野球の飛距離向上に対するマウスピースの効果について
結論の要約
現時点での科学的根拠(エビデンス)を総合すると、野球の飛距離を伸ばす目的でマウスピースを装着することの有効性は、明確には証明されていません。
いくつかの研究で筋力やパワーの向上を示唆する結果も報告されていますが、多くの研究ではパフォーマンス向上効果は認められておらず、研究間で見解が一致していないのが実情です。

以下に、主要な研究結果を引用し、詳細を解説します。
パフォーマンス向上効果を支持する、あるいは示唆する研究
マウスピースがパフォーマンスを向上させるという仮説は、主に「噛みしめ(Clenching)」が最大筋力を発揮する際に重要な役割を果たし、適切なマウスピースが顎の位置を最適化することで、全身の筋力発揮を向上させる可能性がある、という理論に基づいています。
研究例1:下顎の位置がパワー発揮に与える影響
- Dunn-Lewisらの研究チームは、下顎の位置を最適化するように設計されたカスタムメイドのマウスピースが、垂直跳びやベンチプレス投擲(bench press throw)などのパワー指標を向上させる可能性があることを報告しました。彼らは、適切な噛みしめが神経筋の応答を改善し、より大きなパワー発揮につながる可能性を示唆しています。[1]
この研究は、特定の条件下でマウスピースがパワー向上に寄与する可能性を示していますが、被験者は大学アスリートであり、野球選手に限定したものではなく、直接的にバットスイング速度や飛距離を測定したものではありません。
パフォーマンス向上効果に否定的、または限定的とする研究
一方で、マウスピースの装着が筋力やパワー、スイング速度などに有意な影響を与えないとする研究が多数報告されています。これらの研究は、しばしばプラセボ(偽薬)群を設けるなど、より厳密なデザインで行われています。
研究例2:野球選手のバットスイング速度への影響
- Gageらの研究では、NCAAディビジョンIに所属する野球選手を対象に、カスタムフィットのマウスガードが運動パフォーマンスに与える影響を調査しましたが、スイング速度を含む指標で有意な向上は見られませんでした。[2]
- 研究例3:筋力、パワー、持久力への影響
- Bourdinらの研究チームは、訓練された男子チームスポーツ選手19名を対象に、カスタムメイドと市販のマウスガードがパフォーマンスに与える影響を比較しました。その結果、どちらのタイプのマウスガードを装着しても、無装着時と比較して、爆発的なパワー(垂直跳びなど)、換気量、酸素摂取量に有意な差は認められませんでした。[3]
研究例4:マウスピースの有無と複数のマウスピースタイプでの比較
- 大学フットボール選手を対象に、カスタムメイド、市販の「Boil-and-bite」タイプ、そして無装着の3つの条件で比較した研究では、最大酸素摂取量、疲労困憊に至る時間、柔軟性、跳躍力、ベンチプレスの最大挙上重量など、いずれの指標においても有意な差は認められませんでした。[4]
科学的見解のまとめ
- 飛距離向上への直接的効果は未証明:
野球の飛距離に直結するバットスイング速度の向上効果は、査読論文では明確に確認されていません。 筋力やパワーの向上効果についても、肯定的な研究は限定的であり、多くの研究でその効果は否定されています。 - 作用機序の不確実性:
マウスピースがパフォーマンスを向上させるという理論(顎位の安定化による神経筋系の活性化など)は存在するものの、その効果は多くの実証研究で裏付けられていません。効果が見られたとする研究でも、そのメカニズムは完全には解明されていません。 - プラセボ効果の可能性:
「装着しているから力が出る」という心理的な効果(プラセボ効果)が、パフォーマンスに影響を与えている可能性は否定できません。アスリート個人のフィーリングや安心感が向上し、結果としてパフォーマンスが向上したと感じるケースはあり得ます。しかし、これはマウスピース自体の物理的な効果とは区別して考える必要があります。
結論と推奨
査読論文などの科学的根拠に基づくと、野球の飛距離を伸ばすことを主目的としてマウスピースを導入することには、現時点で十分な裏付けがありません。
ただし、これはマウスピースの本来の目的を否定するものではありません。
- 外傷予防: 歯の破折、顎の骨折、脳震盪のリスクを低減するという、スポーツ用マウスピースの最も重要で証明された効果です。
- 個人の感覚: 一部のアスリートが装着することで「力が入る」「集中できる」と感じることはあり、その心理的効果がパフォーマンスに良い影響を与える可能性はあります。
もしマウスピースの使用を検討する場合は、パフォーマンス向上への過度な期待はせず、「怪我の予防」という本来の目的を第一に考え、自身の感覚に合うかどうかを試してみるのが現実的なアプローチと言えるでしょう。
引用文献:
- Dunn-Lewis, C., et al. (2012). The effects of a customized over-the-counter mouth guard on performance. Journal of Strength and Conditioning Research, 26(4), 1085-1093.
- Gage, E. D., et al. (2014). Effect of a custom-fit mouthguard on athletic performance in NCAA division I baseball players. General Dentistry, 62(3), e34-e38.
- Bourdin, M., et al. (2006). Influence of maxillary mouthguards on physiological parameters. Medicine & Science in Sports & Exercise, 38(8), 1500-1504.
- Drum, S., et al. (2016). Effects of a Custom Bite-Aligning Mouthguard on Performance in College Football Players. Journal of Strength and Conditioning Research, 30(5), 1409-1415.

