TCH(歯列接触癖)とは?顎関節症や原因不明の歯痛を引き起こす「微弱な持続刺激」の正体
上下の歯を無意識に触れさせ続けるTCH(歯列接触癖)は、顎関節症、歯のすり減り、原因不明の歯痛、歯周組織への負担に関わる可能性があります。国内外の論文をもとに、TCHの仕組み、筋肉・歯・歯周病への影響、削らない対処法を歯科医師がわかりやすく解説します。
目次
- はじめに:なぜ原因不明の「歯の痛み」や「トラブル」は繰り返されるのか
- TCHとは何か
- 弱い接触が筋肉を疲れさせるまで
- TCHは歯や歯周組織にも影響するのか
- 顎関節症とTCHの関係
- TCHの背景にある心理的要因
- 現代の作業環境とTCH
- TCHへの対応:削らない治療という考え方
- セルフケアで意識したいポイント
- まとめ
- 参考文献
1.はじめに:なぜ原因不明の「歯の痛み」や「トラブル」は繰り返されるのか
歯科で根管治療や被せ物の治療を受けたあとでも、「しみる感じが続く」「噛むと違和感がある」「原因がはっきりしない歯の痛みを何度も繰り返す」といった悩みが続くことがあります。こうした症状の背景には、虫歯や歯周病だけでは説明しきれない、日中の無意識の癖が関わっていることがあります。
その代表のひとつが、TCH(Tooth Contact Habit:歯列接触癖)です。TCHとは、食事や会話をしていないときにも、無意識に上下の歯を触れさせ続けてしまう癖のことです。ふつう、上下の歯は安静にしているときには触れていません。ところが、弱い力でも長い時間触れ続けると、顎の筋肉、顎関節、歯を支える組織に少しずつ負担がかかる可能性があります。1,2
この記事では、TCHとは何か、なぜ顎関節症や原因不明の歯痛、歯のすり減り、歯周病の進行と関わるのかを、現在確認できる論文に基づいて整理して解説します。あわせて、ネット上で広まりやすい強い表現のうち、どこまでが一次論文で確認できる事実なのかも分けて説明します。
2.TCHとは何か
TCHは、いわゆる強い「食いしばり」とは少し違います。強い食いしばりは自分でも気づきやすく、疲れるため長くは続きません。一方、TCHはごく弱い接触なので気づきにくく、何時間も続いてしまうことが問題です。1
ここで大切なのは、「弱い力だから害が少ない」とは限らないことです。力が弱くても、長い時間続けば、顎の筋肉は休めません。その結果、顎の筋肉の疲れ、翌日の痛み、顎のだるさ、噛み合わせの違和感などにつながることがあります。1,3
ただし、TCHだけですべての歯痛や顎関節症を説明できるわけではありません。実際の診療では、歯の神経の炎症、歯のひび割れ、歯周病による腫れ、神経の痛み、まれな病気などを見分けることが前提になります。つまり、TCHは見逃してはいけない要因ですが、何でもTCHのせいにしてよいわけではありません。4
3.弱い接触が筋肉を疲れさせるまで
TCHが問題になる理由を理解するには、まず「弱い力でも長く続けば筋肉はつらくなる」という点を押さえる必要があります。顎の筋肉は、弱い力であっても休まず働き続けると疲労がたまり、だるさや痛みの原因になりえます。
3-1.弱い力ほど長く続き、翌日の筋肉痛につながる(2010)
Farellaらは、健康な若い女性10名を対象に、最大咬合力の7.5%、10%、15%、25%、40%という5段階の力で、歯を接触させる課題を行わせました。そして、どれくらいその力を保てたか、つまり咬合力を維持できた持続時間と、咬筋・側頭筋の痛みや圧痛閾値の変化を調べました。ここでいう圧痛閾値とは、「押されたときに痛いと感じ始める境目」のことで、この値が下がるほど筋肉が痛みに敏感になっていると考えられます。1
その結果、咬合力を維持できた持続時間は1.2分から245.1分まで幅がありました。最も弱い7.5%の条件では、咬筋の圧痛閾値が直後に13.7%、翌日に22.0%低下し、側頭筋でも翌日に14.6%低下しました。つまり、弱い力でも長く続くと、翌日の筋肉の痛みにつながりやすいことが示されました。1
この研究が大切なのは、「強い力」よりも「弱い力が長く続くこと」の影響を示した点です。本人がほとんど気づかない程度の軽い歯の接触でも、長時間続けば顎の筋肉に無視できない負担をかける可能性があります。1
3-2.弱い力で長く噛むほど筋肉が酸欠になりやすい(2020)
では、なぜ弱い接触が筋肉のだるさやコリ、痛みにつながるのでしょうか。その仕組みを考えるうえで重要なのが、筋肉の中の血流と酸素の問題です。
Satokawaらは、咬筋がこなす総仕事量を同じにそろえた3つの課題、すなわち「50%MVC×30秒」「30%MVC×50秒」「10%MVC×150秒」を設定し、咬筋の組織酸素飽和度を近赤外分光法で測定しました。ここでMVCとは、最大限に噛んだときの力を100%とした場合の割合を意味します。たとえば10%MVCは、「思いきり噛んだ力」の10%ほどの、ごく弱い力です。3
