歯科治療中に起きる皮下気腫とその緊急時対応について
皮下気腫は、歯科治療で使う空気が組織のすき間に入り込み、顔や首が急に腫れる合併症です。国内の報告では、タービンで下顎智歯を分割したときと、エアーで歯や傷を乾かしたときに多く起きています。捻髪音で見つけ、縦隔・眼窩への広がりを見逃さず、患者さんの異変にはバイタルサインの確認から動きます。
目次
皮下気腫とは:皮下組織に空気がたまった状態
皮下気腫は、外から皮下組織の中に空気が入り、たまった状態です。歯科では、タービンやエアシリンジの圧縮空気が、歯肉や骨の傷から組織のすき間へ押し込まれて起きます1,2。入り込んだ空気は、舌下隙や顎下隙、側咽頭隙などの筋膜のすき間を伝って広がります1。
多くは安静にして経過を見れば、空気が吸収されて治ります1,2。ただ口の中には細菌が多いため、長野赤十字病院口腔外科の北川原らは混合感染を防ぐ目的で広域の抗菌薬を投与するとしています1。物が二重に見える複視など、広がった場所による合併症が起きることもあります1。
起きる頻度は高くありません。東北大学病院の口腔外科外来では、2013年7月から2022年6月に切削器具を使って下顎埋伏智歯を抜歯した11,819例のうち、気腫と判断してCTで確かめた例は12例で、発生率は0.102%でした3。
長野赤十字病院の14例:タービンによる分割とエアーによる乾燥で起きていた
長野赤十字病院口腔外科の14例では、5例がタービンによる歯の分割、8例がエアーによる乾燥をきっかけに起きていました1。1983年10月から2000年12月までの17年間に、同科を受診した13例と同科で起きた1例をまとめた報告です。
長野赤十字病院口腔外科の14例
| 症例 | 年齢・性別 | 処置(要因) | 腫れの範囲 | 同科での治療期間 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 30・男 | 根管治療(エアー乾燥) | 眼窩下、頬、顎下部 | 4日 |
| 2 | 30・女 | 水平埋伏歯抜歯(タービン分割) | 上眼瞼、頬、顎下、頸部 | 6日 |
| 3 | 60・男 | 冠の再装着(エアー乾燥) | 頬、顎下部 | 6日 |
| 4 | 39・女 | インプラント埋入(エアー乾燥) | 眼窩下、頬、顎下、頸部 | 不明 |
| 5 | 32・女 | レジン充填(エアー乾燥) | 頬部、顎下部 | 3日 |
| 6 | 67・女 | コア印象(エアー乾燥) | 上眼瞼、頬、顎下部 | 4日 |
| 7 | 43・女 | 水平埋伏歯抜歯(タービン分割) | 頬部、顎下部、頸部 | 不明 |
| 8 | 39・女 | 半埋伏歯抜歯(タービン分割) | 頬、顎下、頸部 | 6日 |
| 9 | 37・女 | 抜歯(不明) | 眼窩下、頬部 | 6日 |
| 10 | 26・男 | 単治(エアー乾燥) | 頬、顎下、頸部 | 11日 |
| 11 | 16・男 | 抜歯(タービン分割) | 顎下部 | 4日 |
| 12 | 35・男 | 埋伏歯抜歯(タービン分割) | 眼窩下、頬、顎下、頸部 | 6日 |
| 13 | 32・女 | 抜歯(エアー乾燥) | 眼窩下、頬部、顎下部 | 5日 |
| 14 | 27・女 | 抜歯(エアー乾燥) | 頬、側頭、顎下部 | 4日 |
表の出典:1の表1-1・表1-2をもとに作成。「単治」は論文の表記のまま。
全例に抗菌薬が投与され、治療期間は経過の分かる12例で3〜11日でした1。開眼障害は症例2・6・12の3例、頭痛と吐き気は症例7の1例にありました1。
国内の報告43例との比較:下顎智歯とタービンによる分割が多い
北川原らが集めた1980〜1999年の国内の報告43例でも、下顎智歯が23例と最も多く、原因はタービンによる歯の分割が21例で最多でした1。
長野赤十字病院の14例と国内の報告43例の比較
| 項目 | 長野赤十字病院の14例 | 国内の報告43例 |
|---|---|---|
| 女性/男性 | 9/5 | 28/15 |
| 20歳代/30歳代 | 2/8 | 15/12 |
