歯科医院にも届いたHPV啓発ポスター:HPVワクチンと口腔がん・中咽頭がんの関係
歯科医院に、HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンのポスターが届きました。婦人科の話に見えますが、HPVは口やのどの一部にも関係するため、男性はもちろんすべての人が知っておきたいテーマです。
私の大学の同期、約120名ほどのうち2名が既に子宮頸がんで亡くなっています。1人は20代、1人は30代で亡くなりました。そのうち20代で亡くなった子は同じ小班で一緒に病院実習もしてたのに、卒業して歯科医師として働きはじめて、たった数年でいなくなってしまったんです。
こんな人を、こんな想いをする人を一人でも減らせれば幸いです。
目次
はじめに
HPVワクチンは、子宮頸がんの予防を中心とする選択肢です。 HPVは子宮頸部(子宮の入り口)だけでなく、口やのどの一部にも関係するため、歯科医院でも知っておきたいテーマになっています。この記事では、HPV啓発ポスターが届いた背景から、口腔がん(口の中にできるがん)や中咽頭がん(口の奥からのどに続く部分にできるがん)との関係、ワクチンで分かっていること、歯科でできることまで、基本情報を順番に紹介します。
1. 歯科医院にHPV啓発ポスターが届いた理由
かわせみデンタルクリニックでは、千葉県産科婦人科医学会の「ちばHPV zero プロジェクト」が作成したHPV啓発ポスターを院内に掲示中です。このプロジェクトでは、定期接種を案内するものに加え、小学生向け、中学生向け、高校生向けなど、対象者に合わせたポスターが公開されています。1

ポスターを見て、「HPVワクチンは婦人科の話ではないのか」と感じる方もいるでしょう。HPVワクチンの中心的な目的が子宮頸がん予防であることはその通りですが、HPVは皮膚や粘膜に感染するウイルスで、子宮頸部だけにいるものではありません。
HPVが関係するがんの一つが、口の奥からのどに続く部分にできる中咽頭がんです。そのため、歯科医院でこの情報を扱う意味があります。歯科医院がポスターを掲示するのは接種を迫るためではなく、対象年齢の方や保護者の方が「自分や家族は対象なのか」「接種前に何を確認すればよいのか」と考え、公的情報を確認するきっかけをつくるためです。
そして歯科には、もう一つの役割があります。舌、歯ぐき、頬の内側、舌の下などを日常的に診る立場として口の中の変化に気づき、必要に応じて歯科口腔外科(口の中の病気を専門に診る診療科)や耳鼻咽喉科へつなぐ役割です。「予防」と「早期発見」は別の仕事ですが、患者さんの未来を守るという点では同じ方向を向いています。
2. 日本産科婦人科学会が全診療科に呼びかけたこと
2026年8月7日、日本産科婦人科学会は「全ての診療科の先生方へ」と題した文書を公表しました。「子宮頸がんを『予防できる病』に」という題名が示すように、産婦人科だけでなく、すべての診療科の医師にHPVワクチンという選択肢を一言紹介してほしいと求める内容です。2

【有効性(エビデンス)】
- 12〜13歳での接種で浸潤子宮頸がんが87%減少(🇬🇧 イギリス)
- 17歳未満での接種で浸潤子宮頸がんが88%減少(🇸🇪 スウェーデン)
- 16歳以下での接種で浸潤子宮頸がんが86%減少(🇩🇰 デンマーク)
- 前がん病変(高度異形成 CIN3以上)に対する86%の予防効果(🇯🇵 日本)
- 初めての性交渉前の接種で、原因ウイルスの検出率が「0.0%」に(🇯🇵 日本)
- 20代女性の「浸潤子宮頸がん罹患率」が65%激減し、20代浸潤がん患者におけるHPV16/18型検出率が有意に低下(🇯🇵 日本)
【安全性】
- 🇯🇵 「多様な症状」は接種の有無にかかわらず思春期に一定割合で発生(日本)
- 🇯🇵 約3万人の大規模調査(名古屋スタディ)による副反応の否定(日本)
日本では、2013年にHPVワクチンの定期接種を知らせる積極的な呼びかけが一時止まり、2022年4月に再開されました。それでも声明は、再開後の接種率の回復が十分とはいえず、令和8年2月に公表された資料では、決められた回数の接種を終えた人が対象者の約半数にとどまる状況を示しています。2
同じ声明では、子宮頸がんによって日本国内で年間約2,900人の命が失われていることにも触れています。子宮頸がんは、ワクチンと検診の両方で予防に関われる数少ないがんです。世界保健機関(WHO)も、2030年までに15歳未満の女子の90%がHPVワクチンを完了し、70%が適切な検診を受け、90%が治療につながる「90-70-90」目標を掲げています。3
