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歯科医院のカスハラ対策義務化 事業主が整える体制と診療拒否の判断

2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法のカスタマーハラスメント(通称カスハラ)対策の規定は、2026年10月1日に施行されました。スタッフを雇う歯科医院も、雇用管理上の措置義務の対象です。1,2 当院のある船橋市・千葉県の取組も含め、歯科医院の事業主や職員に関わる制度と対応を整理します。

目次
  1. 国の法改正と対象
  2. 医院が整える体制
  3. 応招義務と診療拒否
  4. 通院治療の途中で確認すること
  5. 苦情とカスハラをどう区別するか
  6. 怒鳴り声や暴言と職員の保護
  7. 口コミをめぐる裁判例
  8. 船橋市・千葉県の取組と相談先
  9. 医院の運用への落とし込み

国の法改正と対象

対策は医院の規模を問わず、パートや契約社員を含む職員が対象です。患者や家族のほか、取引先などの言動も対象になり得ます。1,2 法律が定めるのは、事業主の措置義務と、顧客等が言動に注意を払う努力義務です。2

行政は、措置について事業主に助言・指導・勧告を行うことがあり、勧告に従わない場合はその旨を公表することがあります。また、行政が求めた報告をせず、または虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料の対象です。2

医院が整える体制

医院が整える主な措置と、実務に落とし込む際の例をまとめました。1,3

必要な措置医院での具体例
方針・対処方法の明確化と周知職員を守る方針、対応の担当者や交代方法を決めて職員に知らせる
相談体制の整備相談先と連絡方法を定め、職員が相談できるようにする
発生後の迅速な対応と再発防止事実を確認し、職員への配慮と再発防止を行う
特に悪質な行為への対応責任者への連絡や警察への相談など、状況に応じた対応体制を整える
プライバシー保護と不利益取扱いの禁止相談内容を適切に扱い、相談などを理由に不利益に扱わない

方針の周知、相談先や対処方法を実際に使える体制の整備が、事業主の義務です。患者向けの掲示も、方針を伝える方法の一つです。1,3

応招義務と診療拒否

歯科医師法は、診療に従事する歯科医師が、診療の求めを正当な理由なく拒むことを禁じています。これが「応招義務」です。4

厚生労働省の通知では、診療内容と関係のない苦情を繰り返すなどの迷惑行為で信頼関係が失われた場合、緊急対応が必要な場合を除き、新たな診療を行わないことが正当化される例が示されています。判断にあたっては、緊急性と具体的な事情を確かめます。5

まず確認するのは、緊急の対応が必要か、診療時間内かどうかです。5

場面通知が示す考え方
診療時間内・緊急専門性や設備、他院の対応可能性などを踏まえ、事実上診療が不可能な場合に診療しないことが正当化される
診療時間内・緊急性なし原則として必要な医療を提供し、診療能力、他院の状況、信頼関係などを考慮する
診療時間外・緊急応急処置を行い、必要に応じて救急対応できる医療機関に依頼することが望ましい
診療時間外・緊急性なし時間内の受診を依頼するか、診療可能な医療機関を紹介することが望ましい

通院治療の途中で確認すること

歯科治療には何回かに分けて進めるものもあります。新たな診療の求めにどう応じるかと、進行中の治療をどう終えるかは別の問題です。治療のどの段階にあり、中断するとどんな問題が生じるかを確かめることが大切です。

弁護士による裁判例紹介によると、インプラント治療後の診療拒否をめぐる東京地裁の事例では、患者の暴言、医師の指示を守らない行為、客観的に合理的な理由のない治療費の支払い拒否が考慮されました。人工の歯の装着が終わっていたことや医院の説明も判断に関わり、この事案での以後の診療拒否に正当な理由があると判断されています。6

転院を含めて考える場合は、現在の状態と今後の選択肢を患者に説明し、本人の同意を確認したうえで、必要な診療情報を次の医療機関へつなぐことも有用です。7

苦情とカスハラをどう区別するか

「説明をもう一度聞きたい」「予約の扱いを見直してほしい」と伝えることは、正当な相談や苦情です。障害のある人が必要な配慮を求めることもできます。医院は、まず何に困っているのかを聞き、説明や対応に改善すべき点がないか確かめます。

そのうえで、伝え方にも目を向けることが大切です。たとえば、説明を求める内容自体がもっともでも、職員を脅したり威圧したりする伝え方は、カスハラに当たり得ます。厚生労働省の指針は、要求の内容か手段のいずれかが社会通念上許される範囲を超え、職員の就業環境を害する場合をカスハラの対象としています。電話やインターネット上の言動も対象です。1

何を求めたか、どのように伝えたか、それまでに何があったかを確かめ、個々の状況に即して判断します。1

治療の説明、受付への暴言、責任者による引継ぎの例
患者の相談と職員の保護。厚生労働省「カスタマーハラスメント指針」(2026年)を基に作図

図のように、治療の質問には説明し、職員への暴言には中止を求めて責任者が引き継ぐ対応が考えられます。

怒鳴り声や暴言と職員の保護

大声で怒鳴るなどして相手を威圧したり、人格を傷つける言葉を浴びせたりする行為は、身体に触れなくても言葉による暴力です。世界保健機関(WHO)も、言葉による暴言を身体的な接触を伴わない暴力に含めています。8

