100年前の台湾歯科医療 – 日本統治時代の歯科技術と治療費
現代の歯科医療が当たり前になった今、かつて台湾ではどのような歯科治療が行われ、その費用はどれくらいだったのか?
今回は、日本統治時代(1895年~1945年)の台湾における歯科医療の発展と、当時の驚くべき治療費について深く掘り下げた興味深い論文を紹介します。

『日本統治時代の台湾の歯科技術』 “Dental technology of Taiwan during the Japanese colonial period” Feng-Chou Cheng, et al. Journal of Dental Sciences 2022 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9201623
日本統治時代の台湾歯科医療、その夜明け
日本統治時代は、台湾社会が近代化へと進む重要な時期でした。この時代に、西洋医学システムと歯科医師・医師の免許管理制度が台湾に導入され、初めて「歯科医師」という医療従事者が台湾に登場しました。
• 初の公認歯科医: 1896年(明治29年)には、堺千代松医師が台北市で歯科医院を開設し、台湾初の公認歯科医として記録されています。
• 病院歯科の始まり: 1906年(明治39年)には、台湾総督府台北病院が外科部に歯科治療室を設置し、これが台湾における病院歯科の始まりとされています。
• 歯科医師の増加: 当初は少なかった歯科医師の数も、1909年にはわずか4人でしたが、1942年には567人、統治最終年の1945年には738人にまで増加しました。この増加の背景には、日本の歯科学校を卒業した台湾人が帰国して開業したことや、日本の歯科医が台湾に渡ってきたことが挙げられます。
• 戦後の混乱と現在の発展: しかし、第二次世界大戦後には一時的に歯科医師数が激減する困難な時期も経験しました。それでも、70年以上の発展を経て、2019年には8つの歯科大学、15,429人の歯科医師を擁するまでに成長しました。
研究の焦点:台北病院の歯科治療と費用
この研究では、「台北病院第27年度年報(大正12年)」に記載された歯科治療費を主要な資料として用いています。当時の台北病院は東アジアで最も先進的な近代病院の一つであり、その歯科治療は当時の台湾で最も充実していたと考えられています。この年報と当時の日本の歯科教科書を参照することで、当時の歯科医療技術の内容とレベルを詳細に分析し、現代の治療内容・費用と比較しています。
当時の歯科治療は「超」高額だった!
研究の結果、100年前の台北病院では、すでに現代歯科医療に通じる多岐にわたる歯科治療が提供されていたことが明らかになりました。歯石除去、根管治療、保存修復、補綴(ほてつ)、矯正治療など、現在の歯科専門分野に近い治療が行われていたのです。当時の台湾では、現代歯科医療の形と複数の専門分野が存在していたと言えます。
しかし、注目すべきはその治療費です。当時の歯科治療費は非常に高額であり、特に補綴治療と矯正治療は群を抜いて高かったことが示されています。
具体的な治療費(大正12年、初任小学校教師の月給40元を基準に算出):
- 歯石除去: 1元(月給の2.5%)
- アマルガム充填: 0.8~1.5元(月給の2~3.75%)
- 金箔充填: 2~20元(月給の5~50%)
- 白金冠: 18~30元(月給の45~75%)
- 最も基本的な3歯のブリッジ: 18~45元(月給の45~112.5%)
- 矯正治療: 1弓あたり5~20元(月給の12.5~50%)
- 金床義歯: 1弓あたり85~160元(月給の212.5~400%)
最も基本的な3歯のブリッジ: 18~45元(月給の45~112.5%)という数字、これは1916年の日本人公務員家庭(月収80元)の月収の22.5~56.25%にも相当し、一般の人々には手が出しにくい非常に高価な治療だったことがわかります。
現代との比較:治療費の明暗
100年間の発展を経て、現在の台湾(2021年時点)の歯科治療費はどのように変化したのでしょうか?
• 安くなった治療: スケーリングやアマルガム充填、セメント充填(現代のグラスアイオノマーセメントやコンポジットレジン修復に相当)などの一般的な治療の費用は相対的に低下しています。これらの治療の多くは、現在の台湾の健康保険制度でカバーされており、台湾の人々は便利で安価に一般的な歯科治療を受けられるようになりました。
• 高くなった治療: 一方で、根管治療、特に補綴治療と矯正治療の費用は大幅に増加しました。これらの治療は健康保険の対象外となることが多く、患者の自己負担が非常に大きくなっています。例えば、最も難しい固定式二弓矯正装置は、現代の初任小学校教師の月給(2018年時点で43,135台湾ドル)の4倍以上もの費用がかかることもあります。
当時の高度な歯科技術を垣間見る
論文では、当時の台北病院で行われていた治療の詳細にも触れています。
- X線診断: 1918年の台湾歯科医師令には歯科放射線も専門分野の一つとして挙げられており、台北病院の歯科部門には歯科用X線装置があった可能性が高いとされています。X線は1895年に発見され、歯科用X線装置は1905年にはドイツで製造されていたため、1906年に歯科治療室が設置された台北病院でも導入されていたと考えられます。
- 歯石除去: 超音波器具が普及する1950年代以前なので、当時の歯石除去は手用器具で行われていたと推測されます。
- 根管治療: 年報にあった「ゴム充填」は現代の根管治療にあたり、1867年から根管充填に使われ始めたガッタパーチャが用いられていたと考えられます。
- 充填材: アマルガム(1826年導入)や金箔(1855年発見)、そしてリン酸亜鉛セメント(1897年導入)やケイ酸セメント(1908年米国導入)といった当時の最新の材料が使われていた可能性があります。
- 義歯: 当時は天然ゴム製の義歯(いわゆる「ゴム義歯」)が使われており、ゴムによる刺激を避け、清掃性を高めるために金や白金の義歯裏装技術も存在しましたが、これらは時代とともに廃れていきました。
当時の台北病院の歯科医は、1923年には3人で年間4511人の外来患者を診ており、現在の台湾大学病院の歯科医の平均外来患者数(2019年で1人あたり1034人)と比べても遜色ない忙しさだったことがわかります。彼らは口腔外科、歯周病学、小児歯科など、幅広い専門能力を持つ総合診療医であったと推測されています。
まとめと今後の展望
この論文は、日本統治時代の台湾における歯科医療技術が、すでに現代歯科医療の基礎的な形を備えており、複数の歯科専門分野が存在していたことを明確に示しています。そして、当時の歯科治療費が非常に高額であったこと、特に富裕層や上流階級の患者にとっては不可欠な治療であったことを浮き彫りにしています。
現代の台湾では、健康保険制度のおかげで多くの人々が基本的な歯科治療を気軽に受けられるようになりましたが、補綴や矯正といった自費治療は依然として大きな経済的負担となっています。
この研究は、台湾の歯科史研究にとって非常に貴重な参考資料であり、過去と現在の歯科医療の発展、そして社会経済的な側面を比較する上で重要な洞察を与えてくれます。皆さんも、この機会に100年前の歯科医療に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
参考文献
• Cheng, F. C., Wang, L. H., Ozawa, N., Wang, C. Y., Chang, J. Y. F., & Chiang, C. P. (2022). Dental technology of Taiwan during the Japanese colonial period. Journal of Dental Sciences, 17(2), 882–890. doi: 10.1016/j.jds.2021.12.017 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9201623
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