も異なる
費用検診だけか、治療も含むかフランスとシンガポールは検診後の基本治療まで接続する
受診勧奨広報か、個別通知か、呼び出しかノルウェーは診療所から呼び出し、フランスと豪州は個別通知する
行動の動機罰則か、給付かドイツは将来の補綴給付を増やす
実施体制誰が検査し、治療の予約枠をどう確保するかシンガポールはデンタルセラピストを活用し、北欧は公的歯科診療所で継続管理する
効果測定何を成果とするか受診率だけでなく、治療移行率、未処置歯、地域格差、費用を追う必要がある

検診の実施件数だけを成果にすると、「検査は受けたが、必要な治療は受けなかった人」が見えなくなります。反対に、治療件数だけを追うと、過剰診療を増やしていないかという別の問題が生じます。制度の評価には、少なくとも次の指標が必要です。

  • 対象者のうち実際に検診を受けた割合
  • 要受診と判定された人の歯科受診率
  • 必要な治療を完了した割合
  • 未処置のむし歯、歯周病、歯の喪失などの変化
  • 所得、地域、障害、年齢による格差
  • 検診、勧奨、治療にかかった費用
  • 受診者の負担、待ち時間、満足度
  • 歯科医療従事者と予約枠への影響

どの検査を使うかは目立ちやすい論点です。しかし、制度の成否を決めるのは、陽性または要受診という結果が出た後の流れです。

 

13. 日本の国民皆歯科健診はどこへ向かうのか

日本政府は、骨太の方針で「生涯を通じた歯科健診」に向けた取り組みを続けてきました。2026年7月、厚生労働大臣は、希望する国民が毎年歯科健診を受けられる環境を目指し、2026年度から新たなパイロット事業を実施すると説明しています。2027年度以降は、自治体と医療保険者の双方で、簡易検査ツールを用いる方法を「簡易歯科健診」として位置づけ、制度化へ向けて取り組む方針です。15

ただし、この制度を左右するのは、検査を何人に配れるかだけではありません。検査結果を受け取った人が内容を理解し、必要な歯科受診を予約し、診断や治療まで進めるかどうかです。検査が広く行われても、その後の行動が変わらなければ、早期発見の機会は実際の予防につながりません。

ここでいう簡易検査は、歯科医院で行う総合的な診査と同じではありません。厚生労働省の資料が示すのは、唾液中のヘモグロビンや歯肉溝滲出液に由来するASTなどを使い、主として歯周病リスクを選別する方法です。16 むし歯、歯周ポケットの深さ、歯の動揺、かみ合わせ、粘膜疾患、顎骨、口腔機能までを一度に確認する検査ではありません。

簡易検査が陰性でも、「口の中に何の問題もない」とは判定できません。 日本の新制度を「全国民が毎年、歯科医院で完全な検診を受ける仕組み」と捉えるのは不正確です。現段階で検討されているのは、自治体や職域、医療保険者の健診へ簡易な口腔スクリーニングを取り入れ、歯科受診の入口を広げる仕組みです。

検査性能にも幅があります。厚生労働省資料が紹介する研究では、唾液潜血検査による歯周炎判定の感度は63.5~73.1%、特異度は40.0~60.0%でした。歯周炎のある人を一定数見逃す一方、歯周炎でない人にも陽性が出る可能性がある数値です。さらに、同じ研究では、検査を実施しただけで歯科受診行動が改善したとは確認できませんでした。16

ここに、制度を説明する難しさがあります。陽性なら、歯科医院で詳しく調べる必要がある。一方、陰性であっても、簡易検査の対象外となるむし歯や粘膜疾患などを否定できないため、定期的な歯科診査は必要です。結果だけを渡せば、「どちらの結果でも歯科受診を勧められるなら、何のための検査なのか」という疑問が生じかねません。陰性と陽性の意味、簡易検査で分かる範囲、歯科医院で確認する内容を、結果通知の段階で分けて示す必要があります。

しかも、正しい説明を一度行えば、全員が予約するわけではありません。仕事や家事で時間が取れない、近くの歯科医院が分からない、費用が心配といった事情は、知識だけでは解消できないからです。結果画面から予約先を探せるようにする、未受診者へ再通知する、地域の歯科医院と受け入れ体制を調整する、検査後の診査や治療にかかる費用を明確にする。こうした仕組みがなければ、受診できる人とできない人の差が残ります。

