虫歯の原因はミュータンス菌だけじゃない!最新研究から分かること

「虫歯の原因はミュータンス菌」とよく聞きますよね。確かにミュータンス菌は虫歯の主な原因菌の一つですが、実は虫歯はもっと複雑な要因が絡み合って起こる病気だということが、近年の研究で明らかになってきています。
ミュータンス菌だけが悪者ではない、ということを示す研究や考え方を、引用元を示しながら分かりやすくご紹介します。
1. ミュータンス菌の役割:悪玉菌の代表格だけど…
ミュータンス菌(Streptococcus mutans)が虫歯の「主犯格」とされるのには理由があります。
- 酸を作る能力が高い: 食べ物に含まれる糖(特に砂糖)を分解して強い酸を作り出します。この酸が歯の表面(エナメル質)を溶かしてしまうのです。
- 歯にくっつく能力が高い: ネバネバした物質(不溶性グルカン)を作り出し、歯の表面に強力にくっつきます。これが歯垢(プラーク)の形成を助け、酸が歯に長時間とどまる原因になります。
しかし、お口の中にミュータンス菌がいるからといって、必ずしも虫歯になるわけではありません。ミュータンス菌を持っていても虫歯が少ない人もいます。これは、虫歯の発生には他の要因も大きく関わっているからです。
2. ミュータンス菌以外の要因:「生態学的プラーク仮説」
虫歯の原因を考える上で重要なのが「生態学的プラーク仮説(Ecological Plaque Hypothesis)」という考え方です [1, 2]。
これは、特定の悪玉菌(ミュータンス菌など)がいること自体が問題なのではなく、お口の中の細菌全体のバランスが崩れることが病気を引き起こす、という考え方です。
- お口の中は細菌の社会: 私たちのお口の中には、数百種類もの細菌がバランスを取りながら共存しています(口腔内フローラ、または口腔マイクロバイオームと呼ばれます)。健康な状態では、これらの細菌は悪さをしません。
- 環境の変化がバランスを崩す: しかし、砂糖を頻繁に摂取したり、歯磨きが不十分だったりすると、お口の中の環境が酸性に傾きやすくなります。
- 酸を作る菌が増殖: 酸性の環境を好む細菌(ミュータンス菌も含む)や、酸を作る能力を持つ他の細菌(例えば、ラクトバチルス属やビフィドバクテリウム属など [3, 4])が有利になり、増殖しやすくなります。
- 結果として虫歯へ: その結果、口腔内フローラ全体のバランスが崩れ、「酸を作る菌」が優勢になり、歯が溶かされやすい状態(脱灰)が続いて虫歯が発生・進行するのです。
つまり、ミュータンス菌は重要な役割を果たしますが、それだけでなく、口内環境の変化によって他の多くの細菌も虫歯の進行に関与しているということです。近年のマイクロバイオーム研究でも、虫歯のある人とない人では、口内細菌の種類や構成バランスが異なることが示されています [5]。
3. その他の重要な要因
細菌以外にも、虫歯のなりやすさには以下の要因が大きく関わっています。
- 唾液の力:
- 量: 唾液は、食べかすや細菌を洗い流します。
- 質: 唾液には、酸を中和する力(緩衝能)や、細菌の増殖を抑える成分が含まれています。
- 歯の質と強さ:
- 歯の構造(エナメル質の密度など)。
- フッ素を取り込んでいるか(フッ素は歯を酸に強くします)。
- 食生活:
- 砂糖の摂取頻度と量: 頻繁に糖分を摂ると、お口の中が酸性になる時間が長くなります。
- 酸性の飲食物(スポーツドリンク、炭酸飲料、柑橘類など)の摂取。
- 歯磨きの習慣: プラークをしっかり除去できているか。
- 歯並び: 磨き残しができやすいかどうか。
まとめ:虫歯予防はトータルケアが重要!
虫歯は、ミュータンス菌だけが原因で起こる単純な病気ではありません。
- ミュータンス菌を含む多様な細菌
- お口の中の環境(特に酸性度)
- 唾液や歯の質といった個人の体質
- 食生活
これらの要因が複雑に絡み合って発生します。
ですから、虫歯予防のためには、ミュータンス菌を減らす努力(丁寧な歯磨き、フッ素の利用)はもちろん重要ですが、それだけでは不十分です。
- 砂糖の摂取頻度を減らす(これが一番重要!)
- よく噛んで唾液をたくさん出す
- 栄養バランスの良い食事を心がける
- 歯科医院での定期健診とクリーニングを受ける
といった、お口全体の環境と生活習慣を整える多角的なアプローチが非常に大切になります。
引用元(参考文献)
- Marsh PD. (1994). Microbial ecology of dental plaque and its significance in health and disease.Advances in Dental Research, 8(2), 263-271.
- 生態学的プラーク仮説を提唱した初期の重要な論文の一つです。
- Marsh PD. (2006). Dental plaque as a microbial biofilm.Caries Research, 40(5), 358-366.
- 生態学的プラーク仮説を含む、歯垢(デンタルプラーク)の微生物生態に関する総説です。
- Takahashi N, Nyvad B. (2011). The role of bacteria in the caries process: ecological perspectives.Journal of Dental Research, 90(3), 294-303.
- 虫歯における細菌の役割を、生態学的な視点から解説した総説です。ミュータンス菌以外の細菌の関与にも触れています。
- 高橋 信博. (2015). カリエスの病因論における酸産生菌の多様性と微生物生態学的意義.口腔衛生会誌, 65(4), 265-270.
- 虫歯の原因となる酸を作る細菌が多様であること、そしてその生態学的な意味について解説した日本語の総説です。
- Simón-Soro A, Mira A. (2015). Solving the etiology of dental caries.Trends in Microbiology, 23(2), 76-82.
- 近年のマイクロバイオーム研究の観点から、虫歯の原因について考察した総説です。