「学校で歯みがき」がむし歯格差をなくす?イギリス発の最新エビデンスと船橋市での取り組み
イギリスで子どもの「監視付き歯みがき」プログラムが3年で参加者倍増。スコットランドのデータでは最貧困地域でむし歯率が12カ月で6.7%低下。日本や船橋市でのフッ化物洗口との違い、家庭でできることまでわかりやすく解説します。
目次
- 子どものむし歯は「運が悪い」から起こるのか?
- イギリスで何が起きているのか:「監視付き歯みがき」プログラムとは
- 参加者が3年で倍増した理由:2025年の最新データ
- むし歯は「貧困の病気」——社会格差と口の健康の深い関係
- スコットランドが先行事例:12カ月でむし歯率が改善
- 費用対効果:1ポンド投資すると3ポンド戻ってくる
- 日本のむし歯は今どうなっているのか
- フッ化物洗口との違い:日本はイギリスとアプローチが異なる
- 船橋市の取り組み:フッ化物洗口と学校歯科保健
- 「家でもやっている」だけでは不十分な理由
- 保護者が今日からできること
- 参考文献
1. 子どものむし歯は「運が悪い」から起こるのか?
「うちの子はむし歯になりやすい体質だから」「遺伝かな」——そう感じている保護者の方も多いかもしれません。しかし近年の研究が明らかにしているのは、むし歯の有無は遺伝よりも「どんな環境で育つか」に大きく左右されるという事実です。
イギリスでは、5歳児のうち5人に1人がむし歯を経験しているとされていますが、社会的に恵まれない地域ではその割合が3人に1人以上にのぼります1。この「住んでいる場所によってむし歯のリスクが変わる」という現実に対し、国として本腰を入れた対策が動き始めています。
その切り札として注目されているのが、「監視付き歯みがき(Supervised Toothbrushing)」プログラムです。子ども一人ひとりに歯ブラシと歯磨き粉を渡し、大人が見守りながら学校や保育施設で毎日一緒に歯をみがく、というシンプルな取り組みです。
2. イギリスで何が起きているのか:「監視付き歯みがき」プログラムとは
イギリスの「監視付き歯みがき(Supervised Toothbrushing Programmes:STP)」は、保育施設や小学校低学年で、先生やスタッフが見守る中、子どもたちが毎日決まった時間に歯をみがく取り組みです。
仕組みは至ってシンプルです。
- フッ化物配合歯磨き粉を使用した歯ブラシを各施設に提供
- 教師や保育士がその場に立ち合い、正しいみがき方を確認
- 週数回〜毎日、決まった時間に実施
- 使用後の歯ブラシは施設保管、翌日もそのまま使用
このプログラムの重要なポイントは、「家庭でやっているかどうかにかかわらず、施設にいる間は確実にみがける」という点です。家庭環境によって歯みがき習慣に差が出ることを補う、いわゆる「ユニバーサルアプローチ」の考え方に基づいています1。
3. 参加者が3年で倍増した理由:2025年の最新データ
2025年4月、イギリス政府はこのプログラムを「国家プログラム(National Supervised Toothbrushing Programme)」として正式に立ち上げました1。シェフィールド大学・リーズ大学が中心となった「BRUSHプロジェクト」の調査では、同年の最新データが明らかにされています2。
2022年→2025年の変化
- プログラム実施自治体の割合:48%→81%(3年で33ポイント増)
- 参加児童数:10万6,273人→23万8,636人(3年で2.2倍以上)
これほどの急拡大を可能にした要因として、研究チームは「自治体間の情報共有の仕組み構築」と「地域パートナーシップの強化」を挙げています2。政府は2025年3月の発表で、コルゲート・パルモリーブ社との提携により5年間で2,300万本以上の歯ブラシと歯磨き粉を無償提供し、最終的に年間60万人の子どもへの普及を目標としていると明言しました1。また、プログラム全体の公的投資額として1,100万ポンド(約23億2,100万円)が地方自治体に交付されています1。
4. むし歯は「貧困の病気」——社会格差と口の健康の深い関係
なぜこれほど国を挙げて取り組んでいるのでしょうか。背景には、むし歯と社会経済格差の根深い関係があります。
イギリスでは5〜9歳の子どもが入院する最も多い理由が「むし歯による歯の抜歯」であり1、2023〜2024年度には19歳以下の4万9,000人以上が抜歯のために入院しています1。一回の入院にかかる費用は約1,600ポンド(約33万8,000円)とされています1。
しかも、こうした深刻なむし歯は所得の低い地域の子どもに集中しています。親の就労状況や生活環境によっては、歯みがきの習慣が十分に身につかないまま就学することも少なくありません。むし歯は痛みや食べにくさだけでなく、睡眠の妨げ・発語への影響・学校への集中力低下など、子どもの発達全体に波及します1。
「歯の健康は個人の自己管理の問題」という考え方は、子どもには通用しません。環境を整えることが不可欠だという認識が、このプログラムの根底にあります。
5. スコットランドが先行事例:12カ月でむし歯率が改善
監視付き歯みがきの効果に関して最も充実したエビデンスを持つのが、スコットランドの「Childsmile(チャイルドスマイル)」プログラムです。
国家プログラムとして実施された場合、対象となる子ども全体の89.1%が参加しました3。特筆すべきは、最も貧困な地域の子どもの参加率が94.3%と最も高く、裕福な地域ほど参加率が下がる(82.7%)という逆の社会勾配が確認されたことです3。つまり、最も必要としている層に最もリーチできていたことになります。