さらに、制度開始後は、検査を実施した人数だけで成果を判断できません。歯科受診へ進んだ割合、確定診断や治療につながった割合、未受診者の特徴、地域差、事業費に見合う予防効果を継続して確かめる必要があります。日本の国民皆歯科健診に必要なのは、簡易検査を配る制度ではなく、結果説明、予約、再通知、診断、治療、次回受診までが途切れない制度です。

 

14. 検診を受ければ全身疾患や医療費を必ず減らせるのか

口腔と全身の健康に関連があることは、歯科検診を考える重要な背景です。歯周病は糖尿病、心血管疾患、呼吸器疾患などとの関連が報告されており、厚生労働省も、必要に応じて歯科医療機関への受診勧奨や、かかりつけ医との医科歯科連携につなげる必要があるとしています。17

なかでも、糖尿病と歯周病の関係は比較的よく研究されています。2型糖尿病患者に歯周治療を行うと、血糖コントロールの指標であるHbA1cの改善に役立つことが示され、関連学会の診療ガイドラインでも歯周治療が推奨されています。18 これは、必要な患者へ適切な歯周治療を行う意義を支える根拠です。

高齢者では、歯の減少、かみにくさ、飲み込みにくさ、口の乾燥、滑舌の低下など、複数の口腔機能の小さな衰えが重なるオーラルフレイルにも注意が必要です。地域で自立して暮らす高齢者を9年間追跡した柏コホート研究では、オーラルフレイル5項目チェック(OF-5)で該当した人は、該当しない人より死亡リスクが高い結果でした。調整後ハザード比は1.44で、これは年齢などの影響を統計的に考慮しても、追跡期間中の死亡の起こりやすさが約44%高かったことを示す指標です。19 ただし、これは両者の関連を示した観察研究です。オーラルフレイルを見つけて介入すれば死亡を防げる、と直接証明した研究ではありません。

しかし、この治療効果を、そのまま「全国的な歯科検診を行えば心筋梗塞や脳卒中を防げる」「医療費が必ず下がる」という結論へ広げることはできません。口腔疾患と生活習慣病は、喫煙、食生活など複数の危険因子を共有しています。18 観察研究で二つの病気に関連が認められても、歯科検診そのものが全身疾患を減らしたとは限らないからです。

ここでは、三つの段階を分けて考える必要があります。

  • 口腔疾患と全身疾患に関連があるか
  • 歯科治療によって特定の全身状態が改善するか
  • 検診事業によって集団全体の発症率や医療費が変わるか

上の二つに根拠があっても、三つめは検診の対象、検査精度、受診率、治療への移行率、費用などによって変わります。国民皆歯科健診の効果は、実施人数ではなく、必要な人が診断と治療へ進み、どの健康指標がどれだけ改善したかで評価すべきです。 全身の健康や社会保障費への効果は、期待だけで断定せず、制度導入後のデータで確かめなければなりません。

 

15. 私たちの受診はどう変わるのか

制度が進むと、自治体や勤務先、医療保険者から歯科検診の案内を受け取る機会が増える可能性があります。ただし、全員が同じ検査を受け、同じ間隔で歯科医院へ通い、同じ治療を受ける制度になるとは限りません。口腔状態が良好で疾患リスクが低い人と、歯周病、むし歯、口腔機能低下などがある人では、必要な診査、治療、次回受診の時期が異なります。

簡易検査を受けたときは、結果の良し悪しだけで判断せず、次の点を確認してください。

  • この検査で何を調べたのか
  • 陽性または要受診とは何を意味するのか
  • 陰性でも確認できていない病気は何か
  • いつまでに歯科医院を受診すべきか
  • 結果票を歯科医院へ持参する必要があるか

陽性や要受診と判定された場合は、通知を保管したままにせず、案内された期限を目安に歯科医院を予約します。陰性であっても、むし歯、詰め物の内部、粘膜、かみ合わせ、口腔機能などが検査対象に含まれていなければ、それらに問題がないとは言えません。痛み、腫れ、出血、かみにくさなどがある場合は、次の検診を待たずに相談する必要があります。

国民皆歯科健診の開始を待たなければ、歯科検診を受けられないわけでもありません。乳幼児健診、学校歯科健診、自治体の歯周病検診、後期高齢者歯科健診、健康保険組合や事業者の歯科健診など、現在利用できる制度があります。対象にならない時期も、歯科医院で口腔状態に応じた診査と次回時期について相談できます。217

