電気メスによる組織1g分の煙はフィルターなしタバコ6本分相当
手術煙って何?
手術室で使われる電気メス(エレクトロコーテリー)は、高周波電流の熱で組織を切ったり止血したりする道具です。このときに発生する手術煙(プルーム)は、95%が水蒸気ですが、残りの5%には化学物質や微細な粒子、さらには細菌やウイルスが含まれていることがわかっています。

手術煙に含まれる主な成分
- 発がん性物質:ベンゼンやホルムアルデヒド、1,3-ブタジエン(発癌性グループ1)など
- 有害ガス:一酸化炭素、シアン化水素など
- 微細粒子:電気メス煙の90%の粒子は6.27μm以下で、直径0.1μm以下のものもある。5μm未満の粒子は一般的なサージカルマスクでは濾過できず、95%の粒子が呼吸器深部まで到達する
- 病原体:ヒトパピローマウイルス(HPV)やB型肝炎ウイルス(HBV)、さらには新型コロナウイルスも検出例あり
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のRNAが手術煙中に検出された報告もあり、ウイルス感染の可能性への議論が続いています。ただし、実際に手術煙から感染が起きた例は今のところ確認されていません。
医療従事者への影響
急性症状
- 頭痛(72.8%)、めまい(74.2%)、咳(70.3%)、目の刺激感(65.7%)、吐き気(63.4%)など
長期リスク
- 慢性気管支炎や肺線維症などの呼吸器疾患
- 心血管疾患リスクの増加
- 発がんリスクの上昇
変異原性と発癌性
重要な研究結果として、電気メス煙の変異原性はタバコ煙よりも強い可能性が指摘されています。1グラムの組織を電気メスで切除した際に発生する煙の変異原性は、フィルターなしタバコ6本分の煙に相当するとされ、手術室で1日働く外科医は27-30本のフィルターなしタバコを吸うのと同等の変異原性物質に曝露される可能性があります。
安全対策:どんな方法があるの?
- 煙排出システムの導入
手術台近くで積極的に煙を吸引・排出する装置で、周囲の化学物質濃度を大幅に下げられます。 - 個人防護具(PPE)の着用
普通のサージカルマスクでは不十分なため、N95やFFP3などの高性能マスクを推奨。 - 換気・工学的対策
層流換気や陰圧換気など、手術室の換気システムを適切に運用することで、煙の滞留を防ぎます。 - 器具の選択
超音波メスやバイポーラ電気メスなど、煙発生量が少ない道具の利用も有効です。 - 教育と管理
医療従事者への定期的な研修や、施設内での明確なポリシー策定が重要です。
考察
一般歯科診療所の口腔外科処置において、歯肉切除や止血で使用する電気メスの手術煙は医科手術と比較すれば少量ではありますが、一般的な医科手術と比較して術野と術者の距離が近いこと、当然のことながら術野が患者さんの口腔内であるため患者自身が吸入してしまうリスクが高い部位です。
全身麻酔手術において考えた場合、術野が歯科口腔外科や耳鼻咽喉科領域だったとしても、ラリンジアルマスクや気管挿管によって呼気と吸気が手術室内とは分離されるため手術煙を吸入してしまうことはありません。
1gの組織を焼き切った場合フィルターなしタバコ6本分の変異原性ということは、0.1グラムで0.6本分。フィルターありタバコで換算した場合だと1本分は超えのではないでしょうか。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれかもしれませんが、吸わなくてなくていいならないに越したことはありません。
現実的に考えた場合、モノポーラをバイポーラに買い替えることや、処置のたびにサージカルマスクをN95マスクに交換することはではありません。なので、現実的な対策としてはサクションを術野に近付け、手術煙をしっかりと良く吸うこととなります。
おそらく、歯科において最も重要なのは患者さん自身が自分の肉が焼ける臭いを嗅がないように気をつけることが最も重要と思われます。
当然ですが、家庭内、特にリビングで行う焼き肉はお店と比べて換気が不十分になりやすいですし、BBQの煙はもちろん、焼き鳥、焼き魚、うなぎの蒲焼などから出る、ありとあらゆる肉類の煙は身体に悪いため注意が必要です。旅館での食事によくある固形燃料使用による屋内大気汚染についても論文が出ていたりしますので気になる人は参考文献からどうぞ。
参考文献
- Surgical smoke – Cimpax(外科用煙 – シンパックス)
https://cimpax.com/surgical-smoke/ - Barrett WL, Garber SM. “Surgical Smoke: A Review of the Literature. Is This Just a Lot of Hot Air?” (手術煙:文献レビュー—ただの空気?)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12605657/ - Hill DS et al. “Surgical smoke – a health hazard in the operating theatre: A study to quantify exposure and a survey of the use of smoke extractor systems in UK plastic surgery units.” (手術煙―手術室の健康リスク:英国形成外科における曝露評価と排煙装置使用調査)
