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エチレンと歯科の意外な深い関係 —— 中東問題のニュースで聞くガスが、紙コップと白い詰め物につながる話

記事掲載日:2026/3/9
最終更新日:2026/4/14

目次

  1. はじめに:ニュースで聞く「エチレン」と歯科のつながり
  2. エチレンとは何か――石油化学のスタートライン
  3. エチレンから生まれるプラスチックと医療
  4. グローブの種類ごとのエチレンとの関わり
  5. マスクのどこにエチレンが使われているのか
  6. 紙コップ・紙トレー・紙エプロンとエチレン由来プラスチック
  7. マウスピース・マウスガード・ナイトガードに使われるEVA・TPU・PET
  8. 歯科用レジンの中身とエチレンの化学的つながり
  9. 歯列矯正材料とエチレンの関わり
  10. 歯科とEOG滅菌――熱に弱い材料をどう守るか
  11. エチレン供給危機が医療・歯科に与えるリスク
  12. まとめ —— 目に見えない化学が私たちの健康を守っている

1. はじめに:ニュースで聞く「エチレン」と歯科のつながり

2026年に入り、「エチレン」という言葉をニュースで目にする機会が増えました。なぜでしょうか?

近年、日本国内のコンビナート再編の動きがありました。業界がエチレン停止に動くのはそれだけ事業環境が厳しいからで原因は中国にあります。経済成長が鈍化する中でも生産能力の拡大が続き、余剰品が内外市場にあふれ出て市況は低迷。一方で、日本国内の需要は縮小傾向でした。

しかし、ここにきて中東・ホルムズ海峡情勢の悪化を背景に、ナフサ供給停止によるエチレン生産設備の停止やが話題になっています。

日付拠点・企業動き内容詳細
3月6日三菱ケミカル
(茨城)
減産開始茨城事業所(神栖)にて稼働率引き下げ。
国内大手で最初の動き。
3月9日三菱ケミカル
(岡山)
減産開始旭化成との合弁設備(水島地区)にて減産を開始。
3月10日三井化学
(千葉・大阪)
減産開始市原および高石の両拠点で稼働制限。
顧客への通知も開始。
3月13日京葉エチレン
(千葉)
稼働調整丸善・住友化学合弁。
ナフサ在庫の枯渇回避のため稼働を抑制。
3月16日出光興産
(千葉・山口)
減産開始千葉および徳山の2拠点。
ナフサ仕入れ難の影響を公表。
3月17日東ソー
(三重)
稼働延期四日市。
定期修理後の再起動を「延期」すると発表。
3月17日京葉エチレン
(千葉)
稼働延期予定していた再起動を「先送り」することを正式発表。

一見すると「化学工場の話」に思えるかもしれません。
ところがこのエチレン、一般生活はもちろん、医療においても、医科のみならず歯科にも関係あるのです。これは医療従事者としても、生活を営む一般市民としても深刻な事態です。

エチレンは歯科医院で使われる紙コップや紙トレー、マウスピース、さらにはむし歯治療の白い詰め物(コンポジットレジン)にまで、広く深く関わっています。これによって、歯科分野では主に次のような部分への影響が考えられます。

  • ディスポ製品(滅菌パック、紙トレー、紙コップ、紙エプロンなど)、使い捨てグローブやCR(コンポジットレジン)の原価上昇、一部商品の供給制限
  • マウスガード・ナイトガード用シートなど、EVA・PETを使った製品の価格・供給状況の変化
  • 包装材や輸送用資材のコスト上昇に伴う、材料全体の価格への波及

2. エチレンとは何か――石油化学のスタートライン

エチレンは、炭素2個と水素4個からなる、ごく小さくシンプルなガスです(化学式 H2C=CH2H2C=CH2)。
石油から精製したナフサを高温で熱分解する「ナフサクラッカー」で大量生産され、そこからさまざまな化学製品が生まれます。