声量のほか、発した言葉や態度、その場の状況も確認の対象です。痛みや聴こえの事情も踏まえて考えます。

たとえば、受付では職員を威圧し、歯科医師が来ると穏やかに話す場面を考えてみます。歯科医師が直接見ていないことを理由に片づけず、受付の訴えと記録を受け止め、責任者が対応を引き継ぐことが大切です。

桑名市が2026年10月29日に公表した医療業の事例では、威圧的な言動や職員の拘束とともに口コミ投稿もカスハラ審査の対象になりました。市独自の条例に基づく判断であり、国の事業主への措置義務とは別の制度です。9

口コミをめぐる裁判例

「ヤブ医者」という投稿で、民事上の賠償責任が認められた事例があります。

大阪地裁は、複数の投稿をめぐる事案で、「ヤブ医者」という投稿を、名誉感情(自分の価値についての感情)を侵害する不法行為と判断しました。同じ事案の「人殺し」「犯罪者」という別の投稿については、名誉権(社会的な評価に関わる権利)の侵害と判断しています。10 これらは民事の判断で、刑事上の名誉毀損や侮辱が成立するかどうかは別に考えます。

口コミへの対応と診療を続けるかの判断も別です。法律事務所による裁判例紹介には、詰め物が短期間に何度も外れ、医院の技術が低いという趣旨の口コミをめぐる事例があります。東京地裁は2024年9月26日、名誉毀損による削除と90万円の賠償を認めました。賠償額の内訳は慰謝料60万円と弁護士費用30万円です。11

船橋市・千葉県の取組と相談先

当院のある船橋市でも、スタッフを雇う歯科医院には国のカスハラ対策の措置義務が適用されます。対応体制を考える際は、千葉県が案内する支援も選択肢です。1,12

千葉県は、カスハラ防止の共同宣言、啓発ポスターやステッカー、事業主向けのアドバイザー派遣を案内しています。県の労働相談センターも相談先の一つです。12

船橋市の市職員を対象とする取組としては、市の2025年の記者会見で市職員へのアンケートや不当要求への要綱に基づく対応を公表しました。市役所別館と分庁舎では2025年10月から録音装置の導入を始めるとし、本庁舎では2026年度以降に機器更新に合わせて検討する方針を示しています。13

今回確認した船橋市・千葉県の公表情報では、桑名市と同様に民間医院の被害を行政が認定・公表する独自制度は確認できませんでした。こうした地域の独自制度の確認状況にかかわらず、国の措置義務は当院にも適用されます。1,12,13

医院の運用への落とし込み

患者から不満を聞いたら、何が起き、何を求めているのかを確認します。説明不足や予約・会計の対応に改善点があれば、担当者一人の問題にせず、医院全体で見直すことが大切です。

暴言や威圧がある場合は、職員一人に対応を任せ続けず、責任者が交代することも方法の一つです。診療や受付の業務が妨げられる場合は、行為の中止を求めて安全を確保し、状況に応じて退去を求めたり、警察に相談したりします。話し合いの内容や医院の説明、患者の返答を記録しておくと、経緯の共有に役立ちます。録音や情報共有では個人情報の適切な取扱いが必要です。1,14

東京都立多摩北部医療センターは、患者や職員などの安全を確保するため、迷惑行為に対して退去や警察の介入を求める場合があると公表しています。また、業務に支障を生じる暴言や暴力などが続き、信頼関係を築けないと判断した場合には、今後の診療を断る場合があるとの方針です。14

院内の相談先や緊急時の連絡先を決め、職員に知らせておくことも大切です。

患者の話と医院の説明を記録し、威圧があるときは責任者が対応を引き継ぎます。診療の継続を検討する際も、患者に現在の状態と今後の選択肢を説明することが大切です。

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参考文献

  1. 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(2026年)
  2. 厚生労働省「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」
  3. 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策等の義務化に向けたリーフレット(詳細版)」p.2、掲載元「職場におけるハラスメントの防止のために」
  4. 厚生労働省「歯科医師法」第19条
  5. 岡山県「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」掲載の厚生労働省医政局長通知(医政発1225第4号、2019年)p.2–4
  6. 歯科法律問題 弁護士相談窓口「歯科裁判事例【11】クレーマーへの診療拒否と応召義務」(東京地裁2017年2月9日判決の紹介)
  7. 厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」
  8. WHO “Violence and harassment”
  9. 桑名市「カスタマーハラスメント確認・認定案件 概要の公表」掲載の「令和8年10月29日公表概要」p.1–4、「答申書」p.1–4
  10. 大阪地方裁判所 判決書 p.3 [PDF]
  11. CYBERARTS法律事務所「東京地方裁判所 令和6年9月26日判決」(裁判例紹介)
  12. 千葉県「カスタマーハラスメントの防止について」
  13. 船橋市「令和7年度第4回定例記者会見資料」(2025年)
  14. 東京都立病院機構 多摩北部医療センター「当院における暴言・暴力等に関する対応について」


執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔学会 認定医
医療記事を数多く執筆。TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づく、正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けします。


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