結果として、3つの課題はいずれも咬筋の酸素化ヘモグロビンと総ヘモグロビンを低下させ、脱酸素化ヘモグロビンを増加させました。とくに10%MVC×150秒の課題では、終了180秒後でも酸素化ヘモグロビンは96.85%、総ヘモグロビンは98.31%にとどまり、脱酸素化ヘモグロビンは102.98%と基準値に戻りませんでした。著者らは、同じ総仕事量でも、弱い力で長く続く噛みしめのほうが、強い力で短時間の噛みしめより有害である可能性を示しました。3
筋肉が酸欠状態になると、血流が悪くなり、疲労物質がたまりやすくなるため、筋肉の張りやコリ、だるさ、痛みにつながる可能性があります。実際にSatokawaらの研究でも、弱い力で長く続く噛みしめのほうが、酸素の回復が遅れ、筋肉痛により強く関わる可能性が示されました。この結果は、TCHで起こりうる「弱いけれど長く続く接触」が、筋肉の中の血流を妨げ、咬筋のコリや痛みにつながりうることを裏づけます。患者さんが「軽く触れているだけ」と感じていても、筋肉にとっては決して無視できない負担になりうる、という点が重要です。3
4.TCHは歯や歯周組織にも影響するのか
TCHの問題は、筋肉の疲れや痛みだけではありません。弱い接触が長く続くと、歯や歯を支える組織にもじわじわと負担がかかる可能性があります。
4-1.歯のすり減りは、睡眠中だけでなく覚醒時の筋活動とも関係する(2022)
歯のすり減りは、夜間の歯ぎしりだけで起こると思われがちです。しかしKitagawaらは、覚醒時と睡眠時の咬筋筋電図活動と歯の咬耗の強さとの関係を調べ、覚醒時の筋活動も重要である可能性を示しました。5
この研究では、覚醒時に「最大限に噛んだときの力を100%とした場合の5%以上の強さ(5%MVC)」の咬筋活動が1時間あたりどれくらい続いているかを調べたところ、歯の摩耗が軽い群で6.44±4.52分、歯の摩耗が強い群で13.62±10.08分でした。また、「最大限に噛んだときの力の20%以上(20%MVC)」の活動時間は、覚醒時では軽い群1.08±1.70分に対し強い群4.78±6.37分、睡眠時では軽い群1.05±3.02分に対し強い群1.61±1.79分でした。著者らは、覚醒時と睡眠時の咬筋活動が、いずれも歯のすり減りの程度に関係する可能性を示しています。5
この結果から言えるのは、歯のすり減りを考えるとき、夜間の歯ぎしりだけでなく、日中のだらだらした接触や食いしばりにも目を向ける必要があるということです。ただし、この研究は「TCHだけが歯の咬耗の真犯人」と断定したものではありません。歯のすり減りには、酸蝕、加齢、咬み合わせ、食習慣なども関わるため、多角的な評価が必要です。5
4-2.歯周病の進行は、覚醒時の副機能的筋活動と関連する(2021)
歯周病は、歯ぐきの炎症だけでなく、進行すると歯を支える骨まで失う病気です。Ekuniらは、歯周病のサポーティブペリオドンタルセラピーを受けている患者を3年間追跡し、覚醒時・睡眠時の咬筋の副機能的活動と歯周病進行との関係を調べました。6
解析対象は48名、平均年齢は66.8±9.1歳で、ベースライン時点で覚醒時の副機能的咬筋活動が認められた割合は60.4%、睡眠時は52.1%でした。解析の結果、歯周病の進行は残っている歯の本数に加えて、覚醒時の副機能的咬筋活動とも有意に関係していました。つまり、日中の過剰な筋活動がある人ほど、歯周病が進みやすい可能性が示されたということです。6
5.顎関節症とTCHの関係
ここまでみてきたように、TCHは筋肉や歯、歯周組織に影響しうる習癖です。では、顎関節症とはどのように関係するのでしょうか。
顎関節症とは、顎の関節や筋肉に痛みが出る、口が開けにくい、顎を動かすと音がするといった症状をまとめた病気の呼び方です。Satoらの報告では、顎関節症の症状がある人のほうが、健康な人よりもTCHを持っている割合が高いとされました。また、TCHは顎関節症の慢性的な痛みに関わる因子として扱われており、顎関節症のある人でTCHが多いという大きな方向性は支持されています。7
現時点で確実に言えるのは、TCHが顎関節症の発症や長引く症状に関係する可能性はあるものの、顎関節症はストレス、筋肉、関節、生活習慣など複数の要因が重なる病気であり、TCHだけが唯一の原因ではないということです。
6.TCHの背景にある心理的要因
TCHは、単なる口の癖ではなく、心理的な緊張と関係している可能性もあります。Endoらは、日中のクレンチングがある群とない群を比較し、心理的要因との関係を検討しました。8
PubMedで確認できた要約では、日中にクレンチングがある人は、ない人に比べて不安傾向が強く、総筋活動量は約3.5倍でした。さらに、論文内容としては、クレンチングがある群では、不安感だけでなく、抑うつや神経症傾向も高い方向が示されています。ただし、これらの詳細な数値は今回確認できた要約だけでは十分に追えていないため、数値の断定は避けるのが正確です。8
