氷食症(Pagophagia)とお茶やコーヒーのタンニンについて

要約
氷食症(Pagophagia / パゴファジア)は氷を無意識に大量摂取してしまう異食症の一種で、特に鉄欠乏性貧血と強く関連しています。一方、お茶やコーヒーに含まれるタンニンは鉄の吸収を阻害するため、鉄欠乏リスクを高める可能性があります。
本記事では、氷食症のエビデンスとお茶やコーヒーなどの種類別タンニン含有量から選び方まで、一般の方にも分かりやすく解説します。
目次
- 定義と分類
- 疫学的知見
- 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血との関連
- 病態機序の仮説
- 歯科的な問題と氷食症を疑うサイン
- タンニンと鉄吸収の関係
- 鉄欠乏リスクを抑える飲み方の工夫
- 鉄分の多い代表的な食材
- まとめ
1. 定義と分類
- 「Pagophagia(氷食症)」は、「氷(pagos)を食べる(phagein)」というギリシャ語に由来し、「氷を強迫的に反復摂取する行動」と定義されています。
- 氷食症は広義の異食症(Pica)に含まれ、他に土食(Geophagia)、澱粉食(Amylophagia)などがあります。DSM-5(※では、非栄養物の摂取を異食症と定義し、広義には氷食も含むが、狭義の「非食品摂取」には氷・澱粉は含まれないようです。
※DSM-5:「精神障害の診断と統計の手引き Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM)」として、米国精神医学会により定められた診断指針
2. 疫学的知見
- 米国の血液ドナー483例調査では、鉄欠乏・鉄減少者の29%に異食症(主に氷食)が認められ、非鉄欠乏者の4%にも氷食が観察されました。
- 妊婦では文献報告により、有病率が10~68%の幅で報告されているが、自己申告の限界があり実際の頻度はさらに高い可能性があります。
- 頻度は過小報告されがちですが、特に若年女性や月経中・妊娠中女性、献血者などで有病率が高いとされています。
- 氷食症は鉄欠乏だけが原因ではなく、他の原因が隠れていることもあります。
- 氷食症はストレスや精神的背景(不安、抑うつなど)を伴うことも多くあります。
3. 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血との関連
- 氷食は鉄欠乏性貧血と密接に関連し、米国空軍患者38例中23例(60%)に氷食がみられ、鉄補充により氷食が速やかに消失したとの報告があります。
- メタ解析では、異食症(包括的に氷食を含む)を有する集団は貧血リスクが2.4倍高く、ヘモグロビン量は平均0.65 g/dL低下、ヘマトクリットは1.15%低下と推定されました。
- サブ解析で氷食(Pagophagia)のみを対象とした場合でも、貧血リスクは1.5倍高い(OR 1.5, 95% CI 1.01–2.11)と示されました。
4. 病態機序の仮説
- 従来の「ミネラル補給仮説(鉄や亜鉛等の欠乏を非食品で補おうとする)」では氷食を説明し得ないため、氷を噛むことで口腔への冷刺激が中枢血流を増加させ、鉄欠乏性貧血による注意力低下を一時的に改善する「血流改善仮説」が提唱されました。実験的研究で、鉄欠乏被験者は氷噛嚼により反応時間が改善したとの報告があります。
5. 歯科的な問題と氷食症を疑うサイン
以下の所見が認められる場合、氷食症および鉄欠乏性貧血を疑って内科受診を勧めます。
- 特に原因が思い当たらない歯の亀裂・破折、知覚過敏の多発
- 充填物・クラウン(詰め物・被せ物)の破損・脱離をくり返す
- 舌の平滑化、口角炎、粘膜蒼白など鉄欠乏を示唆する所見
- 「無意識に氷を噛んでいる」「氷をストックしないと落ち着かない」という自覚的訴え
- 倦怠感、動悸、めまいなどの全身症状の訴え
6. タンニンと鉄吸収の関係
タンニンとは
タンニンは、植物に多く含まれるポリフェノールの一種で、渋みや苦味のもとになる成分です。
- 化学的には「ポリフェノール(多価フェノール構造をもつ高分子)で、たんぱく質や金属イオンと結合しやすい物質」の総称です。
- 茶葉、ブドウ(ワイン)、カカオ、ナッツ、樹皮など、さまざまな植物に含まれています。
タンニンの特徴
- 口の中で「渋い」「キュッと収れんする」感じを出す主成分です(ワインや濃いお茶の渋み)。
- たんぱく質・デンプン・金属(鉄など)と結合して不溶性の「複合体」を作る性質があり、このためタンニンが多い飲み物は鉄の吸収を妨げることがあります。
- 抗酸化・抗炎症などの生理作用も報告されており、心血管疾患や糖尿病など慢性疾患リスク低下との関連も検討されています。
- 歯科ではポリフェノールやその中のタンニンは歯の着色の原因になることでよく知られており、特にホワイトニングをした後には高タンニン飲料(紅茶・コーヒーなど)は控えるように言われます。
特に鉄欠乏リスクが高い人(妊婦、月経女性、菜食者など)は、以下の点に留意してください。
