職場の健康づくりの指針に歯科疾患の検査等が加わった:産業医・産業保健師が先に決める3つのこと
職場で歯科の取組をしたいと相談されたら、産業医・産業保健師は何から決めればよいでしょうか。2026年10月に改正された指針と国の資料をもとに、その決め方を考えます。
産業医・産業保健師が最初に決めるのは、労働者の歯科の状態ではなく、職場の目的、歯科専門職との連携、健康情報の扱いです。
目次
1. 職場の健康支援を担う人
職場の健康支援は、産業医や保健師などの事業場内の産業保健スタッフが担う仕組みです。職場が受け持つのは目的と体制と案内で、歯科の評価と指導の内容は歯科専門職と相談して決めるのが良いでしょう。
2024年9月、一般健康診断の検査項目を検討する厚生労働省の検討会で、日本歯科医師会の参考人は、事業場では歯科医師が入る立ち位置がない部分はあると述べました1。保健指導や受診勧奨を産業医と産業保健師の組合せで行う制度だからです1。同じ場で、各都道府県の歯科医師会には労働保健を扱う窓口があるとも述べています1。
厚生労働省の「職場における心とからだの健康づくりのための手引き」(THP手引き。THPはトータル・ヘルスプロモーション・プランの略)では、体制づくりの考え方が示されています。事業場内の推進スタッフの役割を明確にしたうえで、取組に応じて事業場外の資源を組み合わせる構成です2。歯科保健指導については、歯科医師や歯科衛生士といった歯科専門職の積極的な活用が効果的な指導に役立つと述べています2。
2. 目的を決める:健康教育か、受診勧奨か、検査か
歯と口の健康づくりを広く伝えるなら健康教育、問診の回答から歯科受診へつなぐなら受診勧奨、歯科の状態を個別に調べて受診へつなぐなら検査を選びます。
法定の一般健康診断について、国の資料は歯科健診を加えることよりも、歯科受診へつなぐ手立てを示しています。2025年12月の一般健康診断の検討会報告書は、別添の中間とりまとめ(2024年11月)で、問診を含め、歯科健診を法定の一般健康診断に追加することは困難だと整理しました3。そのうえで、いま行われている口腔保健指導を広く知らせる取組を強め、歯科受診につなぐ方法を検討するとしています3。令和8年版厚生労働白書もこの報告書を踏まえて、口腔保健指導の良い事例を広め、医療機関の受診につなげていくと書いています4。
厚生労働省は2025年7月、健診機関の関係団体に向けて、一般健康診断の問診票にある質問21を使って歯科受診を勧めるよう協力を求めました5。質問21は食事をかんで食べるときの状態を尋ねる項目です。「かみにくいことがある」「ほとんどかめない」と答えた労働者に、歯科医療機関への早期受診を確実に促すよう求め、リーフレットの配布や声かけを具体例として示しています5。この受診勧奨は新しい検査を設けず、標準的な問診票の回答をもとに行うものです。
| 取組 | 選ぶ目的・利点 | 先に決めること・注意点 |
|---|---|---|
| 健康教育 | 歯と口の健康づくりを労働者全体に伝えたいとき。全労働者へ学習の機会を設けた事例があります2。 | 内容と方法を決めます。関心が薄い人も参加できる工夫が必要です2。個人の歯科の状態を調べる取組ではありません。 |
| 受診勧奨 | 一般健康診断問診票の質問21でかみにくさを答えた人を歯科受診につなぎたいとき。健診機関が問診の回答をもとに受診を勧めます5。 | 案内する回答と方法(リーフレットの交付や声かけ)を決めます5。問診の回答だけでは疾患の判定ができません。 |
| 検査 | むし歯や歯周病など、歯や口の状態を一人ひとり調べたいとき。結果を治療や再健診につなげた事例があります2。 | 対象、検査内容、実施先、結果の返し方を歯科専門職と決めます2。費用と健康情報の扱いも決めなければなりません。 |
職場の目的をあらかじめ定めたうえで、歯科専門職に相談する内容と健康情報の扱いを具体的に決めていきます。
3. 連携を決める:歯科の指導や検査の内容は専門職と相談
案内する内容と歯科保健指導の進め方、受診先へのつなぎ方は、歯科専門職と相談して決めるのが良いでしょう。
検査を計画するなら、結果を誰が説明し、必要な受診へどうつなぐかも、行う前に決めておかなければなりません。
THP手引きには、労働者が約4,200人いる製造業の事例が紹介されています。保健師や人事総務部門のスタッフが外部の4者と協力し、2019年度中に歯科健診を2回行いました2。協力先は健康保険組合、県の歯科医師会、地域の歯科医院、歯科健診の委託事業者です2。自分の職場では既にある産業保健の体制と、歯科医師会の窓口のような、地域の相談先から組み立てるのが現実的です。
4. 情報の扱いを決める:使い道と共有先は集める前に
問診の回答や検査結果を扱うなら、何のために集め、誰が持ち、誰に渡し、結果を本人へどう返すかを集める前に決めておかなければなりません。
受診の案内に必要な情報と、歯科医療機関での評価結果とでは、職場での使い道が違います。委託先など事業場外の資源を使うなら、事業場と共有する情報の管理に問題がないかを事前に確かめることが必要です。THP手引きでも、こうした外部の資源を活用する際には、この点を確認するよう求めています2。
