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親知らずが埋まったまま生えない理由とは?「親知らずが消えつつある」は本当?

「最近の日本人の歯は戦前より大きくなった」「将来は親知らずがなくなる」——どこかで聞いたことのある話ですが、科学的に正しいのでしょうか?歯の研究データをもとに、わかりやすく解説します。

目次

  1. 歯は世代をまたいで変わる——「世代変化(セキュラーチェンジ)」とは
  2. 戦後の日本人の歯は大きくなった?——研究データが示す事実
  3. なぜ歯が大きくなったのか?——食と栄養の変化
  4. 「顎は小さいのに歯だけ大きい」問題
  5. 親知らずはいずれ消えてなくなる?
  6. 日本人は世界でも特別に親知らずが少ない!
  7. チンパンジーやゴリラの親知らずは退化している?
  8. 親知らずが生えない人の遺伝的背景
  9. まとめ——現代人の歯と親知らずをめぐる5つの事実
  10. 参考文献

1. 歯は世代をまたいで変わる——「世代変化(セキュラーチェンジ)」とは

ヒトの体は、親から子、子から孫へと世代を重ねるうちに少しずつ変化します。身長・体重・手足の長さなどが時代とともに変わるように、歯の大きさや形も世代をまたいで変化することが知られています。これを「世代変化(セキュラーチェンジ)」と呼びます。

この変化は遺伝子だけで決まるわけではありません。歯は胎児期〜幼少期の数年間に「設計」が決まり、その時期の栄養状態・環境・ホルモンバランスなどが歯の大きさや形成に影響を与えます。つまり、食生活や生活環境が大きく変化した時代には、歯にも変化が起きうるのです。日本では戦後に食生活が劇的に改善されましたが、その影響は身長だけでなく、歯にも及んでいたことが複数の研究で示されています。[1][2]

2. 戦後の日本人の歯は大きくなった?——研究データが示す事実

「昔の人より今の人の歯は大きい」——これは都市伝説ではなく、複数の研究で裏付けられた事実です。

鹿児島県で行われた大規模な調査では、戦前生まれの世代と比べて戦後生まれの世代の歯冠(歯の頭の部分)は有意に大きかったことが示されています。さらに、1954年に測定されたデータと1995〜2000年の成人正常咬合者を比較した研究でも、現代人は歯冠幅径が大きく、歯列弓(歯並びのアーチ)も長くなっているという結果が得られています。北陸地方の女性を対象とした時代比較研究でも同様の傾向が報告されており、「戦後に日本人の歯が大きくなった」という世代変化は、地域を超えて複数の研究で確認されています。[3][2][4][1]

3. なぜ歯が大きくなったのか?——食と栄養の変化

歯のサイズが世代をまたいで変わる理由は何でしょうか。研究者たちが注目するのが「戦後の食生活・栄養状態の劇的な改善」です。

鹿児島の調査では、歯冠の大きさと身長の間に有意な相関関係があることが示されました。つまり「戦後に身長が伸びた要因」と「歯が大きくなった要因」は共通していると考えられます。北陸の研究でも、食生活の向上による栄養摂取量の変化が、歯を形作る時期(胎児〜幼少期)に影響を与えた可能性が指摘されています。歯は生まれてから数年のうちに「設計図」が決まります。その時期の栄養状態が豊かになれば、歯も大きく育つ可能性があるのです。[2][1]

4. 「顎は小さいのに歯だけ大きい」問題

ここで「じゃあ顎も大きくなったの?」と思った方——実はそうではありません。成長期の子どもを対象にした調査では、歯列弓の幅はむしろ狭くなる傾向が確認されています。[5]

つまり現代の日本人では、「歯は大きく・顎のアーチは相対的に狭い」というアンバランスな状態が起きています。これが、歯並びの乱れ(叢生・ガタつき)や、親知らずの「埋伏(まいふく)」——歯ぐきの中に斜めや横向きに埋まってしまう状態——が増えている大きな原因と考えられています。「親知らずが問題になる人が増えた」のは、親知らずが弱くなったからではなく、生える場所がなくなってきたからと理解するのが正確です。[6][5]

5. 親知らずはいずれ消えてなくなる?