エチレンは単体で直接使われることは少なく、次のような誘導体へと姿を変えていきます。

  • ポリエチレン(PE)
  • ポリ塩化ビニル(PVC)
  • エチレンオキサイド(EO)
  • エチレングリコール など

これらがさらに加工され、私たちの身の回りのプラスチックや医療材料に使われていきます。

また、エチレンと関わりが深いのがプロピレンです。

石油を精製する際、ナフサという液体を高温で分解(ナフサクラッキング)して、プラスチックの原料となるガスを取り出します。このとき、最も多く取れるのがエチレンで、その次に多く取れるのがプロピレンです。

  • エチレン (C2H4) → 重合させると ポリエチレン (PE)
  • プロピレン (C3H6) → 重合させると ポリプロピレン (PP)

このように、ポリプロピレンの直接の原料は「プロピレン」ですが、エチレンの製造工程で同時に必ず作られるため、石油化学の分野では常にセットで扱われる「エチレン由来の副産物を利用した素材」といえます。

次にエチレンと関わりのある代表的なものを、生活シーンごとにざっと挙げます(すべて「エチレンを出発原料とする誘導体」由来です)。

家の中(キッチン・リビング)

  • レジ袋、ゴミ袋、保存用ポリ袋(ポリエチレンフィルム)
  • 食品ラップ、ボトル用シュリンクフィルムの一部(ポリエチレン・ポリオレフィン系)
  • 調味料や洗剤のボトル(PE、PP、PETボトルなど)
  • 食器用スポンジ、合成ゴム製手袋の一部成分(スチレン系・オレフィン系樹脂)
  • カーペットやカーテンの一部繊維(ポリエステル繊維=PET)

衣類・日用品

  • フリースや多くの合成繊維衣類(ポリエステル=PET)
  • スポーツウェア・靴底のクッション材(EVA、ポリウレタンなどエチレン由来成分を含む樹脂)
  • 歯ブラシの柄歯磨き粉のチューブフロス、プラ製ハンガー(PE、PP、スチレン系樹脂など)

家電・建材・インフラ

  • 家電の外装カバーや内部部品(ABS樹脂、ポリスチレン、ポリオレフィンなど)
  • 電線の被覆、LANケーブルの外皮(PVC、PE被覆など)
  • 給水用の樹脂管・ホース類(PVC、PE管など)
  • 断熱材やシーリング材の一部(ポリウレタンフォームなど)

食品・農業まわり

  • 食品トレー・弁当容器の一部(ポリスチレン、ポリオレフィン)
  • 野菜・果物用の鮮度保持フィルム、ポリ袋(PEフィルム)
  • エチレンガスそのもの:果物の追熟(バナナなど)・開花・落葉調節に使う植物ホルモン的用途

「エチレンそのもの」が入っているわけではなく、ほぼすべてが「エチレンから作られたプラスチック製品」と理解しておくと整理しやすいです。

分別をスムーズにする「手触り・質感」の見分け方

製品に素材表示がない場合でも、これまでの「エチレンの系譜」を知っていると、ある程度の判別が可能です。

質感のヒント推定される素材分別のヒント
パキッと割れる・高い音ポリスチレン(PS)衝撃に弱く、薬品に溶けやすい。
しなやか・踏んでも割れないポリプロピレン(PP)比較的熱に強く、オートクレーブ可なことが多い。
ワックスのようなヌルつきポリエチレン(PE)薬品耐性が非常に高く、燃焼効率が良い。
ゴムのような弾力・熱で変形EVA塩素を含まないため、塩ビに代わる安全な素材。

3. エチレンから生まれるプラスチックと医療

現代医療においても、多数のプラスチック製品に支えられています。

  • 点滴バッグ・輸液ライン・カテーテル・シリンジ(PVC、PE、PPなど)
  • 使い捨て手袋やエプロン
  • マスクの一部不織布層(ポリプロピレンなどのオレフィン系)
  • 歯科用検診ミラー/ディスポミラー(ポリプロピレン (PP)、ポリカーボネート (PC)、ABS樹脂など)
  • 医療用ガス滅菌剤:エチレンオキサイド(EOガス滅菌)
  • 機器の筐体やカバー など

これらの原料には、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、PVCなど、エチレンから出発したプラスチックが広く使われています。​歯科医院でも、ディスポ製品や器具・材料の多くが、エチレン由来のプラスチックでできています。