声明が伝えているのは、「産婦人科へ紹介してください」という単純な依頼だけではありません。小児科、内科、耳鼻咽喉科、歯科など、子どもや保護者と接する日常診療の中で、HPVワクチンという選択肢を一言紹介してほしいという呼びかけです。その一言は接種を決めるための結論ではなく、本人と保護者が公的情報を確認し、納得して考えるための入口になります。
3. 口腔がんと中咽頭がんはどこが違うのか
「口のがん」と一括りにすると、HPVとの関係が見えにくくなりがちでしょう。歯科でよく確認する口の中と、のどの奥にある中咽頭では、体のつくりも、がんに関係する要因も異なります。
| 種類 | 主にできる場所 | HPVとの関係 | 主に関係する要因 |
|---|---|---|---|
| 口腔がん | 舌の前方・側縁、歯ぐき、頬の内側、舌の下など | 一部で関係が報告されていますが、中咽頭ほどはっきりしていません | 喫煙、飲酒など |
| 中咽頭がん | 扁桃、舌の付け根、軟口蓋、のどの奥など | HPVの16型などが、主な原因の一つ | HPVへの感染、喫煙、飲酒など |
HPVが関係する中咽頭がんは、特に扁桃や舌の付け根にできるものとの関係がよく研究されています。経済的に豊かな国ではHPVが関係する中咽頭がんが増え、子宮頸がんとの患者数や発生傾向の比較も行われるようになりました。
HPVとの関係がはっきりしているのは中咽頭の一部で、口腔がん全体とは分けて考えます。 口腔がんでは、喫煙や飲酒などへの対策も重要です。4 この違いを知っておくと、「HPVワクチンは口腔がんに効くのか」という問いを、もう少し正確に考えられます。
4. HPVワクチンと口腔・中咽頭の研究で分かっていること
HPVワクチンについては、確かなことと、まだ研究の途中にあることを分けて考える必要があります。とくに口の中や中咽頭では、感染が減ったこと、がんと診断された人が少なかったこと、将来がんになるのを防ぐ効果が確かめられたことを、同じ意味にしないことが大切です。
子宮頸がんについては、ワクチンと検診を組み合わせる
HPVワクチンは、ワクチンで防げる種類のHPVへの感染を予防するものです。厚生労働省によると、現在の定期接種で使用される9価HPVワクチンは、HPVの16型、18型、31型、33型、45型、52型、58型など、9種類の型に対応し、子宮頸がんの原因となるHPV型の80〜90%を防ぐとされています。5
これは「接種すれば子宮頸がんにならない」という意味ではありません。ワクチンで防げない型もあるため、対象年齢を過ぎた後の子宮頸がん検診も重要です。
口の中では、まず「感染を減らす」研究が進んでいる
口の中や中咽頭については、ワクチン接種と口の中のHPV感染を調べた研究があります。2023年に報告された研究では、インドで集められた口の中の検体を調べ、接種を受けたグループでは、ワクチンで防げるHPV16型・18型の口の中での感染が少ない結果が示されました。
この研究が示すのは、HPVワクチンによって、口の中のワクチン対象型HPV感染が減る可能性です。感染が減ることと、将来がんになる人が減ることは同じではありませんが、二つを分けて調べるための出発点になります。6
「がんの診断が少なかった」という研究は、どう読むか
2025年には、個人が分からないようにした医療機関の診療データを、あとから振り返って調べた研究も公表されました。HPVワクチンを受けた人は、口腔がんや中咽頭がんと診断される可能性が低く、研究上の比率(オッズ比)は0.008でした。
オッズ比は、二つの集団の診断されやすさを比べる数値です。0.008は大きな差ですが、「ワクチンで99.2%防げた」や「がんの発症率が0.8%になった」と読む数字ではなく、接種とがん診断の関連を示す値です。この研究は診療記録を後から比べる観察研究なので、ワクチンががんを直接防ぐ効果については、別の研究で確かめる必要があります。7 現時点での整理は、次のとおりです。
- 子宮頸がんでは、HPVワクチンの意義が確立しており、接種後も検診が必要です。
- 口の中や中咽頭では、ワクチンで防げる種類のHPVの感染を減らすことを示す研究があります。
- HPVが関係する中咽頭がんの予防効果は期待されていますが、日本で「がんになるのを直接防ぐ」と確かめられた段階ではありません。
- 喫煙や飲酒などが関係する口腔がん全体を、HPVワクチンだけで予防できるわけではありません。
「感染を減らすこと」「がんになること」「どの種類のがんか」を分けて考えることが、「効く」「効かない」の二択に流されず、研究を正しく読むための手がかりになります。
5. 日本の接種制度と安全性を確認する
接種を検討する場合は、SNSの体験談だけで判断せず、厚生労働省と自治体の案内を確認してください。2026年8月時点で、定期接種の主な対象は小学校6年生から高校1年生に相当する年齢の女子で、2026年4月以降、定期接種で使われるワクチンは9価HPVワクチンのみです。5
