日本は禁止済みのアマルガム:水銀条約から見える環境政策の推移
アマルガムとは、水銀などの金属でできている合金で、主に歯科治療で用いられることで有名です。水銀およそ50%、銀35%、スズ9%、銅6%、少量の亜鉛からなる「無機水銀」で、水俣病の原因になった有機水銀(メチル水銀)とは異なります。由来はギリシャ語で「やわらかい塊」を意味する「malagma」が語源だとされています。
いわゆる「銀歯」とよばれる金属の詰め物・被せ物に、100年近く前から使用されていましたが、水銀の安全性を疑問視する声が上がり、日本では2016年に保険適用外となりました。

現在、日本の歯科治療において一般的に用いられている銀歯の種類は「金銀パラジウム合金」「銀合金」「チタン」の3種類です。
そしてこの度、2026年11月に開催された水俣条約会議COP6において、水銀を含む銀歯(アマルガム)の製造禁止で合意しました。
国連による廃止への働きかけにもかかわらず水銀使用は増加
金価格の上昇が水銀使用量の増加を促進
水銀排出の最大の発生源の一つは、職人的小規模金採掘(ASGM)です。これは個人または小グループによる限定的な生産量の金採掘のことで、世界の金の約 20% が ASGM で生産されています。しかし、金の価格が史上最高値近くまで高騰したため、ASGM での水銀使用量も増加しています。神経毒性物質である水銀は金とアマルガムを形成し、これにより採掘者は水や土壌から金を分離することができます。次に、水銀が燃え尽きるまでアマルガムを加熱すると、純金が残ります。世界中で自然に発生する鉱物の辰砂(硫化水銀)から水銀を分離するのは比較的容易です。
ASGM(亜硫酸ガス生産システム)では1,000万人から2,000万人が働いており、そのうち400万人から500万人は女性と子供です。水銀への曝露は誰にとっても危険ですが、特に子供と妊婦にとって危険です。
水銀汚染は特にアマゾン川流域で蔓延しており、ASGM からの廃棄物が先住民族の領土を汚染し、地元の生態系と人間の健康を脅かしています。
水銀に関する水俣条約:第1回から第6回締約国会議の全体的な流れ
COP会議の開催地・開催日一覧
| 会議 | 開催期間 | 開催地 | 特記事項 |
|---|---|---|---|
| COP1 | 2017年9月24日~29日 | ジュネーブ(スイス) | 条約発効後初の会議 |
| COP2 | 2018年11月19日~23日 | ジュネーブ(スイス) | ワーキングCOP |
| COP3 | 2019年11月25日~29日 | ジュネーブ(スイス) | 2年ごと開催に決定 |
| COP4.1 | 2021年11月1日~5日 | オンライン開催 | 初の2段階開催(第1部) |
| COP4.2 | 2022年3月21日~25日 | バリ(インドネシア) | 初の2段階開催(第2部) |
| COP5 | 2023年10月30日~11月3日 | ジュネーブ(スイス) | 条約採択10周年 |
| COP6 | 2025年11月3日~7日 | ジュネーブ(スイス) | アマルガム禁止決定 |
条約採択から第1回会議まで
水銀による汚染から人の健康と環境を保護することを目的とした「水銀に関する水俣条約」は、2013年10月10日に熊本県水俣市および熊本市で開催された外交会議で採択されました。その後、2017年8月16日に正式に発効し、同年9月に第1回締約国会議が開催されました。
第1回締約国会議(COP1)- 2017年9月24日~29日
開催地: スイス・ジュネーブ
参加者: 約150の国と地域から約1,200人
条約発効後、初となる第1回締約国会議では、条約の実施に向けた基盤整備が中心に進められました。
主な決定事項
事務局の設置と運営: ジュネーブに常設事務局を置くことが決定され、廃棄物・化学物質3条約(バーゼル条約、ロッテルダム条約、ストックホルム条約)事務局との協力体制の構築が決められました。
資金メカニズム: 途上国支援プログラム(SIP:特定の国際的な計画)の運営細則が決定されました。
技術的ガイダンス: 水銀の大気排出に関する手引が正式に採択され、水銀モニタリングと有効性評価の枠組について検討が開始されました。
特別イベント
「水俣に思いを捧げる時間」が開催され、水俣市長と水俣病患者代表がスピーチし、国際的な水銀規制の意義が再確認されました。
第2回締約国会議(COP2)- 2018年11月19日~23日