4. グローブの種類ごとのエチレンとの関わり

ニトリルグローブとエチレンの関係

ニトリルグローブの主原料はNBR(アクリロニトリル・ブタジエン・ラバー)という合成ゴムです。このNBRを構成する成分のうち、「アクリロニトリル」の製造にエチレンが関与しています。

原料の系統:

  1. 石油のナフサ分解により、エチレンやプロピレンが生成されます。
  2. プロピレンにアンモニアと酸素を反応させる(ソハイオ法)ことで、アクリロニトリルが作られます。
  3. このアクリロニトリルとブタジエンを重合させることで、ニトリルグローブの素となるNBRが完成します。

つまり、エチレンそのものがグローブに含まれるわけではありませんが、石油化学工業の上流製品として、ニトリルグローブの材料供給チェーンを支える不可欠な存在です。

ラテックスグローブとエチレンの関係

天然ゴム(ラテックス)グローブの場合、エチレンとの関係はさらに間接的、あるいは「植物ホルモン」としての側面が強くなります。

  • 天然ラテックス: ゴムの木(パラゴムノキ)から採取される樹液が主原料です。化学合成品ではないため、製造工程でエチレンを添加することはありません。
  • 増収剤としてのエチレン: ゴムの木からラテックスを効率よく採取するために、エテホンなどのエチレン発生剤が樹皮に塗布されることがあります。エチレンは植物ホルモンとして、乳管(ラテックスが通る管)の閉塞を遅らせ、排膠(樹液が出る現象)時間を長くする効果があるためです。

ポリエチレン(PE)グローブ

エチレンガスを原料とした最もポピュラーな使い捨てグローブです。食品調理、掃除などの現場でよく見かけるシャカシャカとした質感の透明な手袋がこれに該当します。

  • 特徴: 非常に安価で、着脱が容易です。耐薬品性(アルコールや酸・アルカリ)に優れています。
  • 主な用途: 食品加工、介護、毛染めなどに使われます。
  • デメリット: 伸縮性がほとんどなく、手にフィットしないため、精密な作業には向きません。

TPE(熱可塑性エラストマー)グローブ

最近増えているタイプで、ポリエチレンにゴムのような弾性を持たせた素材です。

  • 特徴: ポリエチレンの仲間ですが、従来のPEグローブよりも伸びが良く、手にフィットします。
  • メリット: ニトリルグローブ(合成ゴム)の価格が高騰した際、その代替品として注目されました。

グローブの種類主な素材特徴・役割エチレンとの関わり
ニトリルグローブアクリロニトリル・ブタジエンゴム (NBR)耐油性・耐薬品性に優れ、突き刺しにも強い。現在の歯科診療の主流。原料のアクリロニトリルやブタジエンは、石油からエチレンを精製する工程で同時に作られる成分から合成されます。
ラテックスグローブ天然ゴム (NR)非常に伸縮性が高く、指先の感覚が優れている。フィット感が最高。植物由来(ゴムノキの樹液)のため、エチレン由来ではありません。
※アレルギーに注意が必要。
ポリエチレン (PE) グローブポリエチレン (PE)安価で着脱が容易。シャカシャカした質感で、薬品には強いがフィット感はない。エチレンそのものを重合して作られる、最も直接的なエチレン由来製品です。
TPEグローブ熱可塑性エラストマー (TPE)PEグローブより伸びが良く、手にフィットする。ニトリルの代用品として普及。ポリエチレンやポリプロピレンなどのエチレン系樹脂をベースに、ゴムの性質を持たせた化合物です。

5. マスクのどこにエチレンが使われているのか

使い捨てマスクの構成素材とエチレンの関わり

部位主な素材役割エチレンとの関わり
本体(不織布)ポリプロピレン (PP)ウイルスや花粉のろ過(フィルター層)、飛沫の遮断。エチレン精製の際に出る「プロピレン」を重合させたもの。エチレンの兄弟分的な素材です。
ノーズワイヤーポリエチレン (PE)鼻の形にフィットさせ、隙間をなくして密閉性を高める。エチレンそのものを重合させた素材。芯材の針金を覆うコーティングに使われます。
耳掛けゴム(芯)ポリウレタン (PU)高い伸縮性により、耳が痛くなりにくく、かつしっかり固定する。エチレンを酸化させた「エチレンオキシド」などを経由して合成される成分が含まれます。
耳掛けゴム(外)ポリエステル (PET)芯材を包み込み、肌触りを良くし、ゴムの耐久性を高める。原料の「エチレングリコール」の出発原料がエチレンです。

