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国民皆歯科健診のモデル事業で、事業所と保険者が出せると答えた額は費用に届いたか——1人2,500円未満と平均4,727円

モデル事業の報告書自身が、負担可能な金額と実態には「大きな乖離がある」と書いています。この記事では、その差を誰が受け持つかを決めるために、次のパイロット事業で何を測ればよいかを示します。パイロット事業を設計・評価する人と、参加を考える事業所・保険者の担当者に向けて書きました。

目次
  1. 出せると答えた額は、実際の費用に届いていない
  2. 簡易な検査を選んでも、費用の差は残る
  3. 医療費が下がるという説明では、差はまだ埋まらない
  4. 国の工程は示されたが、差を誰が負担するかはまだ書かれていない
  5. 提言:次のパイロット事業で、費用と出せる額を同じ物差しで測る
  6. 結論:出せる額は費用に届いておらず、次は差の中身を測る段階

1. 出せると答えた額は、実際の費用に届いていない

モデル事業に参加した事業所と保険者が独自の予算で出せると答えた額は、同じ事業で実際にかかった1人当たりの費用を下回りました。

厚生労働省の令和6年3月の報告書は、この問いへの事業所と保険者の回答と、1人当たりの運用費の概算を載せています1。並べると、次のとおりです。

方式出せると答えた額実際の費用(運用費の概算・平均)
歯科健診1人2,500円未満(20件中14件)4,727円
簡易な歯科検査1,000円未満(72件中58件)2,739円

歯科健診では、実際の費用が出せる額の2倍近くになります。簡易な歯科検査の1,000円未満は3つの区分を合わせた数で、単独で最も多い区分は500円以上1,000円未満の30.6%でした1。報告書自身が、負担可能な金額と実態には「大きな乖離がある」と書き、出せる額は現在の市場価格や自治体の歯周疾患検診の費用よりも安いと述べています1。

回答したのは、モデル事業に参加した事業所と保険者の20件と72件です。全国の企業が同じ上限を持つという意味ではありません。それでも、自ら参加を選んだ事業所と保険者でさえ届いていない点に、この差の重さがあります。

2. 簡易な検査を選んでも、費用の差は残る

簡易な検査は、歯科健診より参加率が高く、費用も低い方式です。それでも、実際の費用は出せる額の2倍を超えました。

簡易な検査の平均2,739円は、歯科健診の平均4,727円の約6割です。それでも、出せる額の区切りである1,000円の2.7倍になります1。費用の大部分は検査そのもので、検査キットだけで1人400円から2,000円程度かかり、1,000円を超える場合もあります1。

参加率の高さは、職域のモデルで確かめられています。案内した対象者のうち参加した人は、歯科健診・歯科保健指導が5,916人中1,244人(約2割)、簡易な歯科検査が24,711人中9,761人(約4割)でした1。

ただし参加率の数字は、何を分母にしたかで大きく変わります。同じ報告書の自治体モデルにある7.6%と40.7%が、その例です1。7.6%は、歯周疾患検診の新設に向けた2自治体で、健診対象者4,293人のうち327人が受けた数字です。40.7%は、37フィールドの住民健診や講座などの場で検査の機会を提供した7,626人のうち、3,107人が参加した数字です1。5倍を超える開きには、方式の違いと分母の違いが重なっています。令和7年度の職域モデルでも97.7%と89.9%という参加率が示されていますが、資料は分母を定義していません2。案内した人を分母にした上の数字とは並べて読めません。

参加率は方式で上げられます。費用の差は、どちらの方式を選んでも残ります。

3. 医療費が下がるという説明では、差はまだ埋まらない

この記事で引いた研究では、医科医療費が下がるという結果は確認されておらず、費用の差を効果の説明で埋めることは今のところできません。

差を埋める説明として最初に挙がるのは、「歯科健診で医療費が下がる」という主張です。ある企業の従業員2,104人について、職域の歯科保健対策への5年間の参加状況と医療費を分析した研究があります。2023年度の実施状況報告書によると、参加と医科の外来医療費・入院医療費との間に、有意な関連は確認されませんでした3。

歯科の医療費では、低い方向の結果が出ています。同じ研究課題の別解析では、集団歯科健診を5年間に4回または5回受けた群で、受診なしの群に比べて年平均の歯科の診療医療費が低い結果でした3。受診なしの群を1とした医療費の比(率比)は0.87で、1割あまり低いことを表します。推定の幅(95%信頼区間)も0.77から0.98と1を下回り、偶然だけでは説明しにくい差です。無作為に割り付けた試験ではないため、健診だけが差を生んだとは断定できません。

仕事の能率で説明する研究もあります。日本の正規雇用者435人の集団で、自己申告で歯周の状態が悪いことと、仕事の遂行能力が落ちていることとの関連を報告した横断研究(ある一時点で調べた研究)です4。歯科健診でその低下が回復したことや、損失額を示した研究ではありません。

