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国民皆歯科健診の37年——落ちた6回と、通った3回の違い

最終更新日:2026/10/8

この記事で分かること:1989年から2026年に、歯科が公的な健診制度へ入れなかった6回は、どれも新しい項目や新しい対象を「足す」提案でした。入れた3回は、どれも既にある制度の枠を1つ動かしただけでした。

目次
  1. 37年でできたのは「全員の健診」ではなく、歯科が入れる5つの受け皿
  2. 制度に入れなかった機会は6回。ただし3種類に分かれる
  3. 通った3回は、どれも足していない——枠を1つ動かしただけ
  4. 一般健診が閉じた後に開いたのは、問診票・健康保持増進措置・パイロットの3本
  5. 2026年秋以降の日付は5つ。申請の締切は10月30日へ延びた
  6. 経緯が引き継がれないと、また「重要性」から始まる

1. 37年でできたのは「全員の健診」ではなく、歯科が入れる5つの受け皿

歯科が入れる制度の受け皿は5つありますが、学校を出た成人を全国一律に受け止める受け皿はありません。

2024年9月、日本歯科医師会が厚生労働省の検討会へ提出した資料に、現行の歯科健診・検診の体制が一覧で載っています1。載っている制度は、乳幼児歯科健診、学校歯科健診、妊産婦歯科健診、歯周疾患検診、歯科特殊健診、後期高齢者歯科健診の6つです。対象はいずれも、未成年、妊産婦、高齢者、特定の業務に就く人のどれかに限られます。妊産婦歯科健診は母子保健法第13条に基づく市町村の任意事業で、実施の有無・回数・費用助成は自治体ごとに異なります。ここでは成人に関わるものに絞り、一覧にない特定健診の質問票とTHPを加えて、5つに整理します。

受け皿根拠法対象歯科の入り方
学校健診学校保健安全法施行規則 第6条児童・生徒(大学は歯科を除くことができる2)検査項目として歯科がある2
歯周疾患検診健康増進法 第19条の2市町村の住民(節目年齢)検診そのものが歯科3
歯科特殊健診労働安全衛生法 第66条第3項歯又はその支持組織に有害な物(塩酸・硝酸・硫酸・亜硫酸・弗化水素・黄りん等)のガス・蒸気・粉じんを発散する業務の従事者検査そのものが歯科4
特定健診の質問票高齢者の医療の確保に関する法律40〜74歳の被保険者・被扶養者質問1問だけ5
健康保持増進措置(THP)労働安全衛生法 第69条・THP指針事業場の労働者口腔保健指導が取組例に入る6

5つとも、対象が限られています。受けられるのは、学校に在籍している人、住んでいる市町村で節目の年齢に当たった人、歯又はその支持組織に有害な物を発散する業務に就いている人、40歳以上の被保険者、健康保持増進措置に取り組む事業場の労働者です。学校を出た成人へ全国一律に行う歯科健診は、この5つのどこにもありません。 なお、歯周疾患検診は健康増進法第19条の2に基づく市町村の努力義務であり、実施の有無・対象年齢・自己負担は自治体ごとに異なります。

作ろうとする試みは37年間続いています。1989年の8020運動と2011年の歯科口腔保健法によって、歯科保健は法律に位置づけられました7。

2022年には骨太の方針へ「国民皆歯科健診」が明記されます8。積み上がったのは、歯科を公衆衛生の対象として扱うための言葉と受け皿でした。成人を受け止める受け皿だけが、今も空いています。

2022年6月の大臣会見は、この呼び名を「いわゆる国民皆歯科健診」とし、財源や全国民への強制まで決めたものではないと説明しています9。確認した公表資料では、誰が最初にこの呼び名を作ったかは分かりません。健康日本21(第三次)も、別の政策文書で「誰一人取り残さない健康づくり」を掲げています10。「皆」という呼び名は、目指す姿を共有するための旗印です。その旗印を実際の受診につなげるには、いまの受け皿からこぼれる人に届く経路が要ります。