接種回数は、1回目を受ける年齢で変わります。
- 15歳になるまでに1回目を受ける場合は、原則2回です。
- 15歳になってから1回目を受ける場合は、原則3回です。
- 接種間隔が空いた場合でも、原則として最初からやり直すのではなく、残りの回数を受けます。
よくみられる反応には、注射したところの痛み、腫れ、赤み、発熱などがあります。注射への不安や痛みをきっかけに、一時的に気を失うこともあるため、接種後は座るか横になれる場所で、しばらく休んでください。
接種後に報告されたさまざまな症状について、厚生労働省は、ワクチンを受けていない人にも同じような症状が一定数みられることや、現時点でワクチンが原因だと証明されているわけではないことを説明しています。気になる症状がある場合は、接種医療機関やかかりつけ医に相談してください。5
制度や使われるワクチンは変更されることがあるため、接種前に住民票のある自治体の最新案内も確認することが大切です。
HPVワクチンは強制されるものではありません。 効果と起こりうる反応を理解し、本人と保護者が納得したうえで判断する必要があります。しかし、WHOの「90-70-90」目標のように世界規模で防げる病気として取り組んでいることは知っていただきたいのです。
毎年7月27日は「世界頭頸部がんの日(World Head and Neck Cancer Day)」とされ、口、のど、首にできるがんの早期発見や、禁煙・節酒、HPVに関する知識が啓発されています。8 逆に言えば、啓発しなくてはならないほど世界的に深刻な問題となっている、ということです。
6. 歯科でできることは「気づき」と「橋渡し」
HPVワクチンを接種する場所は、自治体が案内する接種医療機関です。歯科医院が担えるのはワクチン接種そのものではなく、正しい情報を知るきっかけをつくり、口の中やのどの変化を必要な診療科へつなぐことです。
歯科で確認しやすいのは、舌の表面や側面、歯ぐき、頬の内側、舌の下などです。一方、扁桃や舌の付け根、のどの奥は歯科診療だけでは詳しい診察が難しく、口の中に異常がなくても、のどの違和感や飲み込みにくさ、首のしこりが続く場合は、耳鼻咽喉科での診察や細いカメラで見る検査が必要になることがあります。
医療機関によって、診察できる範囲や得意な検査が異なります。歯科で異常が見つからなかったとしても、のどの症状まで否定できるわけではありません。口の中とのどは、それぞれに合った診療科で確認します。早く見つけることは、病名を決めつけることではなく、必要な検査につながることです。
治療後の生活にも歯科が関わる
中咽頭がんは、見つけた後の治療にも歯科が関係します。がんのできた場所や広がり、手術や放射線を使う治療の組み合わせによっては、治療中や治療後に飲み込みにくさ(嚥下障害)が起こり、食事や水分をとることが難しくなる場合があります。症状の程度は治療内容などによって異なり、改善することもあれば、生涯にわたって長く続くこともあるのです。9
とくに頭や首への放射線を使った治療では、唾液をつくる腺が影響を受けて唾液の減少や口の乾きが続くことがあります。唾液には口の中を守る働きがあるため、乾燥が続くとむし歯や口の中の感染が起こりやすくなり、食べる・話す・飲み込むことにも影響します。9、10
だからこそ、治療前後に歯科でむし歯や歯周病、口の中の粘膜の状態を確認し、主治医や飲み込みを支える医療職と情報を共有する意味があるのです。歯科で行うケアの内容は治療計画や口の状態によって変わるため、受診先やケア方法は主治医と歯科で相談しましょう。9、10
7. 口の中やのどの変化はどの時点で相談するか
口内炎の多くは自然に治ります。ただし、治りにくい変化を「いつもの口内炎」と決めつけて長く様子を見るのは避けたいところです。次のような変化が2週間以上続く場合は、相談の目安として歯科口腔外科または耳鼻咽喉科を受診してください。11
- 舌、歯ぐき、頬の内側などにある治らない口内炎や傷
- 赤い斑点、白い斑点、硬いしこり、盛り上がり
- 出血しやすい変化
- 飲み込みにくさ、のどの痛み、声のかすれ
- 原因がはっきりしない片側の耳の痛み
- 首のしこり
これらの症状があるからといって、すぐにがんとは限りません。それでも早めに診断できれば、必要な検査や治療の選択肢を検討しやすくなります。自己判断で長く様子を見ず、まず相談することが大切です。
HPVワクチンは、子宮頸がん予防を中心に確かな意義が示されているワクチンであり、将来的にはHPVが関係する中咽頭がんの予防にも役立つ可能性が期待されています。一方で、喫煙や飲酒などが関係する口腔がんすべてを防ぐワクチンではありません。だからこそ、ワクチン、生活習慣、検診、そして早期発見を別々の対策として組み合わせることが大切です。