すべての使い捨てマスクがこの組成という訳ではないですが、全くエチレンの関係しないマスクは存在しないと思っていいでしょう。

6. 紙コップ・紙トレー・紙エプロンとエチレン由来プラスチック

歯科医院の紙コップや紙トレーは、「紙製」と説明されることが多いですが、実際には紙だけではないことがよくあります。

ベースは紙(パルプ)

  • 紙には吸水性があり、そのままだと水や唾液でふやけてしまいます。

表面には「ごく薄いプラスチックの膜」

  • 代表的なのがポリエチレン(PE)によるコーティングです。

この薄いプラスチック層のおかげで、紙コップや紙トレーは水が染み出さず、一定時間しっかり使うことができます。

紙エプロンにおけるエチレンも同様で、「裏側のツルツルした防水シートの正体」と言えます。

部位素材エチレンとの関係
表面(吸収層)紙(パルプ)直接の関係なし
裏面(防水層)ポリエチレンエチレンが主原料
接着部分EVAなどエチレンを含む化合物


見た目は「紙」でも、その裏側ではエチレン由来のプラスチックが縁の下で支えている、という構造になっています。

7. マウスピース・マウスガード・ナイトガードに使われるEVA・TPU・PET

スポーツ用マウスガードに使われる軟性シート材(ソフトタイプ)の多くは、EVA(エチレンビニルアセテート)という樹脂で作られています。

EVAには次のような特徴があります。

  • 柔らかく、ゴムのような感触で、装着時の違和感が少ない
  • 衝撃を効率よく吸収し、歯や顎、口の中を守る
  • 加熱すると柔らかくなり、真空成形や圧空成形で歯列にフィットさせやすい

EVAは、エチレンと酢酸ビニルを共重合させて作る「エチレン系の樹脂」です。

ナイトガードやホームホワイトニングなどでよく用いられる硬性シート材(ハードタイプ)の多くはPET(ポリエチレンテレフタレート)などの硬い透明プラスチックで、こちらも元をたどると“エチレン”から生まれた仲間です。


つまり、スポーツ時に歯を守ってくれるマウスガードや、就寝中の歯ぎしりを防ぐナイトガード、矯正用・ホワイトニング用マウスピースの材料にも、エチレン由来のプラスチックが使われていることになります。

8. 歯科用レジンの中身とエチレンの化学的つながり

次に、むし歯治療の白い詰め物(コンポジットレジン)とエチレンとの関係を見ていきます。

6-1. 主成分は「メタクリル酸エステル」

現在広く使われている歯科用コンポジットレジンは、主に次のようなメタクリル酸エステル系モノマーからできています。

  • Bis-GMA(ビスフェノールAジグリシジルメタクリレート)
  • UDMA(ウレタンジメタクリレート)
  • これらにTEGDMA(トリエチレングリコールジメタクリレート)などを混ぜた組成 など

これらのモノマーは、分子の中に「メタクリル基(ビニル基)」という部分を持ちます。
光を当てると、この二重結合同士が次々つながっていき、レジンが硬い固体へと変化します。

6-2. エチレンオキサイド→エチレングリコール→レジンモノマー

エチレンとレジンモノマーは、原料の流れとしてもつながっています。

エチレンからエチレンオキサイドへ:エチレンを酸化すると、エチレンオキサイド(EO)という環状の化合物になります。

エチレンオキサイドからエチレングリコールへ:EOを水と反応させることで、エチレングリコールという2価アルコールが得られます。

エチレングリコールから歯科用モノマーへ:ここからさらに反応させると、

  • EGDMA(エチレングリコールジメタクリレート)
  • TEGDMA(トリエチレングリコールジメタクリレート)
    といった歯科用モノマーが合成されます。