効果については、最も貧困な地域の子どもで参加から12カ月以内にむし歯有病率が52.4%から45.7%へと低下しました3。2番目に貧しい地域では12〜24カ月でむし歯有病率が43.4%から35.7%へと有意に改善しています3。2025年に発表されたシステマティックレビューとメタアナリシス(無作為化比較試験8件を対象)でも、監視付き歯みがきが歯の表面のむし歯指数(DMFS/dmfs)を統計学的に有意に低下させることが確認されています4。
6. 費用対効果:1ポンド投資すると3ポンド戻ってくる
「効果があるのはわかったけど、お金がかかるのでは?」——実はこのプログラム、費用対効果の面でも優れた結果が出ています。
スコットランドの評価モデルでは、監視付き歯みがきにかかる費用は1人あたり年間15〜17ポンド(約3,200〜3,600円)で、この費用は3年以内に回収できると試算されています3。ヨーク大学がイングランドの公衆衛生データをもとに実施した投資対効果(ROI)分析では、1ポンドの投資に対し5年後の医療費節減効果は3.06ポンド、10年後には3.66ポンドと推計されています3。イギリス政府の発表でも「1ポンドの投資が3ポンドの治療費節減につながり、5年間で3,400万ポンド(約71億7,400万円)超の節減が見込まれる」と明示されています1。
7. 日本のむし歯は今どうなっているのか
一方、日本に目を向けると、子どものむし歯は長期にわたって着実に減少しています。2026年2月に文部科学省が公表した令和7年度学校保健統計調査では、全ての学校種でむし歯のある子どもの割合が過去最少を記録しました5。
令和7年度むし歯有病率(むし歯あり・処置済みを含む)
- 幼稚園:19.44%(調査開始以来初めて2割を下回る)
- 小学生:30.83%
- 中学生:25.23%
- 高校生:32.77%
昭和40〜50年代には小学生の9割以上にむし歯があったことを考えると、この50年間の改善は劇的です6。文部科学省担当者は「家庭でのむし歯予防意識の高まりに加え、学校での歯みがき運動の成果」と評価しています6。
8. フッ化物洗口との違い:日本はイギリスとアプローチが異なる
日本の学校でのむし歯対策として中心的な役割を果たしているのがフッ化物洗口(集団フッ化物洗口)です。フッ化物(フッ化ナトリウム)を含む洗口液で30秒程度口をすすぐことで、歯の質を強化し、むし歯菌が出す酸に溶けにくい歯をつくります7。
日本全国47都道府県の学校でのフッ化物洗口普及割合と12歳児のむし歯本数(DMFT指数)の関連を調べた生態学的研究(J Epidemiol, 2016年)では、フッ化物洗口の普及率が高い都道府県ほどむし歯が少なく、格差も縮小していることが示されています8。フッ化物洗口普及割合が1%上昇するごとにDMFT指数が0.011低下し、都道府県間のDMFT分散の25.2%をフッ化物洗口が説明していました8。
イギリスの「監視付き歯みがき」と日本の「フッ化物洗口」は、それぞれ異なる側面からアプローチしています。監視付き歯みがきは「歯みがきの習慣形成とプラーク(歯垢)除去」を主な目的とし、フッ化物洗口は「フッ化物による歯質強化という薬理的予防効果」を主な目的とします。どちらも科学的根拠のある予防手段であり、組み合わせることでより大きな効果が期待できます9。
9. 船橋市の取り組み:フッ化物洗口と学校歯科保健
私たちが住む船橋市では「ふなばし健やかプラン21(第3次)」(2025〜2036年度)の中で、歯と口腔の健康づくりを重要施策の一つに位置づけています10。学校での具体的な取り組みとして以下が掲げられています。
市立小学校でのフッ化物洗口事業
歯が生え変わる時期にフッ化物洗口を集団的・継続的に行うことにより、永久歯の健康の保持増進を図ることを目的として実施されています(担当:地域保健課)10。
学校歯科保健事業
定期健康診断などを通じ、児童・生徒の歯の健康の保持増進を図ることを目的としています(担当:保健体育課)10。
現状として令和5年度時点で40歳以上の市民の55.9%が歯周炎を有していることや、成人歯科健診の受診率がいまだ低い(最も低い50歳代で4.8%)ことが課題として明記されており、子どもの頃からの予防習慣の定着の重要性が改めて示されています10。
10. 「家でもやっている」だけでは不十分な理由
「毎日ちゃんと歯みがきさせているから大丈夫」と思っている保護者の方へ、一つ大切なことをお伝えします。
イギリスのプログラムが明らかにしたのは、家庭での歯みがき指導だけでは届かない子どもが確実に存在するという事実です1。深夜まで働く保護者、複数の子どもを抱える家庭、生活が不安定な環境——こうした条件が重なると、毎日の歯みがきを徹底することは難しくなります。
また、幼い子どもは歯みがきの「正しい方法」をひとりで習得することができません。大人が隣で正しい方法を見せながら一緒に実践する時間が必要です。学校や保育施設でその時間を確保することで、技術と習慣が同時に身につきます。日本でも、給食後の歯みがき・口腔保健指導は一部の学校で実施されていますが、全国的な普及状況はまだ限られているのが現状です11。
11. 保護者が今日からできること
イギリスのプログラムを参考にしながら、家庭環境を整えることでむし歯リスクを下げることは十分に可能です。
- 1日2回のブラッシング:朝食後と就寝前が特に重要。就寝前は最後に必ず行う
- フッ素配合歯磨き粉の使用:子どもの年齢に応じた濃度(1,000ppm以上を推奨)のものを選ぶ
