コラム|船橋の歯医者|かわせみデンタルクリニック

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お菓子会社が抗生剤を作る理由:明治製菓の80年にわたる医薬品事業

歯科治療における抗生剤と供給不安

歯科治療では、歯周病の急性発作、根尖性歯周炎、抜歯後の感染予防など、さまざまな場面で抗生剤が使用されます。特にペニシリン系やセフェム系の抗菌薬は、歯性感染症の第一選択薬として広く処方されています。​

しかし近年、日本国内では抗生剤の安定供給が困難な状況が続いています。2024年には経口抗菌薬の供給不足が深刻化し、医療現場から悲鳴が上がる事態となりました。特に抗生剤カテゴリーでは供給調整が最も深刻で、小児用抗生剤を含む幅広い製品が影響を受けています。

そんな中、Meiji Seika ファルマがペニシリンの安定供給に向けて原薬の国内製造を開始するため、岐阜に新工場をつくりました。

菓子会社から医薬品メーカーへ:明治の挑戦

「チョコレートの明治」として知られる明治製菓が、なぜ抗生剤を製造しているのでしょうか。その歴史は1916年、製菓会社「東京菓子株式会社」として創業したことに始まります。1924年に「明治製菓株式会社」へ商号変更しましたが、この時点ではまだ純粋な菓子メーカーでした。​

転機となったのは1946年です。戦後の日本では医薬品の深刻な不足が叫ばれており、明治製菓は乳糖を原料に、フルーツシロップの瓶を用いてペニシリンの培養を開始しました。菓子・食品製造で培った発酵技術がペニシリン製造に応用できたのです。ペニシリンの主要原料である乳糖は、乳製品を扱ってきた明治グループにとって馴染み深い物質でもありました。​

「抗生物質の明治」を築いた製品群

ペニシリン製造開始後、明治製菓は次々と画期的な抗生物質を世に送り出しました。

1950年には、結核治療薬「ストレプトマイシン明治」を発売。当時結核の死亡率が高かった日本で、政府による買い上げの半数以上が明治製菓の製品でした。1952年には平均寿命の延長に貢献したとして、厚生大臣から感謝状が贈られています。​

1958年発売の「カナマイシン明治」は、梅澤濱夫博士が発見した抗生物質を明治製菓が製品化したもので、海外でも広く使用される国産初の抗生物質となりました。1966年には日本の輸出薬品トップとなり、現在でも抗結核薬として世界で使用されています。​

1990年には、日本初のMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染症治療薬「ハベカシン」を発売。1980年代以降増加していたMRSA感染症に対する治療薬の先駆けとなりました。​

1994年発売の「メイアクト」は、自社創薬の経口抗生物質です。耐性化が進行していた肺炎球菌やインフルエンザ菌に対して強い抗菌力を示し、小児科領域を中心に現在も幅広く使用されています。発売から20年以上経った現在もトップブランドの一つです。​

これらの実績により、明治製菓は「抗生物質の明治」として認知されるようになりました。​

抗菌薬供給危機:2018年のセファゾリン不足

日本の医療における抗菌薬供給の脆弱性が露呈したのは、2018年末のセファゾリン供給不足事件でした。​

セファゾリンは1971年頃から使用されている第1世代セファロスポリン系抗菌薬で、周術期予防抗菌薬として多くの手術で第一選択とされています。WHO(世界保健機関)も優先的に確保すべき最も重要な医薬品リストに掲載する、まさに「日本発の世界的な抗菌薬」です。​

2019年2月末、日医工株式会社が国内シェア約6割を占めるセファゾリンの販売を一時中止すると発表しました。原因は、イタリアの原薬メーカーからの原薬に異物混入が見つかったことに加え、原薬製造に必要な出発物質(テトラゾール酢酸:TAA)を製造していた中国メーカーが、中国当局による環境規制の影響で生産を停止したためです。​

この世界唯一のTAA製造メーカーの生産停止により、セファゾリンの原薬は世界的に供給停止となりました。多くの医療機関がセファゾリンを確保できず、代替薬の確保に奔走する事態となりました。供給停止から通常出荷状態に戻るまでには、実に1年半以上を要しました。​

中国依存の実態と経済安全保障

このセファゾリン不足事件は、抗菌薬の原材料・原薬調達における中国依存の危険性を浮き彫りにしました。

現在、日本国内で使用されるβ-ラクタム系抗菌薬の原材料と原薬は、ほぼ100%を中国からの輸入に依存しています。β-ラクタム系抗菌薬は、国内で使用される注射用抗菌薬の85.8%(2021年)を占める、感染症治療や手術時の感染予防に必須の医薬品です。​

この状況を受け、政府は経済安全保障の観点から抗菌薬の国産化を急務としました。2022年12月、経済安全保障推進法に基づき、ペニシリン系抗生物質2剤を含むβ-ラクタム系抗菌薬4剤が「特定重要物資」として指定されました。国は553億円を投じ、Meiji Seikaファルマ、富士フイルム富山化学、大塚化学、シオノギファーマの4社による抗菌薬の国産化に取り組んでいます。​

30年ぶりの国内生産再開:岐阜工場の挑戦

2011年、明治グループは事業再編により、医薬品事業を「Meiji Seikaファルマ株式会社」として分社化しました。Meiji Seikaファルマは、感染症領域(抗菌薬・ワクチン)、中枢神経系領域、免疫炎症領域を中核とし、全身性抗菌剤の国内シェアは19%とトップ企業となっています。注射薬と経口薬を合わせて計74品目の抗菌薬を取り扱い、日本の医療基盤を支える企業として重要な役割を担っています。​