- 食事中や直後の高タンニン飲料(紅茶、緑茶、ウーロン茶など)の摂取は避ける。
- 水や麦茶、ルイボスティーなど、タンニンがほとんど含まれない飲み物で水分補給を行う。
飲み物の種類別タンニン含有量一覧
以下の表は、一般に飲まれるお茶について、タンニン量(mg/100ml)と摂取ガイドを「多い」「ふつう」「少ない」「ない」の4段階で分類したものです。
| お茶の種類 | タンニン量 (mg/100ml) | 目安区分 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 紅茶 | 50〜120 | 多い | 発酵度高く、最もタンニン含有量が高い |
| 緑茶(煎茶・玉露) | 70〜200 | 多い | 種類・抽出時間で幅広く変動 |
| 烏龍茶 | 30〜90 | ふつう | 半発酵茶 |
| ジャワティー | 40〜100 | ふつう | インドネシア産紅茶 |
| ほうじ茶 | 20〜50 | 少ない | 焙煎でタンニンが減少 |
| 玄米茶 | 10〜30 | 少ない | 玄米で希釈されるため緑茶より低い |
| 麦茶 | 0〜10 | ない | 大麦由来、ノンカフェイン |
| ルイボスティー | 2〜10 | ない | マメ科植物由来、鉄吸収阻害なし |
| 飲み物の種類 | タンニン量(mg/100ml) | 目安区分 | 備考 |
|---|---|---|---|
| コーヒー (ドリップ) | 50〜150 | 多い | クロロゲン酸などを含み、収れん味や苦味に関与。 |
| エスプレッソ | 100〜200 | 多い | 抽出が濃縮され、同容量ドリップより高くなる |
| ココア (カカオ飲料) | 50〜200 | 多い | カカオ中のプロアントシアニジンなど縮合型タンニンが豊富。 |
| 赤ワイン | 100〜300 | 多い | ぶどうの皮・種子由来タンニンが高濃度で、渋味の主因。 |
| 白ワイン | 20〜80 | ふつう | 皮・種との接触時間が短く、赤ワインよりかなり少ない。 |
| ビール (ラガー系) | 5〜30 | 少ない | 大麦・ホップ由来タンニンを含むが、ワインやコーヒーより低い。 |
| ビール (スタウト等) | 10〜40 | 少ない〜ふつう | ロースト麦芽由来ポリフェノールがやや多く、銘柄差が大きい。 |
| シードル | 20〜80 | ふつう | りんご品種と製法により幅があり、渋いタイプほど高い。 |
分類基準
- 多い:50mg/100ml以上
- ふつう:30〜49mg/100ml
- 少ない:10〜29mg/100ml
- ない:0〜9mg/100ml
7. 鉄欠乏リスクを抑える飲み方の工夫
- 食間にお茶を楽しむ:食後すぐに高タンニン飲料を避け、食間や食後1~2時間後に摂取する。
- 低タンニン茶を選ぶ:麦茶やルイボスティーはタンニンがほとんど含まれないため、鉄補給時のサポート飲料として適している。
- 鉄吸収向上策:ビタミンCを含む果汁などと一緒に鉄分を摂ると吸収が促進される。
8. 鉄分の多い代表的な食材
氷食症の診断を受けていなくても鉄分は必要です。バランスの良い食事を心がけるのが一番ですが、意識してみると様々な食材に鉄分が含まれていることが分かります。
ここではヘム鉄(動物性)と非ヘム鉄(植物性)に分けて表にまとめます。値は「鉄を多く含む食材の典型例」としての目安レベル(多い/やや多い)で示しています。
ヘム鉄が多い食品(吸収されやすい)
ヘム鉄は吸収率が高く、鉄欠乏・貧血対策の中心になります。
| 食材カテゴリー | 食材の例 | 鉄の多さの目安 | 備考(一般的な特徴) |
|---|---|---|---|
| レバー類 | 豚レバー・鶏レバー・牛レバー | 多い | 少量で高含有。ビタミンA・B群も豊富。 |
| 赤身肉 | 牛もも・牛肩・馬肉(赤身)など | 多い | 吸収率の高いヘム鉄。主菜として取り入れやすい。 |
| 羊肉・ラム肉 | ラムチョップ・ラム肩など | やや多い〜多い | 赤身部分に鉄が多い。 |
| 魚(赤身) | かつお・まぐろ(赤身) | やや多い〜多い | 刺身・焼き魚・缶詰などで摂りやすい。 |
| 青魚 | いわし・さんま・あじ | やや多い | 鉄+DHA・EPAも摂取できる。 |
| 貝類 | あさり・しじみ・はまぐり・牡蠣 | 多い | 特にあさり・しじみは鉄が非常に豊富。 |
非ヘム鉄が多い食品(植物性中心)
非ヘム鉄は吸収率がやや低いものの、量として多く摂りやすいのが利点です。
| 食材カテゴリー | 食材の例 | 鉄の多さの目安 | 備考(一般的な特徴) |
|---|---|---|---|
| 大豆製品 | 大豆、納豆、木綿豆腐、高野豆腐、がんもどき、テンペなど | やや多い〜多い | 植物性たんぱく源。高野豆腐・テンペは特に高め。 |
| その他の豆類 | レンズ豆、ひよこ豆、インゲン豆、黒豆など | やや多い〜多い | カレー・スープ・サラダなどに使いやすい。 |
