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職場の歯科健診のコストはどこへ移るのか——単価だけでは比べられない

健診を設計する行政・保険者・事業主と歯科関係者に向けて、やり方を変えたときに誰の仕事が増えるか、その人手をどう集めるか、費用をどうそろえて比べるかを示します。

健診の単価(一人あたりの費用)を下げても、削った分は消えずに移ります。行き先は、ほかの誰かの仕事です。

目次
  1. 日本歯科医師会が第7回で示したのは、1人を診る時間だった
  2. 歯科健診1人当たりの費用は、検討会の議事録にも、検討会に出た歯科の資料にも出ていない
  3. 誰が診るかを変えると、判定と説明の役目が別の人へ移る
  4. どこで行うかを変えると、移動と日程の調整を受け持つ人が変わる
  5. 何を調べるかを変えると、健診の後に指導や受診の案内が要る人の数が変わる
  6. 誰が払うかを変えても、費用は消えない
  7. 移った先の保健指導は、短時間で働く歯科衛生士にも頼める
  8. 提言:4つの項目を同じ表に載せ、一人あたりの費用はその表の形で出す

1. 日本歯科医師会が第7回で示したのは、1人を診る時間だった

職場の健康診断に歯科を加えるかを話し合った国の検討会で、日本歯科医師会(日歯)が示したのは、1人を診るのにかかる時間でした。

歯科を加えるかどうかを考えるとき、担当者がまず知りたいのは、1人当たりいくらかかるかです。ただ、その額だけを比べても、どの案が安いかは決まりません。単価には、誰が診るか、どこで行うか、何を調べるか、誰が払うかという4つの項目が関係しています。どれか1つで費用を削れば、その分の仕事はほかの誰かへ移ります。

2024年9月20日、厚生労働省の第7回「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会」で、日歯の山本参考人が歯科健診について説明しました。森構成員が、健診にどのくらい時間がかかるかを尋ねました。山本参考人は「簡単な検査であれば10分程度のものもありますが、例えば歯周組織までしっかり診るということになると、場合によっては20分以上掛かってしまうこともある」と答えています1。

続けて森構成員が、問診や簡易な検査が現実的と考えてよいのかと尋ねました。山本参考人は「事業場等で行う場合には、そういった形のほうが、よりリーズナブルな方法ではないか」と答えました1。

2. 歯科健診1人当たりの費用は、検討会の議事録にも、検討会に出た歯科の資料にも出ていない

歯科健診1人当たりの費用は、検討会の議事録にも、検討会に出た歯科の資料にも出ていません。

調べたのは、検討会の第1回から第11回までの議事録全文、第7回に日歯と厚生労働省の事務局が歯科について出した2つの資料、検討会の中間とりまとめと最終報告書です。第7回の議事録には、医療保険者と連携して歯科健診の費用を補助している事業場の例が紹介されています。その補助の額は書かれていません1。検討会以外の資料には額が載っており、第8節で取り上げます。

同じ検討会では、ほかの検査について費用の目安が示されています。2025年11月19日の第9回で、日本眼科医会の白根参考人は、健診施設への調査で得た眼底検査の費用として800円から2,000円程度を示しました2。同じ回に、日本腎臓学会の猪阪参考人は、血清クレアチニン検査を今の一般健康診断に加える場合の費用を、診療報酬の点数から計算して1人当たり60円程度と説明しています2。

2つの額は、求め方が違います。眼底検査の額は健診施設への聞き取りで得たもので、血清クレアチニン検査の額は今ある健診に検査を1つ足して計算したものです。歯科の単価を出すときも、どう計算したのか、どの作業まで含むのかを示してはじめて、ほかの額と比べることができます。

では、単価を下げようとして4つの項目のうち1つを動かすと、削った分はどこへ行くのでしょうか。次の4節で1つずつ追います。

3. 誰が診るかを変えると、判定と説明の役目が別の人へ移る

歯科医師が1人を診る時間を短くするなら、その分の判断を誰がどの段階で受け持つかを、同時に決めておく必要があります。

時間を短くする案では、次の役目を誰が受け持つかを計画書に書いてください。

  • 問診票を集める人
  • 簡易な検査をする人
  • 結果を判定する人
  • 受診が必要な人に歯科医院を案内する人

役目を決めないまま単価だけを下げると、これらの仕事は健診機関・事業場・保険者・歯科医療機関のどこかへ、誰も気づかないうちに移ります。

4. どこで行うかを変えると、移動と日程の調整を受け持つ人が変わる

事業場で行うか、歯科医院で行うかで、受診者の移動と日程の調整を誰が受け持つかが決まります。

山本参考人は第7回で、健診を行う場所として、事業場の会議室などを使う場合と、歯科医療機関で行う場合の両方を挙げました1。

事業場で行えば、受診者が歯科医院まで出向く手間は減ります。その代わり、診る場所や器具を用意し、受診者を順番に案内する段取りを整え、事業場と健診側の間で連絡や調整をする必要があります。