かわせみデンタルクリニックでは、むし歯や歯周病の管理だけでなく、口の中の粘膜や舌の異常についてのご相談も受けています。治りにくい口内炎、舌の痛み、口の中のできものなどが気になる場合は、診察を受けることをご検討ください。
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参考文献
- 千葉県産科婦人科医学会「★『ちばHPV zero プロジェクト』からのお知らせ」2025年12月24日。https://chibaog.org/news/6254/
- 日本産科婦人科学会「全ての診療科の先生方へ 子宮頸がんを『予防できる病』に:HPVワクチン接種率向上へのお願い」2026年8月7日。[PDF] https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20260807_HPV.pdf
- World Health Organization. “Cervical cancer elimination initiative.” https://www.who.int/initiatives/cervical-cancer-elimination
- Ndon S, Singh A, Ha PK, et al. Human Papillomavirus-Associated Oropharyngeal Cancer: Global Epidemiology and Public Policy Implications. Cancers. 2023;15(16):4080. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10452639/
- 厚生労働省「HPVワクチンに関するQ&A」2026年。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/hpv_qa.html
- Gheit T, et al. Impact of HPV vaccination on HPV-related oral infections. Oral Oncology. 2023;136:106244. doi:10.1016/j.oraloncology.2022.106244. PMID:36402055. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9833124/
- Katz J, Gao H, Garcia AI. HPV-Vaccine and Reduced Odds Ratio for Oral and Oropharyngeal Cancer in Both Genders. Journal of Oral Pathology & Medicine. 2025;54(9):895-902. doi:10.1111/jop.70016. PMID:40836317. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40836317/
- Mouth Cancer Foundation. “World Head and Neck Cancer Day.” 2026年7月1日。https://www.mouthcancerfoundation.org/news/world-head-and-neck-cancer-day-10/
- National Cancer Institute. “Mouth and Throat Problems: Cancer Treatment Side Effects.” https://www.cancer.gov/about-cancer/treatment/side-effects/mouth-throat
- National Institute of Dental and Craniofacial Research. “Cancer Treatments & Oral Health.” https://www.nidcr.nih.gov/health-info/cancer-treatments
- National Institute of Dental and Craniofacial Research. “Oral Cancer.” Oral Cancer
執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中。TV取材多数
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