| 穀類・雑穀 | 全粒粉パン、オートミール、麦、キヌア、アマランサスなど | やや多い | 主食を置き換えると日常的に摂取量を増やせる。 |
| 種実・ナッツ類 | ごま、かぼちゃの種、ひまわりの種、ピスタチオなど | やや多い〜多い | 少量でエネルギー・ミネラルが摂れる。 |
| 海藻 | ひじき、のり、わかめ、昆布 | 多い | 特にひじきは鉄の代表食材として知られる。 |
| 葉物野菜 | 小松菜、ほうれん草、春菊、菜の花、ブロッコリーなど | やや多い | 量を多く食べやすい料理(炒め物・おひたし等)が有効。 |
| ドライフルーツ | プルーン、レーズン、ドライあんずなど | やや多い | 間食やヨーグルトのトッピングとして利用しやすい。 |
なお、鉄鍋や鉄玉子の使用は鉄欠乏貧血にあまり効果がないという報告があります。(参考文献参照)
やはり様々な食材から摂取するのが一番で、必要に応じて処方された鉄剤を服用するのが良いようです。
9. まとめ
- 氷食症は鉄欠乏性貧血との関連が強い異食症で、その場合は鉄補充療法が有効です。
- 氷食症は鉄欠乏だけが原因ではなく、ストレスや精神的背景(不安、抑うつなど)を伴うことも多くあります。
- 氷を毎日バリバリ噛む習慣は、「歯のひび・割れ」「詰め物や被せ物の破損」「歯のしみ」「あごの痛み」の原因になり得ます。
- 氷食症の背景に、鉄欠乏性貧血などの全身疾患が潜んでいることが多く、全顎的な知覚過敏、舌の平滑化、口角炎、粘膜蒼白などから歯科で気づいて内科受診につなげることは非常に重要です。
- お茶やコーヒーに含まれるタンニンは鉄吸収を阻害するため、鉄欠乏リスクを高める可能性があります。
- 紅茶・緑茶・烏龍茶・コーヒーなど高タンニン飲料は食事時を避け、水・麦茶・牛乳などゼロ・低タンニン飲料を上手に取り入れることで鉄欠乏対策になります。
日常の飲み物選びと食事タイミングの工夫で、鉄欠乏と氷食症の予防・改善に役立ててください。
参考文献
- Ask about ice, then consider iron. 2016
氷について尋ねたら、鉄について考えてみましょう
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4635104/ - Pagophagia – A Common but Rarely Reported Form of Pica
氷食症 – よく見られるが稀にしか報告されない異食症の一種
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3939500/ - Miao D, Young SL, Golden CD. A meta-analysis of pica and micronutrient status. Am J Hum Biol. 2014
Picaと微量栄養素ステータスのメタ解析
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4270917/ - B Pica associated with iron deficiency or depletion: clinical and laboratory correlates in 262 non-pregnant adult outpatients. 2010
鉄欠乏性異食症に関する臨床所見と実験所見
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4635104/ - Brain Effects of Iron Deficiency–Related Pagophagia. The Journal of Nervous and Mental Disease
鉄欠乏症に関連する氷食症の脳への影響 https://journals.lww.com/jonmd/abstract/2025/06000/brain_effects_of_iron_deficiency_related.4.aspx - 鉄鍋や鉄玉子は、鉄欠乏性貧血の治療に役に立ちますか?(堀向健太) – エキスパート – Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/d10f591de150d92dbc2b6456822ecc2bc28a81ad - 『鉄玉子』は、鉄欠乏性貧血に有効なのか?
https://pediatric-allergy.com/2021/09/28/iron-containing-cookware/
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この記事の監修者
中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事をほぼ毎日更新中・TV取材多数
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