TEGDMAは、コンポジットレジンやボンドに配合される「希釈モノマー」で、
レジンの粘度を下げてサラサラにし、窩洞へのなじみを良くする役割を担っています。

6-3. “エチレンそのもの”と“エチレン由来レジン”の違い

ここで、エチレンと歯科用レジンモノマーの違いを整理してみます。

エチレン(ニュースに登場する物質)

  • 小さく、常温で気体の分子。
  • 工場で大量に作られ、多くの化学製品の「出発点」となる。

歯科用レジンモノマー(コンポジットやボンドの中身)

  • エチレンから何段階も反応を重ねて作られた、大きくて粘り気のある液体分子。
  • メタクリル基を通じて網目状に重合し、固まると「白い詰め物」や「接着材」の骨組みになる。

コンポジットレジンの材料表示に「エチレン」と単独で書かれることはありません。
しかし、化学の流れとして見れば、「エチレン→エチレンオキサイド→エチレングリコール→メタクリル酸エステル」という経路の先に、歯科用レジンが存在している
、という関係になっています。

6-4. 白い歯の正体:レジン修復とエチレン

コンポジットレジン(CR)やCAD/CAM冠、義歯、レジン歯。これらはすべて「アクリル系樹脂」の仲間です。

  • CR・CAD/CAM冠・レジン歯:これらに含まれるBis-GMAやUDMAといったモノマーは、エチレンやプロピレンを起点に合成されます。分子の中にある「炭素間の二重結合(C=C)」はエチレン由来の構造。これが光や熱で繋がることで、ドロドロのペーストが硬い歯に変わります。
  • 義歯(入れ歯):ピンク色の義歯床に使われるPMMA(ポリメタクリル酸メチル)も、エチレンを加工して作られたMMAが主原料。義歯はまさに「エチレンの鎖」が固まったものです。

6-4. PEEK冠にエチレンは使われているのか

近年は保険適用の大臼歯CAD/CAM冠として PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)ブロックなども使われています。

  • PEEKは芳香族ポリエーテルケトンで、「エーテル結合」を持ちますが、ポリエチレンのような単純なオレフィン重合体ではありません。
  • 原料レベルでは石油由来・ベンゼン由来の多段階合成品であり、「典型的なエチレン誘導体」とまでは言えません。

このため、PEEK系CAD/CAM冠は“エチレン由来”とは言いにくい系統です(少なくともPEやEVAのような直系ではありません)。

9. 歯列矯正材料とエチレンの関わり

矯正材料主な素材エチレンとの関わり役割
マウスピース
(アライナー)
PETG / ポリウレタン極めて高い歯列全体を覆い、微細に動かす
パワーチェーン合成ポリウレタン高い歯と歯の隙間を閉じる(牽引)
モジュール合成ポリウレタン高いワイヤーとブラケットを固定する
リサイクル「プラ」PE / PP / PS直接的容器包装、使い捨ての歯科備品

顎間ゴム(天然ゴム): こちらはゴムの木の樹液(ラテックス)が主原料。ただし、最近の「ラテックスフリー」製品は、エチレンやプロピレンを原料とする合成ゴムに置き換わりつつあります。 これらの合成ゴムは石油化学製品(エチレンやプロピレンの仲間)をベースに作られています。

10. 歯科とEOG滅菌――熱に弱い材料をどう守るか

エチレンは、材料だけでなく「滅菌」にも関わっています。
その代表が、エチレンから作られるエチレンオキサイド(EO)を使ったガス滅菌、いわゆるEOG滅菌です。

  • エチレンオキサイド(EO)は、エチレンに酸素を反応させて得られる環状の化合物。
  • 微生物のタンパク質やDNA・RNAを「アルキル化」という反応で損傷させることで、強力な殺菌効果を発揮します。

高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)は121〜134℃の高温が必要で、金属器具には最適ですが、ゴムや一部プラスチック、電子部品を含む繊細な器具には使えません。
EOG滅菌は40〜60℃程度の低温で、ガスが細部まで浸透してくれるため、これら「熱に弱いが滅菌が必要な器具」に適した方法として用いられてきました。

歯科では、

  • 高温で変形してしまう根管充填材(ガッタパーチャポイント)
  • 浸潤麻酔用の針(針自体は金属ですが、針と注射筒を繋げる支えの部分はプラスティック製です)
  • 一部のプラスチック・ゴム製器具
  • 複雑な構造を持つ精密器具 など

