【俗信】白馬と「歯」をめぐる不思議な俗信
霊柩車を見て「親指を隠す」だけでなく、歯まで隠す風習が東北や中部地方の一部で伝承されてきました。この「歯を隠す」行為の背景には、白馬(あおうま)に歯を見せると様々な“災い”が起きるという古い俗信があり、死や穢れを遠ざける呪術的思考が色濃く反映されています。

1.白馬と歯の「見せてはいけない」俗信
民俗学データベースには「白馬に歯を見せると…」で始まる禁忌が17件登録されています。主な内容は大きく3つに分かれます。
| カテゴリー | 内容の例 |
|---|---|
| ① 歯の色・質の変化 | 白馬に歯を見せると「歯が白くなる/黒くなる」「歯が腐る」 |
| ② 親や家族の死 | 白馬に歯を見せると「親に先立たれる」「親が亡くなる」 |
| ③ 身体への悪影響・変身 | 白馬に歯を見せると「歯が抜ける」「馬の歯になる」「歯が痛む」 |
たとえば岩手県では「白馬に歯を見せると髪も白くなる」「親に先立たれる」と言い、中部や関東では歯が黒くなる、抜けるといった話が伝わっています。
2.霊柩車の「親指&歯隠し」とのつながり
霊柩車に対しては全国的に「親指を隠す」習慣が知られますが、宮城県では「歯を見せない」ことも求められました。霊柩車ではありませんが、新潟県では「忌中の家の前を通る時、歯と親指を見せて通ると親が早く死ぬので、歯と親指は隠して通らなければならない」というのもあり、これは「白馬に歯を見せてはいけない」俗信とほぼ同一の禁止事項です。
- 親指を隠す理由:
「魂の出入り口」とされ、「親(おや)」と同語でもあります。また、仏教の礼法「叉手(さしゅ)」に由来し、死者への敬意を示すとも言われます。 - 歯を隠す理由:
日本では歯は「生命力の象徴」。特に白い歯は若さや未熟さの象徴でもあり、死や穢れの世界に“露出”するのを避けるべきとされました。この部分はお歯黒の項目で後述します。
3.白馬と親指の「見せてはいけない」俗信
- 千葉県市川市では「白馬を見た時は親指を隠さないと親が死ぬ」という記録が残っています。
- 愛知県では「白馬に親指を見せると 黒くなる、抜ける、指が腐る、親が死ぬ、凶事がある」と6件記録されています。
- 群馬県では「白馬を見た時、親指を隠し口を閉じないと不幸になる」と記録があります。
- 愛知・群馬でも独立して伝承されたことは、死の予兆としての白馬観が地域横断的だったことを示しています。
4. 「歯を隠す」風習と「親指隠し」の共通点
前段で論じた「歯を隠す」習慣と「親指隠し」は、どちらも身体の「生命力」を象徴する部位を霊的脅威から守る点で共通します。
- 親指は「魂の出入り口」とされ、歯は「生命力の象徴」と見なされてきました。
- 霊柩車や白馬など、死の気配を強く帯びる対象に対しては、両者とも露出を避けることで呪術的安全を確保しようとしたわけです。
5.白馬が凶兆とされた理由──身近に息づく「死」と「神秘」
白馬は日本各地の民間伝承で「見ると不幸が訪れる」と語られてきました。その背景には、希少性に基づく神秘性、白色が帯びる「清浄」と「喪」の二面性、陰陽道や仏教儀礼における死の前兆としての読み替えがあったようです。そして面白いことに、日本の伝承とは関係ないと思いますが、世界各地の神話に共通する「白馬=死」のイメージも存在します。
・希少性ゆえの神秘性
野生や農耕で見かける一般の馬に対し、白毛の馬は非常に珍しく、ほぼ特別な存在でした。
- アルビノに次ぐ希少性から「神の化身」「神の使い」として畏敬された歴史が古今東西に残ります。
- 日本でも「白馬を見た者は、神の世界を垣間見る」と信じられ、同時に「死者の世界とつながる存在」と恐れられたようです。
・「白」の持つ二つの意味
日本文化で白は、清らかさや神聖さを象徴する一方、死や喪をも示します。
- 神社の装束や結婚式の白無垢に代表される「清浄」
- 死者の装束や経帷子(きょうかたびら)などに用いられる「喪」
この二面性が「白馬=聖なる存在」でもあり「死を告げる使者」でもあるという、不安定で畏怖を呼ぶイメージを生んできました。
・陰陽道・仏教儀礼での前兆読み