このため、初期のパイロット事業を医療費の削減で評価するのは早すぎます。まず、受診へつながった割合、実施の負担、継続率で、試した仕組みが動いたかを評価します。医療費の変化は観察期間が要るので、別の段階で確かめます。

4. 国の工程は示されたが、差を誰が負担するかはまだ書かれていない

国はパイロット事業に予算を付け、保険者の評価制度へ簡易歯科健診を加える工程を示しました。平時に1人当たりの費用を誰が負担するかは、この記事で引いた資料には書かれていません。

U.E.N.O.Planは、令和7年度補正予算による約8.8億円のパイロット事業を掲げています5。同じ計画は、令和9年度から医療保険者の負担金の加算・減算制度(保険者の取組の実績に応じて負担金を増減させる仕組み)へ簡易歯科健診を加えるとしています。自治体の簡易歯科健診については、令和10年度から健康増進法上の制度としての普及を検討するとしています5。

自治体の見積もりも低くとどまりました。簡易な歯科検査に参加した自治体では、継続に向けた1人当たりの検査費用を500円未満とする回答が8割以上で、報告書は使った検査の費用と大きな乖離があるとしています1。

差を受け持つ候補は、事業主、保険者、自治体、国、受ける本人です。どこが受け持つかで、参加率も続けやすさも変わります。受け持ち手を決めるには、まず差がどの費目から生まれているかを知る必要があります。

5. 提言:次のパイロット事業で、費用と出せる額を同じ物差しで測る

厚生労働省とパイロット事業の実施者、参加する事業所と保険者が、費用を費目ごとに記録して出せる額と並べれば、差を誰が埋めるかを決める材料がそろいます。

次の3つを記録し、公表することを勧めます。

  • 1人当たり費用を費目ごとに記録する——報告書の費目は、案内媒体製作費、会場費、検査費、歯科保健指導費、対応スタッフ人件費でした1。大部分を占める検査費を検査の種類ごとに分ければ、どこを下げれば出せる額に近づくかが分かります
  • 参加率の分母をそろえる——案内した対象者を分母にした参加率と、健診や講座などの場で機会を示した人を分母にした参加率を分けて出します。方式の差と分母の違いを取り違えずに済みます
  • 出せる額を、参加しなかった事業所と保険者にも尋ねる——参加した側の20件と72件だけでは、全国で続けられる額は見えてきません

この3つは、厚生労働省の検討会が2026年7月に公表した中間とりまとめが求める検証とも重なります。中間とりまとめは簡易歯科健診を、歯科医師が口腔診査を行う歯科健診を代替するものではなく、歯科未受診者を歯科健診や歯科受診につなげる入口と位置づけています6。そのうえで、受診率の向上はゴールではなく、適切な歯科受診につながる歯科健診や受診勧奨のあり方を引き続き議論することが求められるとしています6。

3つがそろえば、どの費目を誰が受け持てば続けられるかを、実測にもとづいて決められます。

6. 結論:出せる額は費用に届いておらず、次は差の中身を測る段階

事業所と保険者が出せると答えた額は、実際の費用に届いていません。

歯科健診は1人2,500円未満に対して平均4,727円、簡易な歯科検査は1,000円未満に対して平均2,739円でした。報告書自身が「大きな乖離がある」と書いています1。簡易な検査を選んでも差は残り、医療費が下がるという説明で埋める根拠もまだそろっていません。

できるところから試し、実測を積むのがパイロット事業の役割です。次のパイロット事業で、厚生労働省と実施者が参加人数に加えて費目別の費用と出せる額を同じ物差しで示せば、国と保険者と事業所が差をどれだけずつ受け持つかを決められるようになります。

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参考文献

  1. 厚生労働省「就労世代の歯科健康診査等推進事業に係る調査研究等一式」報告書(令和6年3月)
  2. 厚生労働省「歯科健診を取り巻く現状と検討会の今後の進め方について」(歯科健診等のあり方等に関する検討会 第1回 資料2)
  3. 科学研究費助成事業 22K17276「職域での歯科健診を含む歯科保健対策による医療費抑制効果の10年間の検証」(医科外来・入院医療費との関連は2023年度実施状況報告書)および持田悠貴ほか「事業所での集団歯科健診および歯科医院での個別歯科健診への受診と外来の歯科診療医療費および診療実日数との関係:縦断研究」口腔衛生学会雑誌 2024;74(4):290-297. DOI: 10.5834/jdh.74.4_290
  4. Sato Y, Yoshioka E, Takekawa M, et al. Cross-sectional associations between oral diseases and work productivity loss among regular employees in Japan. Industrial Health. 2023;61(1):3-13. DOI: 10.2486/indhealth.2021-0274
  5. 厚生労働省「U.E.N.O.Plan 〜攻めの予防医療 厚生労働省関係施策〜」(2026年7月23日公表)
  6. 歯科健診等のあり方等に関する検討会「中間とりまとめ」(2026年7月31日公表)


執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中。TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づく、正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けします。


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