| 下顎智歯 | 4 | 23 |
| 上顎の犬歯・小臼歯 | 2 | 9 |
| 治療期間7日以内 | 11 | 27 |
| 治療期間8日以上10日未満 | 1 | 8 |
国内の報告43例の原因
| 原因 | 例数 |
|---|---|
| タービンによる歯の分割 | 21 |
| エアーを使った根管治療 | 11 |
| エアーを使った抜歯 | 4 |
| タービンによる齲蝕除去 | 2 |
| 過酸化水素水の発泡(根管治療) | 2 |
| エアーを使った歯肉弁切除、齲蝕除去 | 各1 |
| 抜歯後のくしゃみ | 1 |
表の出典:2つとも1の表2をもとに作成。数字は論文の表2のまま(症例10の11日も、表2では「8日以上10日未満」の区分に入っている)。
国内で報告された43例のうち16例は縦隔気腫まで進み、16例中15例が抜歯、14例が下顎智歯に関連していました1。英国の系統的レビューがまとめた1993〜2020年の報告135例でも、空気で動くハンドピースによるものが51.1%、エアシリンジが9.6%で、術後の患者さんの動作によるものも10.4%ありました4。歯面清掃のエアーポリッシングによる例も3.7%あり、インプラントの周りと歯周治療の両方で報告されています4。
起こりやすい部位と処置
下顎智歯の抜歯は、切開・剥離の範囲が広く、粘膜下へ空気が抜ける状態でタービンを使わざるを得ないため、気腫が多いと北川原らは考察しています1。日本歯科医学会の指針は、抜歯の時間が短くても起きた報告を挙げ、問題は空気圧よりも圧縮空気が吹き出す向きではないかという考察を紹介しています5。
上顎の犬歯・小臼歯は、根尖から皮質骨までが約2mmで、下顎の4〜8mmより短く、空気が粘膜下へ進みやすいと北川原らはみています1。根管治療では、空気の出口が細いほど圧縮空気の圧力が高くなり、根尖ではより強い圧で組織へ入り込むと説明しています1。気腫を起こしやすい根管として、短い根やまっすぐな根、過度な開孔、根尖病巣、薄い歯槽骨が挙げられています1。
皮下気腫の症状:腫れに触れる捻髪音と、気づきにくさ
決め手は、腫れた所を触ると感じる捻髪音です。長野赤十字病院の14例では、全例で眼瞼周囲や頬部、顎下部、頸部に広がるびまん性の腫脹と捻髪音がありました1。北川原らは、症状と気づきにくさを次のように書いています1。
突発的に患部を中心として周囲にび漫性の腫脹と疼痛,特異的な捻髪音を触診できるためその診断は比較的容易である。しかし,覆布で顔面が見えない,局麻使用下では疼痛が自覚されにくい,などの理由により発見が遅れる可能性もあり,徐々に空気が拡散して帰宅後に異常に気付き再来するケースも報告されている。
鳥取県立中央病院の25歳男性の例では、下顎水平埋伏智歯をタービンで分割して抜歯した翌日の受診時に、頬部から顎下部の腫脹と開口障害がありました2。高度な腫脹のわりに炎症所見が弱く、腫れた所に一致して捻髪音を触れたことから、皮下気腫と診断されています2。
覆布を使っていない東北大学病院でも、抜歯の途中で見つかったのは3例で、9例は抜歯を終えてから見つかりました3。発症は直後か数時間以内が多いものの、数日後に起きた例も報告されているので6、処置の直後だけでなく帰宅後の腫れも皮下気腫を疑う手がかりになります。腫れの原因としては、アレルギー反応や血腫、蜂窩織炎、血管性浮腫と見分けます4,6。
皮下気腫の合併症:縦隔・眼窩への進展と重い例
呼吸困難や胸痛、嚥下痛、複視があれば、縦隔や眼窩への進展を疑い、CTで空気の広がりを確かめます。北川原らは、報告された重い合併症を次のように挙げています1。
状況によっては重大な合併症を併発することもあり,呼吸困難,血圧低下のため気管内挿管,ICU入室となった症例,眼窩内気腫を合併し複視を生じた症例,インプラント埋入時に右心室の空気塞栓と皮下気腫を合併して突然死した症例,抜歯後に眼窩にまで気腫が進展し失明に至った症例などが報告されている。