歯科医院で行えば、診療の設備を使えます。その代わり、予約や来院の手配、勤務時間中に職場を抜ける調整を、受診者と事業場のどちらが受け持つか決めておく必要があります。

一般健康診断と同じ会場で行う場合も、歯科の結果を誰が受け取り、どこへ案内するかは別に決めなくてはなりません。

5. 何を調べるかを変えると、健診の後に指導や受診の案内が要る人の数が変わる

どこまで詳しく診るかで、かかる時間だけでなく、健診の後に指導や受診の案内が要る人の数も変わります。

山本参考人は第7回で、歯科医師が行う歯科健診について「詳細に口の中全体を診るということから、どうしても要指導あるいは要精密検査の方が増えてくるというのは致し方ない」と述べました1。要指導は保健指導が、要精密検査は歯科医院での詳しい検査が必要な判定です。簡単な検査については「どうしても低リスクになってしまう」と述べ、「簡易な検査だけでやるのは難しい」として、質問票を加えるよう勧めています1。

比べるのは、10分か20分かという時間の長さだけではありません。どの所見を拾うか、どの結果で受診を勧めるか、結果を受け取った人に何を説明するかまで含めて比べます。

簡易な検査に切り替えるなら、山本参考人が述べたとおり、健診の後に地域の歯科医療機関へつなぐ手順を加える必要があります1。詳しい診査を最初から行うなら、診査を行う場所や、担当する歯科医師や歯科衛生士をどう確保するかが主な課題になります。

6. 誰が払うかを変えても、費用は消えない

事業主・保険者・自治体・本人のうち誰が払うかを決めれば、人手・場所・時間を引き受ける側も決まります。

補助や自己負担の有無を決める前に、その額が何の支払いなのかをはっきりさせてください。診査だけなのか、それとも結果の通知や保健指導、受診先の案内、記録の管理まで含むのか。含む範囲が違えば、同じ額でも中身は別物です。

費用の負担に関する話を「誰が、どこで、何を」というここまでに取り上げた3項目と一緒に進めれば、費用をほかの誰かに付け替えただけで終わる事態を防げます。

7. 移った先の保健指導は、短時間で働く歯科衛生士にも頼める

一人あたりの費用を削ると、健診の後の保健指導や受診の勧めは、ほかの誰かの仕事になります。その仕事を受け持つ人を常勤で雇うほかに、免許を持ちながら今は働いていない歯科衛生士に、短時間で来てもらう形も選べます。

歯科保健指導は、歯科衛生士が行える業務です(歯科衛生士法第2条第3項)。歯科医師の指示が必要なのは、指導を受ける人に主治の歯科医師または医師がいる場合です(第13条の3)3。受診を勧めることについても、指示を求める規定は法律にありません。一方、歯石の除去などの予防処置は歯科医師の指導の下で行い、診療の補助は主治の歯科医師の指示を受けて行います3。

短時間なら働きたいという歯科衛生士は、実際にいます。日本歯科衛生士会の会員調査で、免許を持ちながら働いていない459人のうち、31.8%が「条件が合えば再就職したい」と答えました4。再就職したい人の希望先には、歯科健診・保健活動機関が25.8%、健保組合などの業務を含む企業・事業所が19.4%入っています。再就職の妨げがあると答えた人の54.6%は、勤務時間を挙げました4。日数や時間を選べる短時間の仕事なら、この妨げを取り除きやすくなります。

時給の面でも、短時間の働き方は成り立つ見込みがあります。令和7年の賃金構造基本統計調査では、短時間で働く歯科衛生士の平均時給が、企業の規模別に示されています5。これを令和8年度の最低賃金の全国加重平均と比べると、企業規模10人以上で約1.7倍、5〜9人で約1.4倍です6。ただし同じ会員調査では、時給で働く非常勤の54.8%が「1,500円未満」と答えており、国の統計とは傾向が異なります4。どちらも、続けて働いている人の時給で、単発で働く場合の時給は含みません。

厚生労働省のモデル事業では、自治体の歯科衛生士などが企業へ出向いて、簡易な検査や講座、歯科保健指導を行った事業所が25か所ありました7。成果報告では、簡易な検査に保健指導を組み合わせる場合、1人5分の指導なら歯科衛生士2名を人員の目安としています。同時に、課題として「歯科保健指導を実施する歯科衛生士の確保」を挙げています7。

