新型コロナ以降に日本で増えている若者の摂食障害 – 歯科医が最初に気づく「口の中のSOS」とは
拒食症・過食症の患者さんの約4〜5割に歯の酸蝕症が見られることが研究で判明。体重が回復しても歯のダメージは残り続ける理由、歯科医が「最初に発見できる立場」にある現実、そして今すぐできる対処法をわかりやすく解説します。
目次
- 摂食障害とは?日本でも広がる「隠れた病気」
- 口の中に現れる5つのSOS
- なぜ「体重が戻っても歯は戻らない」のか
- 嘔吐後に歯を磨いてはいけない?正しいケアの方法
- 歯科医師が「最初に気づける立場」にある理由
- ご本人・ご家族へのメッセージ
- 参考文献
1. 摂食障害とは?日本でも広がる「隠れた病気」
「もう少し痩せたい」という気持ちが、いつの間にか食べることへの強い恐怖に変わる——摂食障害は、食行動に著しい異常が生じる精神疾患です。代表的なものとして、食べることを極端に制限する神経性やせ症(拒食症)と、食べ過ぎと嘔吐を繰り返す神経性過食症(過食症)があります。
日本では以前から「欧米より少ない」と言われてきましたが、実際には日本はアジアの中で最も多くの摂食障害の臨床報告を持つ国のひとつで、その症状の特徴は欧米のものと変わらないとされています1。
さらに、コロナ禍以降の変化が大きな問題になっています。2025年に発表された国内の調査では、パンデミック後に特に10代・20代の若い世代での新規発症が増加していることが報告されています2。登校できない日々が続いたこと、SNSで「理想の体型」が常に目に入る環境になったことが、背景にあると指摘されています3。
2. 口の中に現れる5つのSOS
摂食障害は、全身にさまざまな影響を与えますが、特に口の中には目に見えるかたちで症状が現れることが多く、歯科医師が最初に異変に気づく場合があります。
2024年にイタリアのボローニャ大学などのチームが行った系統的レビュー(3990件の研究から32件を厳選して分析)と、2023年に発表されたメタアナリシス(31件の研究を統合)が、摂食障害で起こる口腔の変化を詳しく示しています4, 5。
① 歯が溶ける「酸蝕症(さんしょくしょう)」
最もよく見られ、かつ最も深刻なダメージが酸蝕症です。これは、細菌ではなく「酸」によって歯の表面が溶けていく状態のことです。
摂食障害の患者さん全体では約42%に酸蝕症の病変が認められます。種類別に見ると、過食症では54.4%、拒食症でも26.7%に確認されています4。
健康な人と比べると、過食症の患者さんでは約10倍、自己誘発性嘔吐(意図的に嘔吐する行為)を行っている患者さんでは約16倍も酸蝕症になりやすいというデータがあります4。
溶け方には特徴的なパターンがあります。上の前歯の裏側(口の奥側)が特によく溶けます。これは、嘔吐のたびに胃酸が上顎前歯の裏側に繰り返し当たるためです5。ダメージが進むと、歯の内側の「象牙質」まで露出して、歯がしみたり、形が変わったりします。
② むし歯(う蝕)が増える
摂食障害では、絶食や嘔吐によって唾液の量が減ります。唾液には歯の表面を守る働き(緩衝能)があるため、唾液が少なくなると酸が中和されにくくなり、むし歯リスクが上がります5。
拒食症の患者さんでは、むし歯・抜歯・治療済みの歯の合計を示す「DMFT指数」が、健康な人より有意に高いという報告が複数あります5。
③ 口の中が乾く(口腔乾燥)
過食症の患者さんでは、安静時の唾液分泌量が有意に低下し5、口腔内のpHも健康な人より低く(酸性に傾きやすく)なっています。唾液の量と質が低下することが、酸蝕症やむし歯のさらなる悪化につながります。
④ 歯ぐきが下がる・歯ぐきの炎症
複数の研究で、拒食症の患者さんに歯肉退縮(歯ぐきが下がる状態)の割合が高いことが示されています。過食症では歯ぐきからの出血が多く、歯ぐきの炎症サインも強い傾向があります5。
⑤ 口角炎・耳下腺の腫れなど
口の端がただれる口角炎、唇のひび割れ、舌に白い苔が付着する「白苔」なども摂食障害に多い口腔の所見です5。また、過食症の患者さんに特有のサインとして耳下腺(ほおの下にある唾液腺)の腫れがあり、顔がふっくらして見えることがあります。これも口腔の診察で気づくことができます。
3. なぜ「体重が戻っても歯は戻らない」のか
治療が進んで体重が回復したとしても、すでに溶けた歯のエナメル質は自然には再生しません。酸蝕症によるダメージは、原則として不可逆的(元に戻らない)です。
研究では、嘔吐を続けた期間が長いほど酸蝕症の重症度が高くなることが明らかになっています4。嘔吐の期間が4年以下の患者さんでは酸蝕症の出現率が24.3%だったのに対し、4年以上続けた患者さんでは55.2%にまで達したというデータもあります4。
だからこそ、「体重管理が先、歯は後で」ではなく、回復の早い段階から歯科に相談し、これ以上ダメージを広げないための対策を講じることが重要です。
4. 嘔吐後に歯を磨いてはいけない?正しいケアの方法
「嘔吐した後はすぐに歯を磨いた方が清潔では?」と思う方も多いですが、実は逆効果です。
嘔吐直後は、胃酸によって歯の表面(エナメル質)が一時的に軟化しています。この状態でブラシを当てると、軟らかくなった歯の表面をさらに削り取ることになり、ダメージが増します4。
正しい手順はこうです。
- 嘔吐後はまず水または重曹水(水に少量の重曹を溶かしたもの)で口をゆっくりすすぐ。胃酸を中和するのが目的です。
- 嘔吐後の歯みがきは少なくとも30〜60分後に行いましょう4。
- フッ化物(フッ素)が配合された歯磨き材を使用することで、軟化したエナメル質の再石灰化を助けます。
- 定期的に歯科を受診し、酸蝕症の進行をプロの目でチェックしてもらうことが大切です。
5. 歯科医師が「最初に気づける立場」にある理由