に対し、メーカーや滅菌サービスの段階でEOG滅菌が行われ、その後ディスポ製品として歯科医院に届けられるケースがあります

箱の中央に小さな文字で『エチレンオキサイドガス滅菌』の文字が見えます。

エチレンオキサイド自体は発がん性があるため、作業環境濃度や残留ガスの管理が厳しく求められていますが、適切な手順・設備のもとで用いられることで、「熱に弱い材料を安全に使う」ための大事な手段となっています。

個人の歯科医院で使用しているところは少なくても、供給前に工場側で用いられていることも多いのです。

主要な滅菌法の比較

滅菌法温度特徴主な用途
オートクレーブ(高圧蒸気滅菌)121〜134℃最も確実・安価・残留毒性なし金属器具全般
歯科医院で最も一般的
EOG滅菌40〜60℃低温・浸透力高い・残留毒性あり熱に弱いもの
プラ・ゴム器具
低温過酸化水素プラズマ滅菌55℃以下最短30分・残留物は水と酸素のみ精密機器・電子器具

11. エチレン供給危機が医療・歯科に与えるリスク

ここまでの話をまとめると、エチレンは医療・歯科に対して大きく2つの側面で関わっていることがわかります。

リスク①:医療用プラスチックの供給安定性

日本の石化再編が進み、エチレン生産設備が減少すると、下流の医療用プラスチック素材(PE、PVC等)の供給に影響が及ぶ可能性があります。通常の工業用プラスチックとは異なり、医療グレードのプラスチックは生体適合性・清浄度の要求水準が極めて高く、代替品への切り替えには長い試験期間と承認手続きが必要です。

2026年3月のホルムズ海峡情勢に起因する出光興産のエチレン生産停止通知は、そのサプライチェーン上の脆弱性を改めて浮き彫りにしました。

リスク②:EOG滅菌に使うエチレンオキサイドの調達

エチレンオキサイドはエチレンの直接の誘導体です。エチレンの生産が大幅に制限されれば、EOGの製造コスト・供給量にも影響が出ます。すでに歯科の現場では、法規制の厳格化によってEOG滅菌を行える医療機関は限られていますが、大規模医療機関での医療機器滅菌においてEOGは依然として重要な位置を占めています。

重要なのは「見えないリスク」への認識

私たちが普段意識することのない石油化学産業の動向が、実は歯科医院での安全な治療を支える材料・器具の供給に直結しています。中東情勢・中国の過剰生産・日本の産業再編——これらは遠い世界の話ではなく、あなたの日常生活や歯科受診体験にも間接的につながっているのです。

12. まとめ —— 目に見えない化学が私たちの健康を守っている

診療室にある主な商品を、エチレンとの関係で整理しました。

分類代表的な歯科製品化学的なルーツ
直系エチレン層ポリエチレン(バキュームチップ、滅菌バッグの内側)、EVA(マウスガード)、ポリエステル(マトリックスバンド、術者用ガウン)エチレンを直接、または酸化させて繋ぎ合わせたもの。
エチレンの「兄弟」層ポリプロピレン(ディスポミラーの柄、ミキシングチップ、各種容器のキャップ)エチレン製造時の副産物「プロピレン」を原料とする。
エチレン「派生」層ニトリルグローブ、ABS樹脂(ミラーの柄)、ポリスチレン(フッ素トレイ、使い捨てコップ)、発泡スチロールエチレンと他の物質(ベンゼン等)を反応させて作る。
アクリル・レジン層加熱/即時重合レジン(義歯床)、CAD/CAM冠(ハイブリッドレジン)エチレンやプロピレンから合成される「アクリル系モノマー」が主原料。
ハイブリッド層付加型シリコン印象材、フロス(ナイロン/PTFE)、歯間ブラシ(毛)骨格は別(ケイ素やフッ素等)だが、反応基や合成過程でエチレンが必要。