平安時代以降、陰陽師や仏教僧は「禍事の予兆」を白いものに読み込む占術を発達させました。
- たとえば白旗や白幡(しろばん)と同様に、白馬の出現も「この世とあの世の境界が揺らぐ兆し」と解釈されたのです。
- 仏教伝承においても、死後の旅立ちや転生を導く馬の色として白が選ばれる例があり、白馬は「死へ導く使者」の象徴とされました。
・世界の「死と白馬」伝説との共鳴
海外の物語にも「白馬=死」のイメージが色濃く残ります。
- ヨハネ黙示録の「蒼白い馬」は四騎士のうち“死”を運ぶ騎手が乗る馬です。
- ケルト神話のモリガン、北欧神話のオーディンなど死と結びつく白馬伝説があり、異なる文化圏が「白い馬」に死の象徴性を重ね合わせてきた点は興味深い共通項であり、その存在は常に神秘的かつ畏怖の念を呼び起こしてきました。
6.「白」と「死」のあいだ──お歯黒文化との関係
江戸時代まで続いたお歯黒(既婚女性が歯を黒く染める習慣)は、白い歯を「若さ」「貞操の未成熟」とみなす文化的背景を示しています。乙女の言い換えとして白歯、白歯娘とも言います。このことから、白い歯を死者や霊の前で見せることは、自らの生命力をむき出しにする行為とされ、忌避されたと考えられます。
7.まとめと現代に残るかたち
地域によって様々ですが、霊柩車、白馬、親指、歯、それぞれがそれぞれに関係していました。
- 死を感じさせる「霊柩車」と「白馬」
- 隠さないといけない「親指」と「歯」
かつての白馬と歯にまつわる俗信は、「死」と「清浄」のあいだに引かれた見えない境界線を守るための知恵だったのかもしれません。現代の私たちにとっては奇異に映るかもしれませんが、かつては生命力を守り、穢れから身を避ける大切な俗信だったようです。
恐らく、同じように死を感じさせるものから隠さなければならない親族や自分の生命力に関わるものを遠ざけようとする俗信は他にもあるのではないでしょうか。
参考文献
- 俗信データベース – 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 | 国立歴史民俗博物館(白馬 歯 / 霊柩車 / 親指 などで検索)
- 忌中の家の前を通る時、歯と親指を見せて通ると親が早く死ぬので、歯と親指は隠して通らなければならない(新潟県新津市)
- 宮城ですが、親指隠せ歯は見せるなって言われてましたよ | ガールズちゃんねる – Girls Channel –
- 霊柩車を見たら親指を隠すのはなぜ?行動の由来や葬儀に関する他の言い伝えも紹介 | ひとたび
- 霊柩車で「親指を隠す」迷信とは?意味と基本ポイント | CARPRIME(カープライム)
- 民俗学から見た医療と歯の俗信 2019年2月2日 東京臨床小児歯科研究会 [PDF]
- 叉手(サス)とは? 意味や使い方 – コトバンク
- お歯黒について – 歯とお口のことなら何でもわかる テーマパーク8020
- 白歯(シラハ)とは? 意味や使い方 – コトバンク
- 乙女/おとめ – 語源由来辞典
- 新年の白馬神事 ~青、白、黒の馬??~|乗馬クラブクレイン
- 白馬を見た時は親指を隠さないと親が死ぬ。 | 怪異・妖怪伝承データベース
- 古代日本の「白色信仰」白い色は〇〇の色…?日本人と白色の浅からぬ関係 | ライフスタイル – Japaaan
- 昔の日本は白い喪服だった??喪服が黒になった理由と時期について。 | 樹木葬 枚方 千年オリーブの森(京阪奈墓地公園内)
- 日本文化】生と死を繋ぐ白色について | Japanese style web design いろはクロス
参考動画
- ゆる民俗学ラジオ「霊柩車を見たら親指を隠す」は、資本主義によって生まれた。#109 – YouTube: https://youtu.be/VrqJZ6IHBUM?si=YyS7mTh-e32vi0T3
- 「親指隠し」は、学校教育から生まれた。#110 – YouTube: https://youtu.be/0aMR9cy5Dj8?si=7ns-ycqd9FKYCJm7
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