2. 制度に入れなかった機会は6回。ただし3種類に分かれる

制度に入れなかった6回は、廃案、明文の却下、不記載の3種類に分かれ、それぞれ打つ手が違います。

歯科の側から制度へ働きかけ、実らなかった機会を年表から拾うと6回あります。

種類回数何が起きたか次に何をすれば違う結果になるか
廃案32008〜2009年、歯科口腔保健の法制化を目指す法案が3度提出され、いずれも成立しなかった7審議の手続の問題。2011年に委員長提出という形で成立し、解消済み
明文の却下22024年11月の中間とりまとめ11、2025年12月の報告書12。いずれも労働安全衛生法の一般健康診断への歯科の追加は困難と結論却下の理由が書かれている。その理由に答える材料をそろえる
不記載12026年2月10日、高年齢者の労働災害防止のための指針13と、治療と就業の両立支援の指針14が同じ日に告示された。どちらにも「歯科」「口腔」「歯」の語が1度も出てこないまだ議題になっていない。どの指針の目的に結びつけるかを先に決める

廃案は手続の問題であり、すでに解決しています。明文の却下には理由が書かれており、答える相手がはっきりしています。2024年11月の結論は「業務起因性又は業務増悪性、就業上の措置等のエビデンスが乏しい」でした。これは歯科の重要性を否定したものではありません。仕事が歯の病気を起こしたり悪くしたりするのか、健診のあとで職場が何をするのか、という労働安全衛生法の問いに答える証拠が足りない、という判定でした11。

この検討会は歯科以外の項目も判定しました。2025年12月の報告書で、一般健康診断への追加が認められたのは血清クレアチニン検査(40歳未満は医師の判断で省略可)だけでした。眼底検査と骨粗鬆症検査は追加困難とされ、喀痰検査は廃止されました12。歯科も、ほかの項目と同じ物差しで判断されました。

一番手前にあるのが不記載です。2026年2月の2つの指針は、いずれも法定化にあたって歯科を検討した形跡がありません。この指針の前身にあたるエイジフレンドリーガイドライン(高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン)には「口腔衛生」の語が2か所あります。1か所は、運動や休養・睡眠、食事などと並ぶ保健指導の例示の中にあります。もう1か所は、エイジ・マネジメント(若年時からの準備)の健康づくりの支援という、高年齢者対策そのものの項目にあります。どちらの箇所にも、THPへの言及はありません15。歯科は、まだ議題になる前の段階にあります。

3. 通った3回は、どれも足していない——枠を1つ動かしただけ

通った3回は、制度の総量を増やさず、既にある枠の中身を動かしたものでした。

では、入れた3回は何が違ったのでしょうか。同じ年表から拾うと、次の3回です。

2018年度:特定健診の質問票へ、咀嚼の質問が1問

「食事をかんで食べる時の状態はどれにあてはまりますか」の1問が入りました5。既にあった質問1問(体重増減)との入れ替えで、質問票の総数を保った変更です。

2022年10月:歯科特殊健診の結果報告義務が、全事業場へ

それまでは労働者50人以上の事業場だけが対象でしたが、規模を問わず報告が必要になりました4。既にある検査の報告先を広げた変更です。対象は歯又はその支持組織に有害な物(塩酸・硝酸・硫酸・亜硫酸・弗化水素・黄りん等)を発散する業務の従事者に限られたままで、国民皆歯科健診とは別の制度です。

2024年度:市町村の歯周疾患検診に、20歳と30歳

従来の40・50・60・70歳という節目年齢の枠を広げました。同じ年度に、市区町村分の受診者は359,554人(令和5年)から437,382人(令和6年)へ増えています16,17,18。既にある検診の対象年齢を動かした変更です。

3件に共通するのは、制度の総量を保ったまま、中身を1つ動かしたことです。質問票の問数、検査の種類、検診の本数はそのままでした。落ちた6回がいずれも新しい項目・新しい対象・新しい法律を足す提案だったことと、対照的です。

この3件から言えるのは、通った実績があるのは既存の枠を動かす形だった、ということです。

4. 一般健診が閉じた後に開いたのは、問診票・健康保持増進措置・パイロットの3本

一般健診への追加が閉じた後、問診票、健康保持増進措置、パイロット事業の3つの経路が動きました。

労働安全衛生法の一般健康診断という経路が2度閉じた後、代わりに3本の経路が動きました。

1本目:問診票

2025年7月1日、厚生労働省労働衛生課長名の通知が出ました19。対象は、一般健康診断の問診票に咀嚼の質問を設けている事業場です。「歯や歯ぐき、かみあわせなど気になる部分があり、かみにくいことがある」「ほとんどかめない」と答えた労働者へ、歯科の早期受診を勧めるよう協力を求めています。一般健康診断には、法律で決まった問診票の様式がありません。この咀嚼の質問は、もともと40〜74歳を対象とする特定健診の質問票(第1節・第3節)の1問で、事業場が一般健診の問診票へ流用している場合に使われます。特定健診の対象に満たない労働者には、この経路がありません。