こちらはジャンル・カテゴリーで整理しました。

カテゴリー代表的なアイテムエチレンとの関わり
修復・補綴CR、CAD/CAM冠、義歯、レジン歯原料合成の起点(アクリル樹脂)
衛生・消耗品紙コップ、紙エプロン、点滴バッグ直接の主原料(PEフィルム/PVC)
矯正材料モジュール、パワーチェーン、顎間ゴム弾性成分の原料(ポリウレタン)
滅菌工程注射針など滅菌ガス(EOG)として使用
梱包・備品発泡スチロール、滅菌バッグ主原料(ポリスチレン/PET)

写真に写っているのは院内で関係ありそうなものをざっと集めて撮った様子です。これだけではなく、まだまだ関係している商品は無数にあります。

今回の記事では、一見難しそうな「エチレン」という時事問題を起点に、医療・歯科との意外な深い関わりを見てきました。

  • エチレンは石油化学の最基幹原料であり、一見プラスチックを使用してないと思われる紙コップなども含め、医療用プラスチックの大部分の原料になっている
  • エチレンの誘導体であるエチレンオキサイド(EO)は、熱に弱い医療・歯科器具の滅菌に不可欠な物質として世界中で使われている
  • 歯科では、歯科用注射針や各種プラスチック器具のEOG滅菌が行われており、患者の安全を陰で守っている
  • エチレン供給の不安定化は、医療用プラスチック素材の安定確保という観点から医療界にも影響しうる

次回歯科医院を受診したとき、脇に置かれた紙コップや、治療に使われる器具が丁寧に管理・滅菌されていることを思い出してみてください。その背後には、石油からエチレン、エチレンからエチレンオキサイドへとつながる化学の連鎖があります。目に見えない化学が、あなたの口腔の健康と安全を支えているのです。


【報道番組取材協力】 ※掲載期間を過ぎてURLリンク先から削除されているものが出てきています。

本記事をきっかけとして当院が紹介されました。

日本テレビ報道番組 news every. の取材(2026/3/11)

同局の他の報道番組(ZIP!など)でも同内容が再放送されたようです。


フジテレビ 報道番組 ライブニュース イット の取材 (2026/3/17)

テレビ朝日 報道番組 羽鳥慎一 モーニングショー の取材 (2026/3/25)


BS朝日 報道番組 日曜スクープ の取材(2026/4/05)


参考文献

  1. 出光「エチレン」製造停止の可能性を取引先に通知 中東からのナフサ供給停止が長期に及ぶケースを想定|FNNプライムオンライン (2026年3月8日)
    https://www.fnn.jp/articles/-/1012021
  2. 三菱ケミカル、中東情勢鑑みエチレン減産開始 化学製品に影響 | ロイター (2026年3月9日)
    https://jp.reuters.com/markets/global-markets/JRBWU7VFC5LZFKL43WPQSN4TFI-2026-03-09/
  3. 〈石油化学業界〉水島停止・大阪集約でエチレンは国内8基体制へ – 東洋経済(2026/02/09)
    https://toyokeizai.net/articles/-/933481
  4. エチレン不況37カ月連続に 序章の石化再編、合理化と脱炭素が圧力(2025年9月18日)
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC173WY0X10C25A9000000/
  5. 【化学業界の基礎知識】第2回 エチレンとは?(2021)
    https://chematels.com/article/ckvlr913s2it50b813rxnspn9
  6. Ethylene Oxide “Gas” Sterilization(2023)
    エチレンオキサイドガス滅菌の原理と医療現場での位置づけ
    https://www.cdc.gov/infection-control/hcp/disinfection-sterilization/ethylene-oxide-sterilization.html
  7. エチレンオキシドの毒性評価書(2019)
    https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000533916.pdf
  8. The Use of Acrylate Polymers in Dentistry(2022)
    歯科におけるメタクリル酸エステル系モノマー(Bis-GMA, UDMA, TEGDMAなど)の使用状況
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9653800/
  9. Resin Based Restorative Dental Materials: Characteristics and Future Perspectives(2019)
    コンポジットレジンの構成成分とモノマー構造に関する総説
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6819877/

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かわせみデンタルクリニック

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当院は、初診時にしっかりと検査を行い、虫歯根管治療から矯正歯科・小児矯正まで、丁寧にご説明のうえで治療を進めています。
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