開催地: スイス・ジュネーブ
参加者: 140を超える国と地域から約900人
第2回会議は「ワーキングCOP」として位置づけられ、条約実施に必要な技術的ルールの詳細化に焦点が当てられました。
主な決定事項
事務局の正式化: ジュネーブに独立した常設事務局として正式に発足することが決定されました。
水銀廃棄物の閾値: 「水銀汚染物」の閾値濃度について議論を優先的に実施することで合意し、COP3に向けて専門家会議を設置することが決定されました。
保管と管理ガイドライン: 水銀の環境上適正な暫定的保管に関する指針が採択され、汚染された場所の管理に関する手引き作成のロードマップが決定されました。
放出源の特定: 水・土壌への水銀放出源の特定に関するガイドライン作成が開始されました。
日本の貢献
日本は欧州連合や米国と共同で3つの決議案を提出し、国際的なルール作りに積極的に貢献しました。
第3回締約国会議(COP3)- 2019年11月25日~29日
開催地: スイス・ジュネーブ
参加者: 1,000人以上
第3回会議では、条約の詳細ルール作りが大きく進展しました。重要なことに、この会議以降、締約国会議は2年ごとに開催されることが決定されました。
主な決定事項
汚染地管理ガイダンス: 水銀により汚染された場所の管理に関する手引が採択されました。
附属書の見直し: 水銀添加製品(附属書A)および水銀使用製造工程(附属書B)の見直しスケジュールが決定され、有効性評価について継続審議が決定されました。
委員会人選: 日本がアジア・太平洋地域の代表として実施・遵守委員会委員に選出されました。
特別な取り組み
日本は欧州連合と共同で決議案を提出し、水銀規制に関する国際的なルール作りにリーダーシップを発揮しました。
第4回締約国会議(COP4)- 2021年11月~2022年3月(2段階開催)
第1部(COP4.1): 2021年11月1日~5日、オンライン開催
第2部(COP4.2): 2022年3月21日~25日、バリ(インドネシア)
新型コロナウイルス感染症の影響で、初めて2段階方式での開催となりました。
第1部の決定事項
2022年の予算および作業計画が採択されました。
第2部の主な決定事項
有効性評価の枠組み: 有効性評価グループおよびオープンエンド科学グループの設置要綱が決定されました。これにより、条約発効6年以内に開始される有効性評価の体制が整備されました。
附属書Aの改正: 以下の項目について合意されました:
- 電球形蛍光ランプなど8種類の水銀添加製品について2025年末までに製造・輸出入を廃止
- 歯科用水銀アマルガムの段階的削減に向けた追加措置
水銀放出インベントリ: 水・土壌への水銀放出に関するガイダンス文書が採択されました。
廃棄物の基準: 鉱山採掘由来の水銀汚染物について、含有濃度25mg/kg超、溶出濃度0.15mg/L超の基準が決定されました。
バリ宣言: インドネシア政府が水銀の違法貿易に関する「バリ宣言」を表明しました。
第5回締約国会議(COP5)- 2023年10月30日~11月3日
開催地: スイス・ジュネーブ
参加者: 約800人(会場)、900人以上(オンライン含む)
条約採択10周年を記念し開催された第5回会議では、水銀規制が一層強化されました。
主な決定事項
附属書Aの大幅改正: 9種類の新規または見直し製品について2025年末~2027年末に段階的廃止することが決定されました。これにより、直管蛍光灯、コンパクト蛍光灯、ボタン電池など複数の製品について、2027年末までに全ての一般照明用蛍光灯の製造・輸出入が禁止されることになります。
附属書Bの改正: 水銀含有触媒を使用したポリウレタン製造について2025年に禁止することが決定されました。
歯科用アマルガムの規制強化: 段階的削減から段階的廃止へと一層強化され、COP6での詳細規定が予定されました。
水銀汚染廃棄物の基準: 水銀含有濃度を15mg/kgに統一することが決定されました。
新規項目: 化粧品の水銀含有基準が導入され、2025年以降、化粧品中の水銀は認めないことになりました。また、先住民と地域社会の参加を強調し、ジェンダー行動計画の採択とデジタル戦略の導入が行われました。
第6回締約国会議(COP6)- 2025年11月3日~7日
開催地: スイス・ジュネーブ
参加者: 1,000人以上
最新の第6回会議では、特に歯科用アマルガムの規制が大きなテーマとなりました。