海外の制度が示しているのは、検診回数を増やすだけでは予防が定着しないということです。案内を受け取り、検査結果を理解し、予約し、必要な診断や治療を終え、次の受診時期が決まる。この流れが途中で切れないことが、歯科予防を日常の習慣に変えます。

制度が変わる途中でも、口の状態は変化します。健診結果が気になる方、長く歯科を受診していない方は、現在利用できる歯科検診や歯科医院での定期診査をご活用ください。

▶️ かわせみデンタルクリニックの予防歯科

参考文献

  1. Oral health / WHO (2025)
    https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/oral-health
  2. 歯科健診(検診) / 厚生労働省(2025)
    https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/teeth/yh-039.html
  3. Current Status of the National Health Screening Programs in Korea / Korean Journal of Family Medicine (2022)
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9136500/
  4. Zahnvorsorgeuntersuchungen / Bundesministerium für Gesundheit (2025)
    https://www.bundesgesundheitsministerium.de/zahnvorsorgeuntersuchungen
  5. Wozu dient das Bonusheft beim Zahnarzt oder der Zahnärztin? / Techniker Krankenkasse (2025)
    https://www.tk.de/techniker/versicherung/tk-leistungen/zaehne/zahnvorsorge-und-bonusheft/wozu-dient-bonusheft-beim-zahnarzt-2002374
  6. M’T dents tous les ans ! : des rendez-vous offerts / Assurance Maladie (2025)
    https://www.ameli.fr/assure/sante/themes/carie-dentaire/mt-dents-tous-les-ans
  7. M’T dents tous les ans : une campagne de communication pour promouvoir la santé bucco-dentaire / Assurance Maladie (2025)
    https://www.ameli.fr/chirurgien-dentiste/actualites/m-t-dents-tous-les-ans-une-campagne-de-communication-pour-promouvoir-la-sante-bucco-dentaire
  8. Dental checks: intervals between oral health reviews / NICE (2004)
    https://www.nice.org.uk/guidance/cg19/chapter/recommendations
  9. About Childsmile / NHS Scotland (2020)
    https://www.childsmile.nhs.scot/about-childsmile/
  10. Good Food Nation plan: initial monitoring framework, Outcome 3 / Scottish Government (2025)
    https://www.gov.scot/publications/national-good-food-nation-plan-initial-monitoring-framework/pages/6/
  11. Dental care subsidy / Försäkringskassan (2025)
    https://www.forsakringskassan.se/english/dental-care-subsidy
  12. Who pays your dental bill? / Helsenorge (2026)
    https://www.helsenorge.no/en/payment-for-health-services/who-pays-your-dental-bill/
  13. Youth Preventive Dental Service / HealthHub Singapore (n.d.)
    https://www.healthhub.sg/programmes/school_dental_programme
  14. Child Dental Benefits Schedule / Australian Government Department of Health, Disability and Ageing (2026)
    https://www.health.gov.au/our-work/child-dental-benefits-schedule
  15. 上野大臣会見概要 / 厚生労働省(2026)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000194708_00957.html
  16. 簡易な口腔スクリーニングを用いた歯科健診について / 厚生労働省(2026)
    https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001698747.pdf
  17. 歯周病検診について / 厚生労働省(更新年記載なし)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/shikakoukuuhoken/periodontal_disease.html
  18. 口腔の健康状態と全身的な健康状態の関連 / 厚生労働省(2026)
    https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/teeth/h-01-006
  19. Oral frailty five-item checklist to predict adverse health outcomes in community-dwelling older adults: A Kashiwa cohort study / Geriatrics & Gerontology International (2023)
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37661091/

関連記事

国民皆歯科健診関連記事

その他関連記事


執筆・監修情報

執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中・TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づいた正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けしています。


かわせみデンタルクリニック|船橋の歯医者・矯正歯科

所在地:〒273-0005 千葉県船橋市本町6丁目3−20 ベルヴィル船橋本町 1階B号室
電話番号:047-409-2988
JR・東武鉄道「船橋」駅 徒歩4分
平日 9:00 ~ 13:00 14:30 ~ 18:00
土曜 9:00 ~ 13:00 14:00 ~ 17:00
(休診:日曜・月曜・祝日)

当院は、初診時にしっかりと検査を行い、歯周病・虫歯・根管治療から矯正歯科・小児矯正まで、丁寧にご説明のうえで治療を進めています。
治療後も再発予防に努め、安心して通える歯科医院をめざしています。