ほかにも、歯科インプラント手術中の空気塞栓で死亡した3例7と、抜歯後の眼窩気腫で視力を失った例8が報告されています。東北大学病院で気腫と診断してCTを撮った12例では、縦隔まで7例(58%)、眼窩まで5例(42%)が進展していました3。合併症は嚥下痛が2例、呼吸困難感が2例、胸部圧迫感が3例でした3。
長野赤十字病院で抜歯中に起きた症例12では、抜歯を中断し、呼吸困難やバイタルサインの悪化がないことを確かめてからCTを撮り、縦隔まで空気が入っていることを確認しました1。関東労災病院の呼吸器外科は、縦隔気腫を見つけるために必ず胸部CTを撮るべきだとしています9。東北大学病院の著者は、縦隔気腫や眼窩気腫があれば、専門医への対診と入院での管理を勧めています3。
皮下気腫の治療と経過:多くは安静と抗菌薬で約1週間
報告された例の多くは、安静を保ち、感染予防の抗菌薬を投与して経過を見て、約1週間で腫脹と捻髪音が消えています1。長野赤十字病院の14例では、全例に抗菌薬を3〜4日投与しました1。経過不明の2例と智歯周囲炎を合併した1例を除き、1週間以内に捻髪音が消え、後遺症は残りませんでした1。
鳥取県立中央病院の25歳男性は、3日目に捻髪音が減り、4日目に腫れが大きく引き、7日目に腫れと捻髪音が消えました2。谷尾らは、腫れた所を押すと気体がほかの部位へ広がり、切開しても気体はほとんど抜けないため、圧迫や切開はせずに安静を保つとしています2。北川原らも、マッサージなどの刺激で深部へ広がるおそれがあるとして、脱気は可能な範囲にとどめ、安静を勧めています1。
東北大学病院の12例では、10例が入院し、抗菌薬の投与期間は平均5日、入院期間は平均6日でした3。英国の系統的レビューがまとめた135例では、抗菌薬が76%に使われ、症状が消えるまでは平均7.3日で、感染の報告は1件、死亡の報告はありませんでした4。抗菌薬がどのような場合に必要かは、さらに研究が要るとこのレビューの著者は述べています4。
皮下気腫の予防:当院が5倍速コントラを使う理由
日本歯科医学会の指針は、下顎埋伏智歯の抜歯で起きた気腫のほとんどがエアタービンによるものだとして、歯の分割に5倍速マイクロモーターを勧めています5。エアタービンは圧縮空気で回転し、駆動用の空気を水や冷却用のエアーと一緒に出します6。取扱説明書の値では、駆動用の空気の圧力は0.20〜0.29MPa、流量は毎分約64Lです6。5倍速コントラは電動モーターで回転させるため、この駆動用の空気を使いません6。当院はこの違いから、タービンによる皮下気腫を減らすために5倍速コントラを使っています。
5倍速コントラでも、先端から出る冷却用のエアー(チップエアー、0.2MPa、毎分約1.5L)には注意が必要です3,6。東北大学病院の12例のうち、タービンを使った抜歯は3例で、残る9例は5倍速コントラかストレートハンドピースだけを使っていました。著者は、この9例の気腫はチップエアーで起きたと考えています3。抜歯全体で使った器具の内訳は示されていないため、この9例と3例から器具ごとの起こりやすさは比べられません3。
手技の面では、抜歯時に舌側の剥離をできるだけ少なくするよう勧められています1,10。根管治療では、乾燥にエアシリンジではなく綿栓を使い、泡立ちの少ない薬液で洗浄することが勧められています1,10。
患者さんへの説明と帰宅後の指導
起きたときは症状と見通しを十分に説明し、腫れた所を押さないよう伝えます。谷尾らは、患者さんの不安ははかり知れず、症状の説明を厳重に行う義務があるとしています2。同じ症例では、口の中を清潔に保つこと、抗菌薬を規則正しく飲むこと、腫れた場所を押さないこと、長時間の入浴を避けることの4つを伝えていました2。
奥羽大学の報告では、根管治療のあとに患者さん自身が空気を抜こうと何度も腫れた部分を押していた例で、気腫が縦隔まで広がりました10。著者は、押したことで気腫が広がったと考え、腫脹部を押さないで安静にするよう患者さんに指示するとしています10。
鹿児島大学の例では、抜歯中に顔が腫れて飲み薬の抗菌薬を処方されて帰宅したあと、のどの痛みや息苦しさ、胸の痛みが出て、縦隔気腫が見つかりました11。帰宅後に悪化する例があるので、帰す前に、息苦しさや胸の痛みが出たらどこへ連絡するかを伝えておくのが良いでしょう。術後のくしゃみで頬が急に腫れた例もあり、抜歯後は強く鼻をかまないよう伝えます4,12。
