噛み合わせがアスリートのパフォーマンスを左右する?知られざる歯と体のつながり
アスリートやスポーツ選手、運動系の部活やサークル活動をする皆さん、日々のトレーニングや試合で最高のパフォーマンスを発揮するために、様々な努力をされていることと思います。筋力トレーニング、栄養管理、メンタルトレーニングなど、その内容は多岐にわたりますが、実は「歯の噛み合わせ」がパフォーマンスに大きく影響する可能性がある[1]ことをご存知でしょうか?
今回は、アスリートのパフォーマンスと歯の噛み合わせ、そして口腔内の健康がどのように関係しているのかについて、最新の研究結果を交えながらわかりやすく解説します。
歯と体の意外なつながり:どうして噛み合わせが重要なの?
「歯とスポーツに何の関係があるの?」と思う方もいるかもしれません。実は、私たちの体は非常に精密にできており、口の中の状態と全身の動きは密接に連携しています。
筋肉の連携
顎を動かす筋肉(咀嚼筋)は、首や体幹の筋肉とつながっています。私たちがぐっと噛みしめる時、顎の筋肉だけでなく、体の他の部分の筋肉も一緒に働くことがわかっています [2]。このつながりがあるため、噛み合わせが悪いと、首や体幹の筋肉に余計な力が入ったり、逆に力がうまく伝わらなかったりする可能性があります。
体のバランスと感覚
私たちの姿勢は、目、耳の奥にあるバランス感覚、そして体の関節や筋肉からの情報(固有受容感覚)が脳で統合されて保たれています [2, 3, 4]。口の中の歯や顎関節も、この固有受容感覚を脳に送る大切なセンサーの一つです。噛み合わせが不安定だと、脳に送られる情報が乱れてしまい、体のバランスが不安定になることがあります [2]。
力の発揮と関節の安定
スポーツ中に力を出すとき、私たちは無意識に歯を食いしばることがあります。この「噛みしめ」は、実は筋肉が最大限の力を発揮するのを助け、関節を安定させる効果があると言われています [5]。
このように、噛み合わせは単に「食べ物を噛む」だけでなく、全身の筋肉の働き、バランス感覚、そして力の出し方にも深く関わっているのです。
競技別!噛み合わせが影響しやすいスポーツとは?
噛み合わせがパフォーマンスに与える影響は、競技の種類によって異なると考えられています。

図は引用文献[1]より引用
1. バランスや精密な動きが求められる種目(体操、フィギュアスケート、射撃、アーチェリーなど)
これらの種目では、少しの体のブレが結果に直結します。研究では、歯の噛み合わせが安定している方が、体のバランス(重心の揺れ)が安定しやすいことが示されています [2, 5]。例えば、歯の噛み合わせがなくなるとパフォーマンスが落ちる可能性が指摘されていますし、片方の歯の噛み合わせが高すぎると体の重心が大きく揺れてしまうこともわかっています [5]。
2. パワーや瞬発力が求められる種目(陸上競技の投擲・跳躍、テニスなど)
爆発的な力を出すスポーツでも、噛み合わせが有利に働く可能性があります。ある研究では、適切な噛み合わせの位置(筋中心位)で力を入れた場合、スクワットジャンプやレッグプレスの力が向上したと報告されています [6]。また、マウスガード(後述)を着用してメディシンボール投げを行ったところ、飛距離が伸びたという報告もあります [7]。これは、噛み合わせが体の力の連鎖をスムーズにし、より大きなパワーを引き出すことにつながるのかもしれません。
3. 球技やスピードが求められる種目(サッカー、野球、短距離走など)
これらの種目では、他の種目ほど噛み合わせと直接的なパフォーマンス向上効果の関連性は強くないという見方もあります [5]。しかし、若いサッカー選手を対象とした研究では、顎の筋肉の左右差が、ボールを蹴る利き足側の体のバランスに影響する可能性が示唆されています [3]。また、口の中の健康状態が悪い(虫歯や歯周病など)と、足の怪我のリスクが高まるという興味深い報告もあります [3]。これは、口の中の炎症が全身に影響を及ぼし、疲労や感覚の低下につながる可能性があるためと考えられています。
4. その他の影響:怪我の予防と体の健康
マウスガードは、ラグビーやバスケットボールなどのコンタクトスポーツでは、口の中や歯の怪我を防ぐために非常に重要です [4, 9, 10]。しかし、それだけでなく、アスリートは日々の激しいトレーニングや精神的なストレスから、顎関節症(顎が痛い、口が開きにくいなどの症状)になりやすいことも指摘されています [9]。顎関節症はパフォーマンス低下の原因にもなり得るため、口腔全体の健康を維持することは、アスリートの長く健康的な競技生活のために不可欠です。
マウスガードの力:パフォーマンス向上への可能性と注意点
マウスガードは、歯や口の怪我を防ぐだけでなく、パフォーマンス向上効果も期待されています。
プラスの効果
特注のマウスガードを使うと、特定のスポーツ動作(例えば、ベンチスローの力や垂直跳びの力の出方、ゴルフのクラブ速度など)が向上したという研究があります [8]。
まだ分からないことも
しかし、すべてのスポーツで一貫してパフォーマンスが向上するわけではないという研究も多く存在します [6, 8]。これは、マウスガードの種類(市販品か特注品か、そのフィット感など)、評価するパフォーマンスの種類、そして研究の条件などが多岐にわたるため、一概に結論を出すのが難しい現状があります。
心理的な効果も?