主な決定事項
歯科用アマルガムの禁止決定: 銀歯として虫歯治療に使う「歯科用アマルガム」の製造・輸出入を2034年末までに禁止することで合意しました。これはCOP5での段階的廃止から、さらに強い禁止規制へと強化されたものです。
各国の対応状況
欧州連合(EU): すでにアマルガムの使用を法律で完全に禁止しています。
日本: 2016年に保険適用から除外され、現在は製造されていません。環境省やNPO法人「日本歯科保存学会」は、アマルガムを使用している患者について、虫歯の再発などがなければ除去する必要はないとしています。
カナダ・米国・オーストラリア: 安価な治療法として継続使用中です。
なお、カナダ BC(ブリティッシュコロンビア)州 歯科医師会による2025年の推奨診療報酬(仮に**1カナダドル(CAD)= 110円(JPY)**として計算)は以下の通り
アマルガム修復 (Amalgam Restorations) – 非接着:
- 乳歯: 1面 151.00 (約 16,610 円) ~ 5面 289.00 (約 31,790 円)
- 永久歯 前歯・小臼歯: 1面 179.00 (約 19,690 円) ~ 5面 447.00 (約 49,170 円)
- 永久歯 大臼歯: 1面 194.00 (約 21,340 円) ~ 5面 541.00 (約 59,510 円)
条約実施の進展
8年間にわたる規制強化の段階
初期段階(2017年~2018年): 条約の事務局設置や基本的なルール作りが進められました。
詳細化段階(2019年): 水銀汚染地の管理ガイダンスが採択され、詳細ルール作りが大きく進展しました。
強化段階(2021年~2022年): 水銀添加製品の具体的な規制対象の拡大と廃止期限が決定されました。
規制強化段階(2023年~2025年): 対象製品の拡大と廃止期限の前倒し、歯科用アマルガムの段階的削減から段階的廃止への転換、新規項目(化粧品の水銀基準)の追加が行われました。
今後の課題
国際社会は、水銀添加製品のさらなる新規対象の検討、有効性評価の実施と継続的改善、途上国の実装能力向上への支援、非意図的水銀排出源(採掘、廃棄物焼却など)の管理強化、先住民・地域社会との連携強化に取り組む必要があります。
まとめ
水銀に関する水俣条約は、日本の水俣病の歴史的教訓に基づいて2013年に国際的に採択されました。第1回会議から第6回会議まで、約8年間にわたり、国際社会は水銀による汚染から人の健康と環境を守るための規制を段階的に強化してきました。特に第6回会議での歯科用アマルガムの禁止決定は、この条約の進化と効果の現れといえます。今後も締約国が連携し、より実効的で効率的な水銀規制の実施に向けて取り組むことが期待されています。
参考文献
- The Minamata Convention – The Road to Safer Practices
水俣条約―より安全な実践への道
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC11749043/ - Minamata Convention on Mercury | IISD Earth Negotiations Bulletin
水銀に関する水俣条約
https://enb.iisd.org/negotiations/minamata-convention-mercury - Minamata Convention on Mercury – Official Website
UNEP(国連環境計画)水俣条約公式ウェブサイト
https://minamataconvention.org/ - Mercury use is on the rise despite a UN push for phaseout (2025年11月7日)
国連による廃止への働きかけにもかかわらず水銀使用は増加
https://cen.acs.org/environment/pollution/mercury-gold-minamata-toxic-skincare/103/web/2025/11 - 水俣条約会議、水銀含む銀歯製造禁止で合意(共同通信)
https://www.47news.jp/13423708.html
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