https://doi.org/10.1016/j.bjps.2012.02.018 - Liu Y et al. “Awareness of surgical smoke hazards and enhancement of surgical smoke prevention among the gynecologists.” (産科婦人科医における手術煙リスク認識と予防強化)
https://doi.org/10.7150/jca.31464 - McCarthy CM et al. “Surgical smoke and its components, effects, and mitigation: A contemporary review.” (手術煙の成分、影響、対策:最新レビュー)
https://academic.oup.com/toxsci/article/198/2/157/7577863 - Rioux JN et al. “Surgical smoke: a matter of hygiene, toxicology, and occupational health.” (手術煙:衛生学、有害性、職業衛生の観点から)
https://journals.publisso.de/en/journals/hic/volume19/dgkh000469 - Kreis ME et al. “Virus and viral components transmitted through surgical smoke; a silent danger in operating room: a systematic review.” (手術煙を介したウイルス伝播の系統的レビュー)
https://doi.org/10.1186/s12893-024-02514-z - Zheng MH et al. “Electrocautery, Diathermy, and Surgical Energy Devices.” (電気メス、ダイアサーム、外科用エネルギーデバイス)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7467049/ - Zheng MH et al. “Electrocautery smoke exposure and efficacy of smoke evacuation systems in minimally invasive and open surgery: a prospective randomized study.” (電気メス煙曝露と排煙装置の有効性―前向きランダム化試験)
https://doi.org/10.1007/s00464-022-09113-8 - Kinjyo M et al. “Viral load of SARS-CoV-2 in surgical smoke in minimally invasive and open surgery: a single-center prospective clinical trial.” (最小侵襲・開腹手術における手術煙中のSARS-CoV-2ウイルス量:単一施設前向き臨床試験)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37917654/ - Current Concepts towards the Health Hazards of BBQ Smoke and Newer Possibilities for Risk Mitigation: A Pilot Study(BBQスモークの健康危害とリスク軽減のための新しい可能性に関する現状概念:パイロットスタディ)
https://www.jelsciences.com/articles/jbres1942.pdf - Exposure to Selected Air Pollutants in the Grilling Process(焼き工程における選択された大気汚染物質への暴露)
https://openreviewhub.org/sites/default/files/cte/1719/abstract-lwow2019badydaetal_1.pdf - Association of exposure to polycyclic aromatic hydrocarbons with inflammation, oxidative DNA damage and renal-pulmonary dysfunctions in barbecue makers in Southern Nigeria.(ナイジェリア南部のバーベキューメーカーにおける多環芳香族炭化水素曝露と炎症、酸化的DNA損傷および腎肺機能障害との関連)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9208567/ - Indoor Air Pollution from Solid Fuel Use: Sources and Assessment Methods – A Literature Review(固形燃料使用による屋内大気汚染:発生源と評価手法-文献レビュー)
https://journalajopacs.com/index.php/AJOPACS/article/view/255
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