つまり、日中の無意識な噛みしめは、集中やストレス、不安の高さと結びついて現れる可能性があります。このことは、患者さんがTCHをなかなかやめられない理由の説明にも役立ちます。単に「癖だからやめましょう」と指導するだけでは不十分で、生活背景や心理的緊張に目を向けながら、「気づいて離す」練習を支えることが大切です。8
7.現代の作業環境とTCH
ここでいうVDT(Visual Display Terminals)作業(日本語では情報機器作業)とは、パソコン、タブレット、スマートフォンなどの画面を見ながら行う作業のことです。2022年の日本人労働者3,930名を対象とした横断研究では、仕事中のVDT作業時間が長いほど、顎関節症関連症状がみられる人の割合が高い傾向が示されました。2
年齢、性別、心理社会的因子、ブラキシズムやクレンチングなどを考慮して比べると、仕事中のVDT時間が1時間未満の人を基準にした場合、1〜3時間未満では約1.5倍、3〜6時間未満では約1.3倍、6時間以上では約1.4倍、顎関節症関連症状がみられやすい結果でした。2
この研究では、仕事以外のVDT時間にははっきりした関連がみられませんでした。著者らは、仕事中の姿勢の悪さ、集中による筋緊張、同じ姿勢の持続などが関係している可能性を述べていますが、横断研究なので因果関係までは断定できません。つまり、「デスクワークが直接TCHを起こす」と言い切るのではなく、「長時間の仕事環境がTCHや顎関節症関連症状に関わる可能性がある」と理解するのが適切です。2
8.TCHへの対応:削らない治療という考え方
木野孔司先生らは、顎関節症の診断と管理では、強い一時的な力だけでなく、日常的な口の癖にも注目すべきだとしています。総説でも、顎関節症はひとつの原因だけで起こる病気ではなく、原因を考えながら管理することの大切さが示されています。4
そのため、痛みや違和感があるからといって、すぐに歯を削る、被せ物を作り直す、神経の治療を繰り返すといった対応が、いつも正しいとは限りません。TCHが関わっている場合は、まず「上下の歯は触れていないのが正常」ということを理解し、気づいたときに歯を離す練習をくり返すことが大切です。これは認知行動療法に近い考え方で、少なくとも一部の患者さんでは、削らない・抜かない形の介入が役立つ可能性があります。4,7,8
ただし、「数週間で劇的に改善する」とすべてのケースに言い切ることはできません。関節円板の異常、炎症性の病気、歯の破折、歯の神経の病気などがある場合は、TCHの指導だけでは改善しないことがあるため、症状に応じた検査と診断が欠かせません。4
9.セルフケアで意識したいポイント
TCH対策の基本は、歯を触れさせていることに気づく回数を増やすことです。診療室では、患者さんに「唇は閉じる、歯は離す、舌は軽く上あご」という安静時の位置を説明し、デスク、洗面所、パソコン、スマートフォンなど、よく目に入る場所にメモ(付箋紙・ポストイットや直径数ミリの小さなシール)を貼る方法がよく使われます。これは、そのメモが目に入った時に歯と歯を離す習慣付けをすることで、無意識の癖をまず意識できるようにするためです。4,7
日常では、次のような場面でTCHが起こりやすくなります。
- パソコン作業やスマートフォン操作に集中しているとき
- 緊張しているとき
- 細かい作業に没頭しているとき
- 運転中
- 家事や仕事で前かがみ姿勢が続くとき
セルフケアは役立ちますが、長引く歯痛、噛めないほどの痛み、口が開きにくい、腫れがある、夜に強く痛む、冷たい物や熱い物で強くしみるといった症状がある場合は、自己判断で「TCHだけの問題」と決めつけないことが大切です。TCHは見逃されやすい一方で、本当に治療が必要な病気を隠してしまうこともあるからです。症状が続くときは、歯そのものの病気がないかも含めて歯科で確認する必要があります。4
10.まとめ
TCHは、強い食いしばりのように目立たない一方で、弱い接触が長時間続くことで、顎の筋肉や顎関節、歯、歯周組織に負担をかけうる癖です。実験研究では、弱い力でも長く続く接触が翌日の筋肉痛や筋肉内の酸素不足と関係することが示され、臨床研究では、歯のすり減り、歯周病の進行、顎関節症関連症状との関連が示されています。1,2,3,5,6
また、日中のクレンチングは不安傾向と関連し、抑うつや神経症傾向も背景にある可能性があります。つまりTCHの対策は、歯だけを見るのではなく、生活環境、作業姿勢、ストレス、無意識の行動まで含めて考える必要があります。8
原因不明と思っていた歯や顎の不調の背景に、TCHが隠れていることはあります。気になる症状が続くときは、歯そのものの病気を見逃さないためにも、顎関節症や口の癖まで含めて評価できる歯科医院で早めに相談することが大切です。