患者さんの異変に気づいたら:バイタルサインの確認と救急要請
治療中に患者さんの様子が変わったら、まず意識・呼吸・血圧などのバイタルサインを確かめます。皮下気腫が縦隔まで広がって呼吸が苦しくなったときの動き方も、ほかの急変と同じです。119番への通報やAEDの手配、バイタルサインの記録は、歯科医師・歯科衛生士・歯科助手・受付のうち誰が受け持つかを決めておきます。
意識は、声をかけて気分や痛みの状態と変化を聞き(自覚症状)、反応の様子を見て判断します(他覚症状)。反応がなく、呼吸がない、または普段どおりでないときは、迷う場合も含めて心停止と判断し、ただちに胸骨圧迫を始めます13。血圧は、140/90mmHgが高血圧の基準です14。急に下がったときに疑うのはショックで、収縮期血圧90mmHg以下への低下を指標とすることが多く、典型的には頻脈や顔面蒼白、冷汗を伴います15。
歯科治療中の急変では、アナフィラキシーとも見分けます。皮膚や粘膜の症状が急に出て、呼吸器や循環器の症状を伴うときはアナフィラキシーを疑います16。治療は大腿部の前外側へのアドレナリンの筋肉注射です16。患者さんが自己注射薬(エピペン)を使ったときも、使ったあとは救急車を呼びます16。
意識がない、息が苦しい、ショックやアナフィラキシーが疑われるときは、迷わず119番に通報します。千葉県の案内では、緊急の場合は迷わず119番、救急車を呼ぶか迷うときは救急安心電話相談(#7119)としています17。
心停止のとき:歯科ユニットでの胸骨圧迫
反応がなく、普段どおりの呼吸がなければ、AEDを手配し、胸骨圧迫を始めます。JRC蘇生ガイドライン2020の成人の値では、胸骨の下半分を胸が約5cm沈むように押し(6cmは超えない)、テンポは1分間に100〜120回です13。中断はできるだけ短くします13。
歯科ユニットの上では、背もたれの下を椅子や台で支えないと、圧迫が浅くなりやすいとされます18。マネキンを使った研究では、床で押したほうが歯科ユニットの上よりも深く圧迫できていました18。
ユニットをできるだけ一番下まで下げ、術者用の椅子を上げて背もたれの下に入れて支えます。

まとめ:捻髪音で見つけ、異変にはバイタルサインの確認から
皮下気腫は歯科治療の圧縮空気で起き、多くは約1週間で治りますが、縦隔・眼窩への進展と患者さんの異変に備えておきます。
- 長野赤十字病院の14例は、タービンによる分割が5例、エアーによる乾燥が8例。国内の報告43例でも、下顎智歯とタービンによる分割が最多。
- 決め手は捻髪音。覆布と局所麻酔で気づくのが遅れる可能性があり、帰宅後に気づく例もある。
- 呼吸困難、胸痛、嚥下痛、複視があれば縦隔・眼窩への進展を疑い、CTで確かめる。
- 報告例の多くは安静と抗菌薬で約1週間で消えている。圧迫やマッサージは深部へ広げるおそれがある。
- 当院は、タービンの駆動用の圧縮空気を避けるため、5倍速コントラを使っている。
- 患者さんには、腫れた所を押さないこと、悪化したときの連絡先、抜歯後に強く鼻をかまないことを伝える。
- 異変に気づいたら、意識・呼吸・血圧を確かめる。意識がない、息が苦しい、ショックやアナフィラキシーが疑われるときは迷わず119番。救急車を呼ぶか迷うときは、千葉県の救急安心電話相談(#7119)。
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執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事を数多く執筆。TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づく、正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けします。
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