派遣で受け入れるなら、事業場で行う業務が派遣の対象になるかを、労働者派遣事業の取扱要領で確かめてください。

8. 提言:4つの項目を同じ表に載せ、一人あたりの費用はその表の形で出す

健診の単価を下げても、削った分は消えずに移ります。

1つの項目を変えると、担い手や場所、時間、健診後の対応がまとめて変わるためです。削った分は、判定と説明をする人、会場と日程を調整する人、健診の後に受診を案内する人のどこかへ移ります。移った先のうち保健指導や受診の案内は、短時間で働く歯科衛生士にも頼めます。

職場の歯科健診を設計する行政と保険者は、検討の資料に次の4つの項目を同じ表で載せてください。

項目比べる前にはっきりさせること
誰が診るか診査、判定、結果の説明、歯科医院の案内を、それぞれ誰がするか。その人を雇うのか、短時間で頼むのか
どこで行うか会場の用意、移動、予約、事業場との連絡と調整を誰がするか
何を調べるか検査の項目、結果の扱い、追加の確認が必要になる条件
誰が払うか金額にどの作業まで含むか、誰が負担するか、どこまで補助が出るか

歯科健診1人当たりの費用は、検討会の議事録にも、検討会に出た歯科の資料にも出ていません。検討会以外の資料では、厚生労働省の委託調査の報告書(令和6年3月)が、職場で行ったモデル事業でかかった1人当たりの費用を示しています8。歯科健診は平均4,727円、簡易な歯科検査は平均2,739円です。報告書は、事業所や保険者が負担できる額について、歯科健診・歯科保健指導で1人2,500円未満、簡易な歯科検査で1,000円未満とまとめ、実際の費用と大きな開きがあるとしています8。

内訳として挙がっているのは、案内媒体製作費・会場費・歯科健診(簡易な歯科検査)費・歯科保健指導費・対応スタッフ人件費という費目の名前です。簡易な歯科検査の計算に使ったキット代(1人400円から2,000円程度)とアプリ代(1人100円程度)を除いて、会場費や人件費など費目ごとの額は出ていません8。

この開きを埋めようと単価を削れば、削った分はこの記事で追ったとおり、ほかの誰かの仕事へ移ります。次に必要なのは、会場費や人件費などの費目ごとに、金額を公表することです。

保険者と事業主は、保健指導を担当する人を常勤で雇うだけでなく、短時間や単発で頼む形も考えてください。そして、何人をどのような形で集められたかを、事業の報告書に書いてください。

歯科関係団体や健診機関がこの表の形で一人あたりの費用を出せば、行政と保険者は、削った分が誰の仕事に移るかを分かったうえで、健診のやり方を選べるはずです。

関連記事

参考文献

  1. 厚生労働省「第7回労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会議事録」(2024年9月20日)。
  2. 厚生労働省「第9回労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会議事録」(2025年11月19日)。
  3. 歯科衛生士法(昭和23年法律第204号)第2条、第13条の2、第13条の3
  4. 日本歯科衛生士会「歯科衛生士の勤務実態調査報告書」令和7年3月(第10回)。非常勤の時給は図3-7(24頁)、非就業者の再就職の意向はQ91(161頁)、再就職の障害の内容はQ94-1(165頁)、希望する再就職先はQ95(166頁)
  5. 厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」短時間労働者 職種(小分類)別1時間当たり所定内給与額(産業計)。企業規模10人以上は表1、5〜9人は表4(e-Stat、2026年3月24日公開)
  6. 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額答申」(令和8年9月3日公表)
  7. 厚生労働省「就労世代の歯科健康診査推進事業に関する実証事業 モデル事業の成果報告(職域)」(令和6年度、全27頁)。人員体制は5頁、自治体の歯科衛生士等が企業に出向いた事業所数は12頁、課題は25頁。令和6年度行政歯科保健担当者研修会の資料9
  8. 厚生労働省「就労世代の歯科健康診査等推進事業に係る調査研究等一式」報告書(令和6年3月、全224頁)。費用は「費用における観点整理」と図表2-122(印刷99〜100頁)


執筆・監修 中村 瞬
かわせみデンタルクリニック 院長 / 歯学博士(歯科麻酔学)/ 日本歯科麻酔科学会 認定医
医療記事を数多く執筆。TV取材多数
医学的根拠(エビデンス)に基づく、正確で分かりやすい情報を患者目線でお届けします。


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