Meiji Seikaファルマは、特定重要物資に指定されたペニシリン系抗菌薬2剤の国産化に向け、その原材料である6-アミノペニシラン酸(6-APA)の生産体制構築を目指しました。6-APAは、微生物を用いた発酵生産により得られるペニシリンGを変換して製造されます。​

生産拠点として選ばれたのは、岐阜県北方町にある岐阜工場です。この工場は1971年にペニシリンの原薬工場として操業を開始し、1994年まで製造に携わってきた歴史があります。大型培養設備や排水処理設備を有し、水が豊富な土地であることは競争優位性の点で利点でした。そして何より、発酵技術をしっかり受け継ぎ、原薬製造のノウハウが保たれていることが大きな強みとなりました。​

2024年7月、岐阜工場で新精製棟の起工式が行われました。同年10月16日には新しい抗菌薬原料生産施設が完成し、12月から稼働予定となっています。年間生産能力はトン単位の規模で、2028年までに原薬の生産を目指しています。

明治ホールディングスの小林大吉郎社長は完成式で「この岐阜は国家安全保障上の重要な任務を担う。完成したら国内におけるペニシリン系抗菌薬のほぼ全てがここで生産されることになる」と述べ、30年ぶりとなる岐阜工場での生産に使命感を持って取り組んでいくと意気込みを語りました。岐阜工場長も「また再開できるなんて感慨深い。生産が途切れずに続くよう継承したい」とコメントしています。​

国産化の課題:コスト問題と政府支援

しかし、抗菌薬の国産化には大きな課題があります。それは製造コストの問題です。​

中国の原薬メーカーは日本を含めた全世界に原薬を輸出しているため、大量製造によって安く製品を供給できます。一方、原薬を国産化した場合、供給先は主に国内になるため製造量が限られ、スケールメリットを得られません。β-ラクタム系抗菌薬の原薬4成分を国産化すると、その製造コストは海外製に比べて3倍から10倍に高まるとの試算もあります。​

Meiji Seikaファルマの田前雅也執行役員によると、仮に原薬価格が中国製に比べて5倍高かった場合、最終製品のコストは約1.8倍になる計算です。しかし、製造原価が上がったからといってそのまま薬価に反映されるわけではなく、国産化に取り組んだ企業が赤字を出しかねない状況です。​

この問題に対し、いくつかの解決策が検討されています。田前氏の私案としては、同じ成分を扱う全ての製薬企業が協力し国産原薬を一定割合使うことで製造コストを均等にする案や、供給開始から5年程度は薬価と製造原価の差額を国費で補填する案などがあります。塩野義製薬は、状況に応じて国に抗菌薬を買い上げてもらうことや、最新技術の投入で製造を効率化しコストを下げることを提案しています。​

厚生労働省も2025年3月の中医協総会で、国産原薬の使用によるコスト増を議題に上げ、薬価や時限的補助など具体的な対応策を検討する方針を示しました。2028年度もしくは2030年度の薬価制度改革で取り上げる可能性があるとしています。​

Meiji Seikaファルマのグローバル展開

Meiji Seikaファルマは国産化と並行して、グローバルな供給網の構築にも力を入れています。

2025年5月、スイスに本拠地を置くSandoz(サンド)社のグループ会社と提携し、ペニシリン系抗菌薬の原薬中間体(原薬の手前の物質)について設備投資と技術提携に関する契約を結びました。これにより、原薬の安定供給体制をさらに強化する狙いです。​

また、1974年のインドネシア工場設立以来、50年以上にわたり海外事業に力を入れてきました。インドネシア工場では2015年から日本向けペニシリン系注射剤のジェネリック品の生産を開始しており、現在では日本向けペニシリン系注射剤の大きな供給拠点となっています。​

日本の医療を守る使命

Meiji Seikaファルマの小林社長は「公衆衛生上、必須な医薬品を提供する絶対的な企業として、安定供給の責任を果たしたい」と述べています。全身性抗菌剤の国内シェア19%、ペニシリン系注射抗菌剤56%、MRSA注射抗菌剤58%という高いシェアを保有していることについて、「これだけのシェアを保有しているということは、強みではなく責任である」との認識を示しています。​

岐阜工場の三友宏一工場長は「人の健康を守るという意味で、非常にやりがいのある仕事であり、使命感を持って業務にあたっています」とし、「感染症のリーディングカンパニーとして、感染症領域への貢献を大きな方針としていますが、そのベースとなる製造工場として、一翼を担っていきたい」と語っています。​

まとめ:菓子会社から医薬品メーカーへの80年

菓子会社として創業した明治製菓が、なぜ抗生剤を製造しているのか。その答えは、1946年の戦後日本で医薬品不足に直面し、菓子製造で培った発酵技術を活かしてペニシリン製造に挑戦したことに始まりました。​

以来80年近く、明治製菓(現Meiji Seikaファルマ)は「抗生物質の明治」として、日本の感染症治療に貢献してきました。2018年のセファゾリン供給不足事件を契機に、政府は抗菌薬を経済安全保障上の特定重要物資に指定し、Meiji Seikaファルマは30年ぶりとなるペニシリン原料の国内生産を再開しました。​

コスト面の課題は残るものの、「日本の医療基盤を支える企業」として、また「抗菌薬のトップサプライヤー」として、安定供給という重大な責任を果たそうとする姿勢は明確です。歯科治療を含む日本の医療現場で日々使用される抗生剤の背景には、このような長い歴史と企業の使命感があるのです。

参考文献