摂食障害の患者さんは、精神科や内科に行くよりも先に、歯の痛みやしみる症状で歯科を受診することが少なくありません6。歯科医師・歯科衛生士は、体型や体重の変化よりも先に「口の中の異変」を通じて摂食障害に気づける可能性を持っています。
ただし、歯科側でもまだ対応の準備が十分でないのが現状です。2025年に米国の歯科教育プログラムを調査した研究では、96%のプログラムが摂食障害に関する授業を行っていた一方、患者を実際に専門機関に紹介できる体制を整えていたのは32%にとどまり、担当窓口を明確にしていたプログラムはわずか9%でした6。臨床シミュレーション(実際の症状を模した演習)を行っていたプログラムも全体の12%のみという状況です6。
「発見できても、次のステップへつなぐ準備が不十分」——これは日本を含む多くの国の歯科現場に共通する課題であり、今後の改善が求められています。
2025年に発表された包括的なナラティブレビューは、摂食障害の管理には精神科医・心理士・栄養士・歯科医師が連携する多職種チームアプローチが不可欠と強調し、定期的な歯科モニタリングと個別の口腔ケア指導が回復プロセスを支えると述べています7。
6. ご本人・ご家族へのメッセージ
摂食障害は、意思の弱さや甘えではなく、治療を必要とする病気です。「こんなことで歯医者に行っていいのか」「歯が溶けているのがバレたら恥ずかしい」と感じて受診をためらう方も多いですが、歯科医師はあなたを責めるためにいるわけではありません。
口の中のダメージは、早く気づくほど対処できることが増えます。もしお口のことで気になることがあれば、まず気軽に相談してみてください。歯科からの橋渡しで、精神科や心療内科へのアクセスにつながることもあります。
ご家族の方は、「最近歯がしみると言っている」「口角が切れやすい」「顔の輪郭がむくんでいる」といった変化に気づいた場合、摂食障害のサインである可能性を念頭に置き、本人が安心して相談できる雰囲気を作ることが大切です。
何かきになことがありましたら、かわせみデンタルクリニックまでご相談ください。
参考文献
- Past, Current and Future of Anorexia Nervosa in Japan
日本における神経性食欲不振症の過去、現在、そして未来
http://psychopathology.imedpub.com/past-current-and-future-of-anorexia-nervosa-in-japan.pdf - Association of COVID-19 Pandemic with Newly Diagnosed Anorexia Nervosa Among Children and Adolescents in Japan (2025)
COVID-19パンデミックと日本の子ども・思春期における神経性やせ症新規診断の関連
https://www.mdpi.com/1648-9144/61/3/445 - 疫学データから見た摂食障害 〜COVID-19パンデミックが摂食障害に与えた影響とその対策〜(2024)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjed/4/1/4_45/_article/-char/en - Nijakowski K, Jankowski J, Gruszczyński D, Surdacka A. Eating Disorders and Dental Erosion: A Systematic Review (2023)
摂食障害と歯の酸蝕症:系統的レビュー
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10573129/ - Valeriani L, et al. Oro-dental manifestations of eating disorders: a systematic review (2024)
摂食障害の口腔・歯科的発現:系統的レビュー
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11197207/ - Glover S, et al. Assessment of eating disorder inclusion in the oral health curriculum (2025)
口腔保健カリキュラムにおける摂食障害の取り扱いに関する評価
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12139235/ - Chiesa A, et al. Intertwined paths: exploring the link between oral diseases and eating disorders. A comprehensive narrative review (2025)
絡み合う道:口腔疾患と摂食障害のつながりを探る包括的ナラティブレビュー
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12623125/
執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中・TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づいた正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けしています。
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当院は、初診時にしっかりと検査を行い、歯周病・虫歯・根管治療から矯正歯科・小児矯正まで、丁寧にご説明のうえで治療を進めています。
治療後も再発予防に努め、安心して通える歯科医院をめざしています。