厚生労働省の「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」(THP指針)では、健康情報を利用できる範囲を定めています。取組の事務に従事した人は、労働者から取得した健康情報をその労働者の健康保持増進に必要な範囲を超えて利用してはなりません。事業者を含む第三者が本人の同意を得て取得した場合も同じです6。情報の流れをあらかじめ示しておけば、労働者にも取組の目的をきちんと説明できます。
5. 指針の改正:歯科疾患の検査と受診勧奨
2026年10月19日に公示された改正後の指針は、歯科の取組として挙げていた口腔保健指導に加えて、歯科疾患の検査等と受診勧奨も二次予防の取組の例に挙げました。
2026年8月21日、「事業場における労働者の健康保持増進の在り方に関する検討会」の報告書が公表されました。報告書は二次予防(病気を早く見つけて対応すること)の対象となる疾病に、がんなどとともに歯科疾患を含めるべきだとしています7。続く9月28日の労働政策審議会安全衛生分科会(第189回)では、指針の改正案が示されました8。この改正は2026年10月19日に公示され、同日から適用されています(健康保持増進のための指針公示第13号)6。
| 改正前の指針(2026年2月10日改正) | 2026年10月19日に公示された改正後の指針 | |
|---|---|---|
| 口腔保健指導 | 措置の例に「歯と口の健康づくりに向けた口腔保健指導」9 | 同じ記載を維持6 |
| 歯科疾患の検査と受診勧奨 | 本文(全7頁)に記載なし9 | 二次予防の取組の例に、歯科疾患に係る検査等と、その結果に基づく専門医への受診勧奨を追加6 |
この指針は、事業者が取り組むよう努める措置の進め方を定めています6。取組の例が増えても、先に決める3つは同じです。
提言:3つを書き出してから始める
産業医・産業保健師は、職場の目的を定め、歯科専門職とつなぎ、健康情報の扱いを整えます。
最初の検討の場で、産業医や産業保健師は、事業者や人事労務部門とともに次の3点を書き出してみるとよいでしょう。
- 何のために行うか(健康教育、受診勧奨、検査のどれか)
- 歯科の指導や検査の内容を誰と決めるか(都道府県歯科医師会の窓口や地域の歯科医院など)
- 職場にはどの情報が必要か(受け取る範囲と、結果を本人へ返す方法)
書き出しは最初の打ち合わせでできる作業です。外部への委託や検査の費用は、目的を決めたあとで見積もることができます。その答えをもとに、誰が案内して誰が情報を持つかを決め、歯科専門職に内容や受診先へのつなぎ方を相談します。労働者の歯科の状態を職場が先に判定する必要はありません。書き出した3つは、公示された新しい指針と照らし合わせて確認しなければなりません。
この順で進めれば、職場は自分たちが担う案内と調整から始められます。歯科専門職には評価と指導の内容を相談でき、労働者は自分の情報がどう扱われるかを知ったうえで取組に参加できます。
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参考文献
- 厚生労働省「第7回 労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会 議事録」(2024年9月20日)
- 厚生労働省「職場における心とからだの健康づくりのための手引き」(2021年3月)
- 厚生労働省「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会 報告書」(2025年12月24日公表)
- 厚生労働省「令和8年版厚生労働白書」第2部 現下の政策課題への対応(2026年9月29日公表)第1章 175〜176頁、180頁
- 厚生労働省「一般健康診断問診票を活用した歯科受診勧奨について(協力依頼)」(2025年7月1日)
- 厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」(2026年10月19日 健康保持増進のための指針公示第13号による改正、全10頁)
- 厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進の在り方に関する検討会 報告書」(2026年8月21日公表)
- 厚生労働省「第189回労働政策審議会安全衛生分科会 資料2-1・2-2」(2026年9月28日)
- 厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」(2026年2月10日 同公示第12号による改正、全7頁)
執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔学会 認定医
医療記事を数多く執筆。TV取材多数
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