船橋で、原因がはっきりしない歯の痛みや顎のだるさ、歯ぎしり・食いしばり・TCHが気になる方は、船橋のかわせみデンタルクリニックへご相談ください。症状の背景を丁寧に見極め、必要な検査と削りすぎない治療方針をご提案します。
11.参考文献
- Jaw muscle soreness after tooth-clenching depends on force level(2010)
歯の食いしばり後の顎筋痛は力の強さに依存する
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20439931/ - Association of visual display terminal time with prevalence of temporomandibular disorder among Japanese workers(2022)
日本人労働者におけるVDT作業時間と顎関節症有病率の関連
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9644922/ - Evaluation of tissue oxygen saturation of the masseter muscle during standardised teeth clenching(2020)
標準化された歯の噛み締め時における咬筋の組織酸素飽和度の評価
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31332831/ - Diagnosis and Management for Temporomandibular Disorders under Consideration of the Etiology
病因を考慮した顎関節症の診断と管理
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajps/1/1/1_1_7/_article/-char/en - Effect of masseter muscle activity during wakefulness and sleep on tooth wear(2022)
覚醒時および睡眠時の咬筋活動が歯の摩耗に及ぼす影響
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34955483/ - Parafunctional masseter muscle activity during waking is related to periodontitis progression: A pilot prospective cohort study(2021)
覚醒時の副機能的咬筋活動は歯周病の進行に関連している:パイロット前向きコホート研究
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33484572/ - Teeth contacting habit as a contributing factor to chronic pain in patients with temporomandibular disorders(2006)
顎関節症患者の慢性疼痛に寄与する因子としての歯牙接触癖
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmds/53/2/53_530203/_article - Clenching occurring during the day is influenced by psychological factors(2011)
日中のクレンチングは心理的要因の影響を受ける
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21296641/
執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中・TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づいた正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けしています。
かわせみデンタルクリニック
所在地:〒273-0005 千葉県船橋市本町6丁目3−20 ベルヴィル船橋本町 1階B号室
電話番号:047-409-2988
JR・東武鉄道「船橋」駅 徒歩4分
平日 9:00 ~ 13:00 14:30 ~ 18:00
土曜 9:00 ~ 13:00 14:00 ~ 17:00
(休診:日曜・月曜・祝日)

当院は、初診時にしっかりと検査を行い、歯周病・虫歯・根管治療から矯正歯科・小児矯正まで、丁寧にご説明のうえで治療を進めています。
治療後も再発予防に努め、安心して通える歯科医院をめざしています。