2本目:健康保持増進措置(THP)

2026年2月10日、健康保持増進のための指針が公示第12号として改正されました6。健康保持増進措置の取組内容に「歯と口の健康づくりに向けた口腔保健指導」が挙げられており6、一般健診への追加とは別に、職場から歯科へ接続する足場が残っています。同年7月3日の検討会報告書案では、歯科疾患が2次予防の対象となる疾病の一つとして位置づけられました20。ただしこれは案の段階であり、確定した施策ではありません。

3本目:パイロット事業

令和7年度補正予算に、生涯を通じた歯科健診のパイロット事業が盛り込まれました21。2026年7月8日には職域向けの募集が始まりました22。7月23日にはU.E.N.O.Planが工程を示し23、7月31日には歯科健診等のあり方等に関する検討会の中間とりまとめが確定しました24。

中間とりまとめは、簡易な口腔スクリーニングを制度のどこに置くかまでを定め、次の3つを検証課題として残しています24。①判定基準や運用条件、②歯周病以外の口腔疾患の評価方法、③効果的な歯科保健指導・受診勧奨の方法。

なお、確定版24では検査の呼び分けが案の段階(中間とりまとめ(案)25)から変わりました。案の用語をそのまま引くと誤りになります。

5. 2026年秋以降の日付は5つ。申請の締切は10月30日へ延びた

これからの日付は、募集要領で確定したもの、政策計画の予定、検討段階のものという3つの区分です。

日付が並ぶと、どれも同じ重さの決定に見えます。実際には3段に分かれます。募集要領で日付が決まっているもの、政策計画に予定として書かれたもの、まだ検討と書かれているものの3つです。

第1段:日付が決まっている(募集要領に明記)

時期内容
2026年10月30日職域パイロット事業の申請締切(消印有効。申請は事業主・保険者等が行う)。当初の9月30日から延長された22
2027年1月29日同事業の実施期限22

第2段:予定として公表されている(政策計画・制度概要)

時期内容
2027年度自治体・保険者の双方で簡易歯科健診を制度上に位置づけ。歯周疾患検診を10歳刻みから5歳刻みへ23
2027年度〜第4期後期高齢者支援金の加算・減算制度で、総合評価指標の大項目に歯科健診等の実施状況が入る26

第3段:まだ「検討」と書かれている

時期内容
2028年度〜自治体の簡易歯科健診を健康増進法上の制度として普及することを検討23

加算・減算には時間差があります。制度へ追加される2027年度と、取組実績が支援金へ反映される2029年度は別の年です。保険者から見れば2年後に効いてくる話であり、これ自体が動機づけを弱める要因になります26。

止まるとすれば、地点は2つです。

政策計画は施策の方向を示します。 骨太の方針やU.E.N.O.Planに書かれた施策は、予算措置、法令・通知・指針の改正、実施要領の整備を経て初めて具体化します23,27。U.E.N.O.Planが令和10年度からの検討に挙げているのは、自治体の簡易歯科健診を健康増進法上の制度として普及させることと、職域での実績を踏まえた更なる普及策の2つです23。どちらも「検討」の段階で、検討の結果、制度にならないこともあり得ます。

費用の負担者を決める段階が残っていると考えます。誰が払うのかは対象・目的ごとに分かれたままです。負担する人が決まらない施策は、計画に残っても実施へ移りにくくなります。

6. 経緯が引き継がれないと、また「重要性」から始まる

経緯を記録に残し、既にある枠を動かす形を先に探すことが、同じ提案を繰り返さない近道です。

2012年、8020推進財団の報告書は、唾液中のヘモグロビンを測る製品を取り上げ、歯科医師のいない場でも歯周病のリスクを拾う方法を検討しました。医療保険や特定健診への導入も望んでいました28。2026年の厚生労働省の検討会資料は、同じ報告書を出典に挙げ、唾液検査による簡易な口腔スクリーニングを再び検討しています29。「まず受けてもらう」ために入口を簡単にする発想は、今回が初めてではありません。 当時どれだけの人が受けたか、なぜ広まらなかったかまでは、これらの資料では確かめられません。

2024年と2025年の報告書には、一般健診への追加が難しい理由が書き残されています11,12。2012年の報告書が2026年の資料に引かれたことも、経緯をたどる手がかりになります。