「将来、人類から親知らずはなくなる」——これはよく聞く話ですが、どこまで本当なのでしょうか。

山田らの研究(2004年)は、日本人集団の第三大臼歯(親知らず)先天欠如の頻度が、時代によって大きく変動していたことを明らかにしました。[7]

時代親知らず先天欠如の傾向
縄文時代欠如率が低い(ほぼ全員に生えた)
弥生時代〜渡来人の遺伝的影響で欠如率が上昇
昭和初期欠如率がピーク
昭和中期以降欠如率が急激に減少

この結果は非常に意外です。「親知らずはなくなりつつある」というイメージとは逆に、昭和中期以降の日本人は親知らずが生えている人が増えているのです。研究者は、昭和初期に欠如率が高かった背景として戦時中〜戦後直後の栄養不良を挙げています。歯が形成される幼少期(3歳頃)の栄養状態が悪ければ、親知らずの「種」(歯胚)が作られにくかった可能性があるのです。[6]

現代(平成・令和)の日本は、歴史上の縄文時代に次いで親知らずが生えている人が多い時代とされています。「親知らずが消えつつある」という言説は、100年単位の変化ではなく、数十万年〜数百万年スケールのヒト進化の話を混同しているおそれがあります。[6]

6. 日本人は世界でも特別に親知らずが少ない!

親知らずの先天欠如率(1本以上生えてこない人の割合)は、民族や地域によって大きく異なります。[8][9][10][11]

集団先天欠如率(1本以上)
アフリカ系アメリカ人約10%
インド人約12%
現代人(一般)約20%
マレーシア人約30〜33%
若年インド人(21世紀生まれ)約35%
バングラデシュ約38%
日本人思春期集団約43%
韓国人約41%

日本人の約43%——つまり2人に1人近くが親知らずを1本以上持っていない計算になります。これは世界的にも高い水準で、東アジア集団全体で先天欠如率が高い傾向があります。また、親知らずを除いた永久歯の先天欠如(他の歯が生まれつき足りない状態)については、日本小児歯科学会の全国調査で10人に1人(10.1%)という結果が報告されており、女子(11.0%)が男子(9.1%)よりやや多い傾向があります。[11][12]

7. チンパンジーやゴリラの親知らずは退化している?

「サルでも親知らずは退化傾向にある」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、これは正確ではありません。

ゴリラ・チンパンジー・オランウータンなど大型類人猿の大臼歯の大きさを比べると、一般に第三大臼歯(いわゆる親知らずに相当する位置の歯)が最も大きいとされてきました。これはヒトとは逆のパターンです。ヒトでは第一大臼歯が最大で、後ろに行くほど小さくなるのが一般的です。[13]

進化生物学の「Dental Inhibitory Cascade(歯の抑制カスケード)モデル」によると、第三大臼歯は他の大臼歯と比べてサイズの変異が最も大きく、進化的に縮小・欠如が起きやすい位置にあります。しかし、これが明確な退化傾向として観察されるのはヒト属(Homo)であり、非ヒト類人猿では第三大臼歯はむしろ大きい歯のままです。[9][14][13]

まとめると、「親知らずが退化している」のはヒトに特有の現象であり、チンパンジーやゴリラには当てはまりません。

8. 親知らずが生えない人の遺伝的背景

「なぜ同じ人間なのに、生える人と生えない人がいるの?」という疑問も科学で説明できます。

約40万年前に起きたランダムな遺伝子変異が一部の個体で第三大臼歯の形成を抑制し、その遺伝子が現代人にも受け継がれています。また、親知らず以外の歯にも先天欠如がある人では、親知らずの欠如率がさらに高くなることが示されており(欠如なし群:20.5% → 欠如あり群:50.8%)、歯の数全体に影響する遺伝的な素因が存在することが分かっています。さらに、骨格的に下顎が前に出ている(いわゆる受け口)の方では、特に上の親知らずが両側とも生えてこないケースが有意に多いという報告もあり、顎の形態と親知らずの形成は発生学的に連動していると考えられています。[15][16][17][18]