「マウスガードを着けると強くなる」という思い込み(プラシーボ効果)が、実際にパフォーマンスを向上させる可能性も指摘されています [8, 10]。アスリートの心の状態が、体の動きに大きな影響を与えることを考えると、これも非常に重要な側面と言えるでしょう。
まとめ:アスリートと歯の健康
アスリートにとって、歯の噛み合わせや口腔内の健康は、単なる口の問題ではなく、全身のパフォーマンス、怪我の予防、そして長期的な健康に大きく関わる重要な要素です。
噛み合わせの重要性
安定した噛み合わせは、体のバランス、筋肉の効率的な働き、そして力の伝達を助ける可能性があります。
口腔衛生の徹底
虫歯や歯周病といった口腔内の炎症は、全身に影響を及ぼし、パフォーマンス低下や怪我のリスクを高める可能性があります。
マウスガードの活用
怪我の予防はもちろん、パフォーマンス向上を期待して使用することも有効です。ただし、特注品などフィット感の良いものが推奨されます。
専門家への相談
口腔内の状態は一人ひとり異なります。スポーツ歯科を専門とする歯科医師に相談し、自分に合ったケアやマウスガードについてアドバイスをもらうことが、最高のパフォーマンスを引き出す一歩となるでしょう。
日々のトレーニングに加えて、ぜひ「歯の健康」にも目を向けてみてください。意外な発見が、あなたのパフォーマンスを次のレベルへと引き上げるかもしれません。
マウスガードで気になることがありましたら当院までご相談下さい。
引用文献
- 日本スポーツ歯科医学会 (2016). 日本歯科医学会誌:35,7 − 32,2016 ◦ 11 (座談会). [PDF]
- Julià-Sánchez, S., et al. (2020). The Influence of Dental Occlusion on Dynamic Balance and Muscular Tone. Applied Sciences, 10(3), 1109.
- Bieniek, A., et al. (2022). Associations of Masticatory Muscles Asymmetry and Oral Health with Postural Control and Leg Injuries of Elite Junior Soccer Players. Applied Sciences, 12(22), 11846.
- De Resende, M. R., et al. (2021). Dental Splints and Sport Performance: A Review of the Current Literature. Brazilian Journal of Pain, 4(2), 173-181.
- Monaco, A., et al. (2004). The influence of occlusion on sporting performance. Journal of Applied Oral Science, 12(2), 118-121.
- 鈴木 隆平 他 (2022). マウスピース装着による新たなスポーツ パフォーマンス向上効果の研究. 作新学院大学紀要, 13, 11-20. [PDF]
- LER Magazine. (2023). Mouthguard mysteries: Can wearing one really improve athletic performance?.
- De Resende, M. R., et al. (2021). Prevalence of temporomandibular dysfunction in athletes: integrative review. Brazilian Journal of Pain, 4(2), 173-181.
- 早稲田大学所沢総合研究センター (2011). マウスガード装着時の身体能力増強効果とプラシーボ効果について. [PDF]