落ちた6回と通った3回の違いは、新しいものを足したか、既にある枠を動かしたかでした。 歯科を制度へ入れようと提案する人(歯科医師会や学会、自治体・保険者・事業者の担当者)は、次の順で考えると、同じ提案を「重要性」から始め直さずに済むかも知れません。

  1. 新しい健診を足す前に、既にある枠(特定健診の質問票、健康保持増進措置、歯周疾患検診の対象年齢)を動かせないかを探す
  2. 一般健診へ足すなら、却下の理由(仕事と歯の病気の関係、健診のあとに職場がすること)に答える材料を先にそろえる
  3. 提案と結果を記録に残し、担当が代わっても次の人がそこから始められるようにする

関連記事

参考文献

  1. 日本歯科医師会「一般健康診断に『歯科』を盛り込む必要性について」労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会 第7回 提出資料(2024年9月20日)
  2. 学校保健安全法施行規則(昭和33年6月13日文部省令第18号)第6条
  3. 厚生労働省「歯周病検診マニュアル2023」
  4. 大阪労働局「令和4年10月1日から 歯科健康診断結果報告が必要になります」 [PDF]
  5. 厚生労働省「第三期特定健康診査等実施計画期間に向けての特定健診・保健指導の実施について(これまでの議論の整理)」(2016年8月10日・検討会参考資料)
  6. 厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」(指針本文、健康保持増進のための指針公示第12号改正、令和8年2月10日、全7頁。「歯と口の健康づくりに向けた口腔保健指導」の記載あり)
  7. 小椋正之(厚生労働省医政局歯科保健課)「『歯科口腔保健の推進に関する法律』に基づく基本的事項の特色と今後の歯科口腔保健施策について」保健医療科学 63巻2号 p.98-106(2014) [PDF]
  8. 日本歯科医師会「『経済財政運営と改革の基本方針2022』について」(2022年6月8日)
  9. 厚生労働省「後藤大臣会見概要」(2022年6月3日)
  10. 厚生労働省「健康日本21(第三次)」
  11. 厚生労働省「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会 中間とりまとめ」(2024年11月1日)
  12. 厚生労働省「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会 報告書」(2025年12月24日公表)
  13. 厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針」(令和8年2月10日 高年齢者の労働災害防止のための指針公示第1号、令和8年4月1日適用、全10頁)
  14. 厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号、労働施策総合推進法第27条の3第2項、令和8年2月10日、令和8年4月1日適用、全29頁) [PDF]
  15. 厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン、令和2年3月16日 基安発0316第1号。「口腔衛生」はPDFの19頁・20頁の2か所)
  16. 厚生労働省「令和6年度 予算案の概要」健康・生活衛生局(歯周疾患検診の対象年齢拡大は6頁) [PDF]
  17. 厚生労働省「令和6年度 地域保健・健康増進事業報告」健康増進編 第2章市区町村表 表9(歯周疾患検診)
  18. 歯科健診等のあり方等に関する検討会「第1回 資料2 歯科健診を取り巻く現状と検討会の今後の進め方について」(令和8年5月11日)
  19. 基安労発0701第1号「一般健康診断問診票を活用した歯科受診勧奨について(協力依頼)」(2025年7月1日)
  20. 厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進の在り方に関する検討会 報告書(案)」(2026年7月3日)
  21. 厚生労働省「令和8年度予算案・税制改正について」第125回社会保障審議会医療部会 資料4(2026年3月9日)
  22. 職域における生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)パイロット事業 募集要項(株式会社NTTデータ経営研究所、2026年7月8日)
  23. 厚生労働省「U.E.N.O.Plan 〜攻めの予防医療 厚生労働省関係施策〜」(2026年7月23日公表)
  24. 歯科健診等のあり方等に関する検討会「中間とりまとめ」(確定版、2026年7月31日公表)
  25. 歯科健診等のあり方等に関する検討会「中間とりまとめ(案)」(第2回資料3、2026年6月22日。確定版は出典24)
  26. 厚生労働省「第4期後期高齢者支援金の加算・減算制度について(2027〜2029年度)」
  27. 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太の方針2026)(2026年7月21日閣議決定)
  28. 8020推進財団「唾液検査標準化に関する研究」(指定研究事業報告書、平成24年、11頁・41〜43頁)
  29. 厚生労働省「第1回歯科健診等のあり方等に関する検討会 資料3 簡易な口腔スクリーニングを用いた歯科健診について」(2026年5月11日、5頁)


執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中。TV取材多数
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