- 仕上げみがき:6〜7歳頃まで、みがき終わった後に親が確認・磨き直しをする
- 砂糖の摂り方を見直す:回数と量を意識し、飴やグミの「ダラダラ食べ」を避ける
- 歯科健診を習慣に:むし歯がない状態でも半年に1回は歯科医院で確認を
船橋市では母子健康手帳別冊を使った無料歯科健診(妊婦向け)なども実施しています10。地域の取り組みを上手に活用することも大切です。
お口の中で気になることがありましたらぜひ、船橋市の かわせみデンタルクリニック までご相談ください。
※本記事中の円換算は2026年5月18日時点の為替レート(1ポンド=約211円)を使用しています。
参考文献
- Supervised toothbrushing for children to prevent tooth decay(2025)
イギリス政府「子どものむし歯予防のための監視付き歯みがき」
https://www.gov.uk/government/news/supervised-toothbrushing-for-children-to-prevent-tooth-decay - Supervised toothbrushing programmes in England: a national survey and multi-site case study(2025)
イングランドにおける監視付き歯みがきプログラム:全国調査と多施設事例研究
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42067657/ - What’s the evidence? | BRUSH Toolkit(2024)
監視付き歯みがきプログラムのエビデンス | BRUSHツールキット
https://www.supervisedtoothbrushing.com/1-4-evidence - The effectiveness of school-based supervised tooth brushing intervention for preventing dental caries: a systematic review and meta-analysis(2025)
むし歯予防のための学校ベース監視付き歯みがき介入の有効性:システマティックレビューとメタアナリシス
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41275321/ - 令和7年度学校保健統計調査の結果(2026年2月)文部科学省
https://www.mext.go.jp/content/20250213-mxt_chousa01-000040132_1.pdf - 「虫歯」ない子供が過去最多に 文科省の学校保健統計(産経ニュース、2026年2月13日)
https://www.sankei.com/article/20260213-Z6USAVZMZZK2HORNCL6ER55A74/ - フッ化物洗口マニュアル(2022年版)厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/001037973.pdf - School-Based Fluoride Mouth-Rinse Program Dissemination Associated With Decreasing Dental Caries Inequalities Between Japanese Prefectures: An Ecological Study(2016)
学校ベースのフッ化物洗口プログラムの普及と日本都道府県間のむし歯格差縮小との関連
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4255315/ - Associations between school-based fluoride mouth-rinse program, medical-dental expense subsidy policy, and children’s oral health in Japan: an ecological study(2024)
日本における学校ベースのフッ化物洗口プログラム・医療歯科費用助成政策と子どもの口腔の健康との関連
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10929176/ - ふなばし健やかプラン21(第3次)健康増進計画・自殺対策計画・食育推進計画(2024年)船橋市
https://funabashi.gijiroku.com/voices/GikaiDoc/attach/Nittei/Nt2807_funabashisukoyakaplan.pdf - COVID-19流行禍における学校給食後の歯磨きと歯科保健活動の現状(2023)
https://ssph.jp/wp-content/uploads/2023/08/18-1-14.pdf
執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中・TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づいた正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けしています。
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