東日本大震災における歯科と法歯学:災害と歯科の関わり
はじめに
2011年の東日本大震災では、津波や地震の影響で多くの方が亡くなり、身元確認が大きな課題となりました。実はこの現場で大きな役割を果たしたのが「法歯学」という歯科の知識を使った個人識別の専門分野です。また、被災者に対しても一般歯科のアプローチとして応急治療や口腔ケアによる災害関連死を防ぐ仕事もあります。本記事では、震災時に一般歯科や法歯学がどのように活躍し、どんな課題や進歩があったのかを、一般の方にも分かりやすく解説します。
災害時に歯科が関わる理由
1.身元確認(歯科的個人識別)
- 歯は“生きた証”
歯や治療の痕跡は一人ひとり異なり、災害で遺体の損傷が激しい場合でも個人を特定する大きな手がかりとなります。東日本大震災において、身元を確認した遺体は1万5749人。そのうち身体的特徴や所持品による身元確認が1万3955人(88.6%)。歯型による鑑定は1248人(7.9%)で、DNA型は173人(1.1%)、指紋・掌紋は373人(2.4%)。これらのことから、歯科所見は身元確認においてDNAより7倍有効だったことが分かりました。 - 歯科医師の現場活動
全国から2,600名もの歯科医師が被災地に集まり、歯の記録(デンタルチャート)や口腔内写真、X線撮影を駆使して、遺体と生前の歯科記録を照合しました。
2.応急歯科医療
被災者の歯科疾患対応により全身疾患(誤嚥性肺炎等)を予防し、災害関連死の低減に寄与してます。
3.災害歯科保健活動
避難所での口腔保健指導・口腔ケアにより、災害関連死の約2~3割を占める呼吸器疾患の予防を支援します。
どんな課題があったのか
- 記録のバラバラ問題
歯科医院ごとにカルテの書き方や記録方法が異なり、紙媒体や手書きが中心だったため、照合作業が非常に手間取りました。津波でカルテ自体が失われるケースも多発しました。 - 人手と体制の限界
一度に大量の歯科医師が動員されたものの、指揮系統や役割分担が不明確で、現場で混乱が生じたことも課題となりました。 - システム不足
手書きチャートはミスや漏れの原因となり、デジタル化や入力支援システムの必要性が強く認識されました。
震災後の進歩と新たな取り組み
- デジタルペンで記録を効率化
広島大学などが開発した「デジタルペン」を使うことで、手書きのデンタルチャートがそのままデジタルデータになり、現場の負担が大幅に軽減されました。 - 歯科情報の国際標準化
日本の経験をもとに、歯科記録のデジタル化や国際的な標準化(ISO規格)が進められています。これにより、今後の災害時にも世界中で迅速な身元確認ができる体制づくりが進行中です。 - IT活用と多職種連携
歯科医師だけでなく、放射線技師やIT技術者とも連携し、写真やX線画像を使った自動照合システムの導入も始まっています。
まとめ
- 歯科治療の記録やレントゲン写真は、もしもの時に「あなた自身を証明する大切な情報」になります。
- 災害時の身元確認には、歯科医療の力が欠かせません。
- 今後もデジタル化や国際標準化が進むことで、より迅速で確実な身元確認が期待されています。
参考文献
- 震災犠牲者の身元確認、DNAより歯型が有効 – 日本経済新聞
- 国際法医学プロトコルを地域のニーズに適応させる:2011年東日本大震災と津波の学際的評価 Adapting international forensic protocols to local needs: an interdisciplinary assessment of the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami [PDF](2025)
- 東日本大震災における身元確認作業(2012)
- 歯科情報に基づく大規模災害時の個人識別(2015)
- 日本の災害時において歯科身元判明率が向上しない要因に関する検討(2021)
- デジタルペンを用いた身元確認用デンタルチャートシステムの開発(2016) 広島大学
- 大規模災害における犠牲者の身元確認と情報技術(2013)[PDF]
- オンライン特別鼎談 災害時の歯科の役割を再考する – クインテッセンス出版
医療従事者向けの公的機関等による情報
- 身元確認マニュアル|日本歯科医師会 [PDF]
- 災害歯科保健活動 歯科衛生士実践マニュアル2021 [PDF]
- 災害歯科保健医療対策|歯科医師のみなさま|日本歯科医師会
- 日本災害時公衆衛生歯科研究会
一般人向けの公的機関等による情報
- 災害時のお口(くち)のお手入れについて(平成30年7月)|厚生労働省
- 災害に関する情報|国民のみなさま|日本歯科医師会
- 災害時の口腔ケア リンク集|一般社団法人日本口腔ケア学会
この記事の監修者
中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事を数多く執筆・TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づいた正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けしています。
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