9. まとめ——現代人の歯と親知らずをめぐる5つの事実

研究データをもとに、この記事で明らかになった重要なポイントを整理します。

  1. 戦後の日本人の歯は本当に大きくなっている——食生活・栄養状態の改善が主な要因[1][2][3]
  2. 顎は相対的に小さくなっている——「歯だけ大きく顎は狭い」ミスマッチが歯並びの乱れや親知らずの埋伏を増やしている[5][6]
  3. 「今の日本人から親知らずが消えつつある」はミスリード——昭和中期以降は欠如率が減少し、むしろ生えている人が増えている[7][6]
  4. 日本人は世界的に親知らず欠如率が高い——約43%に1本以上の欠如があり、東アジア全体で高い水準[11]
  5. チンパンジー・ゴリラの親知らずは退化していない——親知らずの縮小・欠如はヒト属特有の現象[9][13]

親知らずは「無用の産物」や「消えゆく歯」ではなく、栄養・遺伝・顎の形態が複雑に絡み合って生じる、ヒトの進化の生きた証拠といえます。気になる方は、ぜひかかりつけの歯科医に相談してみてください。

参考文献

  1. 鹿児島県の戦前・戦後生まれ世代における歯冠の大きさの世代変化と地域差(2004)
    https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F10630789
  2. 成人正常咬合者の歯、歯列、顎骨の形態変化(2002)
    https://core.ac.uk/download/pdf/234637466.pdf
  3. 北陸女性成人歯列弓の時代変化について
    https://www.ishikawa-nu.ac.jp/pdf/kenkyu/08_03.pdf
  4. 日本人第3大臼歯欠如頻度の時代変化(2004)
    https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001204469205632
  5. あなたはどのくらい親知らずを知っているか(日本人類学会大会発表)
    http://www.anthropology.jp/kako_taikai/jinrui61/images/oyashirazu.pdf
  6. 現代人は親知らずが退化して無くなりつつあるのは本当なのか?(2021)
    https://dc4.sakura.ne.jp/matsukawa/archives/3603/
  7. Born Without Wisdom Teeth – Human Evolution? (2024)
    親知らずなしで生まれる——ヒトの進化か?
    https://bluetoothdental.com.au/blog/born-without-wisdom-teeth-human-evolution/
  8. Prevalence of Third Molar Agenesis: Associated Dental Anomalies in Non-Syndromic 5923 Patients (2016)
    非症候性患者における第三大臼歯欠如の有病率と関連する歯科的異常
    https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0162070
  9. Dental developmental anomalies in primates and the evolution of human third molar agenesis
    霊長類の歯の発生異常とヒト第三大臼歯欠如の進化
    https://www.trees-dla.ac.uk/projects/dental-developmental-anomalies-primates-and-evolution-human-third-molar-agenesis
  10. Third molar agenesis in modern humans with and without agenesis of other teeth (2020)
    他歯の欠如の有無と現代人の第三大臼歯欠如
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7678444/
  11. Third Molar Agenesis Is Associated with Facial Size (2021)
    第三大臼歯欠如は顔面サイズと関連する
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8301315/
  12. Molar Size Sequence in the Great Apes: Gorilla, Orangutan, and Chimpanzee (1980)
    大型類人猿における大臼歯サイズ順:ゴリラ・オランウータン・チンパンジー
    https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/00220345800590041801
  13. The evolution of anthropoid molar proportions (2016)
    真猿類における大臼歯比率の進化
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4875740/
  14. 日本人思春期における第三大臼歯欠如
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase1911/90/4/90_4_359/_article/-char/ja
  15. Prevalence and patterns of tooth agenesis among malocclusion groups of Japanese orthodontic patients (2019)
    日本人矯正患者の不正咬合群における歯の先天欠如の有病率とパターン
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31548453/
  16. 10人に1人の子どもに”足りない歯”があるってこと(日本矯正歯科学会トレンドウォッチ)
    https://www.jpao.jp/15news/1525trendwatch/vol11/101_4.html

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