会社はなぜ、社員の歯科受診を勤務時間内に認めにくかったのか。国民皆歯科健診の実証と2026年の支援策
この記事で分かること:実証でつまずいた理由と、2026年の負担を抑えた入口。歯科への入口を考える事業主、産業保健の担当者、医療保険者に向けて書きました。
壁は「なぜ歯科だけそういう取扱いをするのか」という説明で、2026年の政策資料はコストと時間の負担を抑えた入口を支援する方向です。
目次
1. 実証事業で壁になったのは、「なぜ歯科だけ」の説明
2022年の会議で担当者が挙げた壁は、歯科だけを勤務時間内の受診として扱う理由の説明でした。
厚生労働省は2021年度の委託事業で、勤務時間内でも歯科医院を受診できるようにする実証事業を試みました。2022年2月の専門委員会で、歯科口腔保健推進室長は「事業主の御理解を得るのが難しかった」と説明しました。続けて、「なぜ歯科だけそういう取扱いをするのかという説明がしづらい」という声があったと述べています1。
2. 法定の一般健康診断へ歯科を加えることは、2025年に「困難」と整理された
事業主が従業員に受けさせる義務のある健診へ歯科を加える道は、2025年の報告書で困難と整理されました。
このように整理したのは、一般健康診断に関する検討会の報告書(2025年12月)です。業務が原因となることや業務によって悪化すること、結果を受けた就業上の措置(勤務の調整など)について、エビデンスが乏しいとしました。同じ報告書には、労働者が口腔の健康を保つ重要性も明記されています2。
3. 2026年の報告書は歯科疾患をがんなどと同じ早期発見の対象に並べた
職場の健康づくりを扱う2026年8月の報告書は、歯科疾患を、がんや骨粗しょう症などと並ぶ早期発見の対象に含めるべきだと整理しました。
報告書では、病気を早く見つけて早く治す取組(二次予防)の対象として5項目を挙げています。がん、女性特有の健康課題、歯科疾患、骨粗しょう症、眼科疾患です3。
取組の方法は健康診断の機会を活用して検診等を受けられるようにすることと、市町村の検診を勧めて受診のための休暇を付与するなどの2つです。指針の見直し案の別添には費用の助成や特別休暇の付与も盛り込まれています3。
報告書では、医療保険者や地域保健との連携も求めています。業務との関係が明らかでない疾病の二次予防については、推進の責務を事業者だけに置かない整理もしました3。医療保険者の側では、2026年5月に成立した健康保険法等の改正で、協会けんぽが加入者の特性に応じたきめ細かい予防・健康づくりを適切かつ有効に実施することが、法律上明確に盛り込まれました4。
4. 国は既存の健診にあわせて受ける、負担の軽い入口を支援する
2026年の政策資料は、コストと時間の負担を抑えた入口を、事業主などが取り入れやすい形で支援する方向を示しました。
2026年7月にまとまった歯科健診等のあり方等に関する検討会の中間とりまとめでは、現役世代で歯科健診の受診率が低いと指摘されています。引用されている研究では、第3次産業で働く人が定期歯科検診を受けない理由の半数以上が「時間がない」でした。そのうえで、現役世代が受診しやすく、事業主や保険者などの実施者にとっても、コストや時間、実施体制の面で実施しやすい歯科健診が求められると整理しました5。
厚生労働省のU.E.N.O.Planでは、2026年度から事業主や医療保険者、自治体を対象にパイロット事業を実施するとしています。一般の健診にあわせて簡易検査ツールで口腔スクリーニングを行い、歯科医療機関の受診につなげる取組を支援するものです。コストや時間の負担を抑えて導入しやすい形で推進する考えも示しました6。
中間とりまとめでは、こうした簡易歯科健診を同時に行う対象として、特定健診や労働安全衛生法に基づく一般健康診断、がん検診等を想定しています。唾液検体を健診当日に持参する方法なら、既存の健診の仕組みを変えずに実施できます。簡易歯科健診は歯科医師による口腔診査の代わりではなく、診査が難しい場面で受診へつなぐ入口です5。
5. 提言:既存の健診にあわせて歯科を検査し、事業主と保険者で役割を分ける
事業主と医療保険者が、既存の健診にあわせて歯科の検査を受けられる形を選べば、入口の検査のために歯科だけの勤務時間を新たに設けずに済みます。
事業主は実施している健診に合わせて簡易歯科健診を追加できるかどうかを、健診の委託先や医療保険者と相談して決められます。導入を決めたあとの段取りについて、中間とりまとめでは3つの点が示されています5。
- 対象者は健診実施者が決め、受診勧奨と保健指導の方法は実施者の状況に応じて選ぶ。歯科保健指導は歯科医師・歯科衛生士が行うのが望ましい
- 質問票などで自覚症状を確認する方法は、連携する歯科医師がいれば相談して決めるのが望ましい
- 受診勧奨のあとは、可能な範囲で受診状況を確認し、未受診者に再勧奨するのが望ましい
こうして役割を分担すれば、従業員は他の健診と同じ日に歯科への入口を通ることができます。入口の段階では、事業主が歯科だけを特別に扱う理由を説明する場面が生まれにくくなります。ただし、その後に歯科医療機関を受診する時間は、別に必要です。
2022年の実証で難しかったのは、「なぜ歯科だけそういう取扱いをするのか」という説明でした1。2026年の政策資料では、コストと時間の負担を抑えた任意の入口を支援する方向が示されています3,6。事業主と保険者がその入口を既存の健診に組み合わせれば、歯科のためだけの勤務時間を新たに設けずに始める道となります。
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参考文献
- 厚生労働省「第9回 歯科口腔保健の推進に関する専門委員会 議事録」(2022年2月24日)
- 厚生労働省「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会 報告書」(2025年12月24日)
- 厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進の在り方に関する検討会 報告書」(2026年8月21日)
- 厚生労働省「令和8年版厚生労働白書」第2部 現下の政策課題への対応(2026年9月29日公表)第1章 175〜176頁、第6章 302頁
- 歯科健診等のあり方等に関する検討会「中間とりまとめ」(2026年7月31日)
- 厚生労働省「U.E.N.O.Plan 〜攻めの予防医療 厚生労働省関係施策〜」(2026年7月23日)
執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事を数多く執筆。TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づく、正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けします。
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